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お酒は二十歳になってから!!

 毎週水曜日の6時限目はロングホームルームの時間である。

 来週、3年に1度の体育祭が開催される。

 この学校の体育祭では、小学校や中学校の頃のように全員が強制参加させられる「徒競争」「ダンス」のような種目がない代わり、1つだけ何かしらの競技に参加しなければならない。

 そこで今日はこの時間に、誰がどの種目に参加するのかを話し合うのである。

 開催は次の日曜日。学校側としては保護者にも見学しに来て欲しいようだ。

 実を言うと、さくらは父親が学校に来るのは気が進まなかった。

 決して人に見られて恥ずかしい訳ではなく、むしろ自慢の父親ではあるのだが、どちらかというと運動音痴である彼女にしてみれば、自分の姿を父に観られたくないのだ……。

 なので小学校や中学校の頃は、運動会のシーズンは決まって憂鬱だった。

 ちなみに今まで九年間、父が運動会を見に来たことはほんの一、二回しかない。

 どういう訳か毎年その時期を狙ったかのように事件が起きたり、親類縁者の葬式があったりと、なんだかんだで救われて(?)いた。

 普通の授業参観で父の姿が見えないと悲しいのに、運動会だけは話が別なのだ。

 確か、体育祭の開催される日曜日は当番で出勤だったはず。

 実はまだ、体育祭のことを父に知らせていない。ギリギリまで黙っておけば、他の人に当番を替わってもらうようなことはできないだろうと踏んでいるのである。

 とにかく目立たずに済んで、誰かの影に隠れていられる競技と言えば、綱引きぐらいしか思い当たらなかった。

 幸いなことに、誰が何の競技に出場するかは案外すんなりと決まった。

 さくらも希望が叶ってホッとしていた。

 そしてホームルームが終わり、終業のチャイムが鳴り響く。

「ねぇねぇ、さくらちゃん。今日の帰り、急いでる?」

 園子が声をかけてくれた。帰りを急がない日はめったにない。

「どうして?」

「たまには、皆と一緒にケーキ食べて帰ろうよ。市役所の近くにね、新しいお店ができたんだ」

 その誘いには惹かれた。

 考えてみれば今まで、普通の女子高生らしいことをまったくしていない。

 父はいつもと同じで帰りが遅いだろうし、梨恵も今日は学校と仕事だ。

 冷蔵庫には昨日の残りがまだあるし、たまにはいいか。

「うん、いいね。行こう」

 いつも一緒にお弁当を食べる仲間は園子を含めて全部で五人。

 初めは日曜日の体育祭の話に始まり、やがて誰と誰の仲が怪しいだとか、噂話で盛り上がり始める。

 彼女達はまったく話題を途切らせることなく、店員が嫌そうな顔をしているのにもまったく気づかないで、とにかくしゃべっている。

 さくらは基本、話を振られない限りは口を出さなかった。

 やがて、誰かがこんなことを言いだした。

「こないださ、うちの兄貴がヤンキーにからまれてカツ上げされたって、警察に行ったんだよね」

「ほんと? こわーい!」

 話題のきっかけは今朝のニュースだった。

 広島市内で暴走族同士の抗争があり、十七歳の少年が全治一ヶ月の大怪我を追わされたという内容である。

「今ね、県内で二大勢力が張り合ってるんだって。そういえば、私の家184号線から近くて、夜中にバイクの音がすごくうるさいのよ」

 暴走族は尾道のような田舎にも走ってくるようだ。

「警察はいったい、何やってるのかしらね?!」

 ちゃんとうちのお父さん達は仕事してるわよ、とさくらは胸の内で反論した。暴走族の取締りは父の管轄外だろうが。

「でもさぁ、ちょっとカッコいいよね。バイクに乗ってる男の子って」

 お気楽な園子がそう言った。「天気のいい日に後ろに乗せてもらってツーリングとか……素敵じゃない」

 ふと、さくらは優作にバイクは似合わないだろうな……と思った。

「そういえばさくらちゃん、有村君と妹さんって、上手くやってるの?」

 まるで頭の中を見透かされたかのようなタイミングで園子が訊ねてくる。

 すっかり空になったカップを見つめていたさくらは、思わずびくっと全身を振るわせてしまった。

「……別れたみたい」

「えっ!? そうなの? なんで?!」

 この話題は全員が興味あったようだ。

 視線を一身に集めてしまったさくらは、顔が熱くなるのを感じた。

「……あんまり気が合わなかったみたいよ」

「ふーん……ま、そうよね。あんなお殿様とまともに付き合えるのなんて、さくらちゃんぐらい、人間のできた人じゃないと」

「わ、私、別に優作君と付き合ってる訳じゃ……!!」

 はっ!

 私ったら、何を言ってるのかしら?!

 さくらは慌てて時計を見た。いい加減帰らないと。

「私、買い物して帰るから! お先!!」


 はー……。

 妙なことを口走ってしまった。絶対に変だと思われただろう。

 店を出たらすっかり外は薄暗くなっていた。こんな時間まで帰宅しなかったのは初めてだ。急がないと。

 自転車に鍵を挿し、乗ろうと思って一歩踏み出した時だ。

「え、梨恵じゃん? 久しぶり~」と、前方から歩いてきた二人組に声をかけられた。

 誰だろう?

 薄暗くてはっきり顔が見えないが、二人組が段々とこちらへ近付いてくると、ようやく全貌が把握できるようになる。どう見てもヤンキーの二人組がニヤニヤしながら近づいてきた。

「元気? 真面目に学校行ってんの?」

 さくらは息を呑み、

「ひ、人違いです!!」

「嘘つけ。お前、高岡梨恵だろ!?」

 たぶん、妹が昔付き合いのあった悪い仲間達だ。

「ち、違いますっ!!」

 しかし二人のヤンキーはさくらの自転車の前に立ち塞がり、行く手を阻もうとする。

「なぁ、ちょっと金貸して」

「お、お金なんか持ってません!!」

 どくどく、と心臓が早鐘を打ち始める。

 助けて、お父さん!!

「何お前、ぶりっ子?」

「どうしたんだよ。昔はあんなに暴れてたくせに」

「そうそう、こないだなんてアキナとやりあっただろ? 気をつけろよ、あいつなんたって……」

 どちらもさくらのことを梨恵と信じて疑っていない様子だ。

 その時、さくらは初めて聞く名前に嫌な予感を覚えた。

「アキナって誰ですか? 梨恵がいったい……」

 二人のヤンキーはようやく何かがおかしいことに気づいたらしい。

 互いに顔を見合わせて肩をすくめた。

 結局、彼らは何も取らずに去って行ってくれた。


 さくらが無事帰宅すると、めずらしく間を置かず聡介が戻ってきた。

 が、なぜか少し不機嫌そうだ。

「ごめんね、すぐに夕飯の支度するから!」

 慌てて服を着替えて台所に向かう。

 父はリビングのソファに腰かけてネクタイを外しながら、大きな溜め息をつく。

「……どうしたの? お父さん」

「それがな……」

 父の話ではこうだ。

 道端で人が倒れているという通報を受けて現場に駆けつけてみれば、高校生の女の子が道路に横たわっていた。

 事件かと思いきや、そうではなく、単に飲み過ぎて歩けなくなったというのだ。

「……身元を確認したら、高校二年生だった。今日は文化祭で、打ち上げと称してクラス全員で飲み会だったんだと。まったく、親はどういう教育をしてるんだろうな?」

 未成年だぞ、と苦々しげに言って聡介はダイニングの椅子に腰かける。

「……お前達の学校でも、行事のある日はそういう誘いがあるのか?」

「さぁ?」

 日曜日の体育祭のことをギリギリまで打ち明けずにいようと考えいたさくらは、得意の作り笑いを浮かべ、なんとか上手く誤魔化すことに成功した……ような気がしていた。

「そう言えば、そろそろ体育祭の季節なんじゃないのか?」

 ぎくり。

「……そうなんだな?」

 なぜバレたのだろう。そしてさくらは、父が刑事だったことを思い出した。

 彼らは顔色だけで、相手が嘘を言っているか、隠し事をしているかを見抜く能力を身に着けているのだ。そうでなければこの仕事は務まらない。

「今度の……日曜日がそうなの。でもお父さん、当番でしょう? だから言わないでおいたの」

 すると聡介は悲しそうな顔をした。

「お友達に、お父さんを見られるのは恥ずかしいか?」

「ち、違うわよ!! お父さんは私の自慢だよ。でも……運動会だけは嫌なの」

「……なぜだ?」

「それに、見に来たってつまらないと思うよ?」

 なんとか話を逸らそう。

 何か大事な話が他になかったか……えっと、三者面談はまだ来月の話だし……あ、そうだ!!

「そうだ、お父さん……!!」

 さくらは帰り道で、梨恵のことを知っているヤンキーに出会ったことを父に伝えた。

「何だって……?! それで、怪我は?!」

「私は何ともないわよ、大丈夫。ただ、梨恵のことが心配だわ」

「アキナっていう子に気をつけろ……と、そう言ったんだな?」

 うん、とさくらは頷く。

「わかった。それにしても、さくら……」

 聡介が心配そうな顔で見つめてくる。

「たまに友達と寄り道するのはいいが、明るい内に早く帰るんだぞ」

 はい、と素直に返事をしてさくらは父のために夕食の支度を整えた。

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