あたし、不良になってやる!!
『あたし、不良になってやる!!』っていうのは、むか~し放送していたドラマの中でヒロインが本当に言っていた台詞です。
言い換えると「グレてやる」の意味ですね。
今時「グレる」なんて、通じるのでしょうか。「ググる」じゃありませんよ、念の為……。
そうして梨恵は、世の中にはとにかくいろいろな人間がいるのだということを知った。
学校にも様々な年代のクラスメートがいるが、慧以外の生徒と接したことがほとんどないから、わからなかった。
慧も秀美もどんなお客にも笑顔で応対し、たとえこちらに非がなくても頭を下げる。
自分にもそれを求められて、煮え湯を飲むとはこういうことなのかと学んだ。
しかし、どうしてここまで我慢しなければいけないのかと聞いたこともあった。
「そりゃお前、商売だよ」慧は言う。「こっちは料理を出してお客から金もらって、それで生活してんだからな。ちょっと気に入らない客が来たからって、いちいちケンカしてたら成り立たねぇだろうが。俺だっていつも本気で謝ってる訳じゃないぜ? すみません、申し訳ございませんって頭下げながら、見えないように舌出してる時もある」
そういうものか、と納得したようなしないような。
結論として悟ったのは、働いて生きて行くというのは簡単じゃないことだけだ。
今日もローカルニュースは地元で幅を聞かせている暴走族同士の抗争により、怪我をした人がいるという話題を伝えている。
新聞を読んでいた聡介が深く溜め息をついた。
「……なんでこう、暴走族だの不良だのをカッコいいと思うんだろうな?」
さくらはバタバタと学校へ行く準備をしながら、父の呟きを耳にした。
「よく知らないけど、最近はそういう人達を主役にしたドラマとかマンガがすごく流行ってるみたいよ。親や教師とか、権威に逆らうのがカッコいいんですって」
「信じられんな……親も教師も敬うものだと、俺なんかは教えられて育ったが。時代は変わったな」
時間に余裕があるらしい聡介は、お茶を啜りながらブツブツ言っている。
「ああ、そういえば梨恵も……高校に入学したばかりの頃は、そういう奴らとの付き合いがあったんだな。まさかとは思うが、昔の変な仲間達から電話がかかってきたりしていないか?」
「うん、私の知る限りは大丈夫よ」
確かにそんなことがあった。高校に入ったばかりの頃、梨恵が不良グループとの付き合いがあったことを思い出す。
すぐに仲間から外されたと聞いた時は、心底ほっとしたものだ。
それならいいんだが、と聡介は新聞を畳んでやや心配そうな顔をみせた。そして、
「最近、梨恵の様子はどうなんだ? 失恋の痛手は……乗り越えられたんだろうか」
どうなのだろう?
小松屋で働き始めてからというもの、梨恵は毎日帰りが遅い。
まったく会話もしないまま終わる日さえある。
実を言うとさくらは初め、少し心配していた。
怠惰の見本のような母親似である妹に、果たしてああいう家族経営のお店で働くことなど務まるのか、と。
とにかく毎日忙しそうで、こんなに働いてばっかりいたら自分の為の自由な時間が取れない、とそのうち暴れ出すのではないか、と。
ところが。
案に相違して、梨恵はこの頃大人しい。
それに何より顔つきが変わった。
「わからないけど……なんだか、少し落ち着いたんじゃないかしら」
「そうか、それならいいんだが……」
「ところで、さくら」
「あ、もう出かけないと。お父さんも遅刻しちゃうわよ」
最近、父が『ところで』という接続詞を使うと、その後に続くのがほぼ必ず『彰彦とのことなんだが……』と、なることにさくらは気付いている。
あの日、優作が梨恵に別れ話を持ちかけてきた時の一連の流れで、すっかり自分の気持ちはバレていると思っていたのだが……。
父は気付いていないのか、あるいは気付いていて無視しているのかはわからない。
それに何より、優作の気持ちが未だにはっきりわからない。
確かめるのが怖い。
さくらは何気ないフリをしながら日常を送りつつ、本当のところを言うと心中が穏やかではなかった。