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子猫王戦第1回

 世間は広いようで案外狭い。

 というよりも、この町が狭いのかもしれない。

 いつにない笑顔を見せながら和泉と話している優作を見ていて、さくらはそう思った。

「ところで、慧君は元気?」

 なぜか一瞬にして優作の顔色が曇る。

「お知り合い……なんですか?」おずおずと、さくらは口を挟む。

「うん。実は僕、学生の頃にね、アルバイトというかボランティアで子供達に将棋を教えていたんだよ。優君はその頃僕が教えてた生徒の一人。懐かしいなぁ……」

「なんだ、2人とも将棋をするのか?」

「あれ。聡さんにそんな話、したことなかったですか?」

「初耳だぞ……そうか、そういうことなら」

 こっちに来なさい、と聡介は男2人を自分の部屋に招く。

 そう言えば父は無類の将棋ファンだった。

 酒も煙草もやらない父の健全な趣味ではあるが、困ったことに一度始めるとファミコン中毒並みにキリがなくなってしまう。

 学校の予習は既に終わっているからいいが、この調子だと夕飯は遅くなるだろう。

「……なにあれ」つまらなそうに梨恵は呟く。

「いいじゃない、新しい発見でしょ。ゆ……有村君って将棋できるんだね」

「そんなじじむさい趣味があるなんて知らなかったわ」

「そういうこと言わないの」

「あーあ、つまんない。せっかく優ちゃん、梨恵に会いにきてくれたのに。全然話もできなかったし……あんたのせいでね」

 睨まれてさくらは身を竦める。

 それから梨恵は背伸びをすると、

「あたし、先にご飯食べて寝る」

「もう少し待って、一緒に食べたら?」

「待ってたって無駄よ。あたし、お腹空いてるの」

 梨恵は茶碗を取り出し、さっさと食事を始めてしまった。確かに待っていてもずっと食べられないかもしれない。

 それからごちそうさま、と食べ終えた梨恵は「お風呂沸かしておいてね」と言い残し自分の部屋に引っ込んだ。

 午後7時半を回った。男達は予想通りなかなか部屋を出て来ない。

 時々聞こえてくる声の様子から、盛り上がっているのがわかる。

 さくらは炊きあがったご飯をおにぎりにして、おかずも片手で掴めるように工夫し大皿に盛り付けた。

「ごめんくださ~い……おじゃまします……」

 お茶と食糧を盆に乗せ、なんとかドアを開けると、3人の男は将棋盤を囲んでそれぞれいろんな表情をしている。

 聡介と優作が向かい合い、和泉が真ん中で2人を見守っているようだ。

「あ、さくらちゃん。ごめんね」

 真っ先に気付いてくれた和泉は、さくらの手から盆を受け取ってくれた。

「あれ、梨恵ちゃんは?」

「それが……」

「お、さくら。お前も座れ」

 だいぶテンションの上がっている父は娘の肩を抱き寄せると、今ここがこうなってて……と、聞いてもよくわからない説明を始めた。

「さくら、何でもいいから適当に駒を動かしてみろ」

「聡さん……そんな無茶苦茶な……」和泉が呆れたように言い、それから「この駒をね、ここにこうして動かしてごらん」と意地の悪そうな笑顔で指示する。

 言われた通りにさくらが駒を進めると、

「あーっ、何余計なこと教えてんだよ!?」

 優作が慌てた声で叫ぶ。

 この人、こんな表情したり、こんな声で話したりするんだ。

 初めて見る優作のいろいろな一面に、さくらは少なからずときめきを覚えていた。

 午後8時を回ると消防署から毎晩、お家に帰りましょうという放送が市内に流れる。

 さくらも訳のわからないなりに、男達が将棋を指す様子を見守っていたが、居間の電話が鳴り出したので、きっと優作の父親だろうと、慌てて電話を取った。

「はい、高岡です」

『有村と申します。有村優作の父親ですが……』

 低く、穏やかな声が聞こえてきた。『今日そちら様へ伺うと聞いておりましたが、息子はまだおじゃましているのでしょうか? 大変ご迷惑おかけしまして、申し訳ありません。すぐに迎えに行きますので』

 柔らかな、腰の低い物言いに、どうしたらこんなお父さんからあんな、クラスの女子にお殿様とあだ名される息子が産まれるのだろう? とさくらは不思議に思った。

「いえ、うちの父が悪いんです。優作君が将棋をやるってわかったらすっかり喜んで……父の方が帰らせないんです。こちらこそ、ご心配をおかけしてすみません」

『将棋ですか……そうですか』

 と、受話器の向こうから少し嬉しそうな、ほっとしたような様子がうかがえた。

 ふと気付くと、後ろに和泉が立っていた。

 代わるよ、と目が言っている。

 さくらは受話器を彼に渡した。

「お久しぶりです、和泉です。お元気でしたか? ……ええ、はい……優君はちゃんと送り届けます。ご心配なさらずに。はい、それでは」 

 和泉は電話を切ると、

「ごめんねさくらちゃん、すっかり夢中になってしまって。ところで梨恵ちゃんは?」

「自分の部屋に引っ込んでしまいました」

「えっ、そうなの? それは、悪いことしたなぁ」

「気にしないでください」

 申し訳なさそうな顔で和泉は父親の部屋に戻った。

 開かれたドアから中を見ると、ちょうど聡介が行き詰まって唸っているところだったようだ。

 和泉は優作の脇に手を差し入れて、

「はい、今日はここまで。優君はもう、お家に帰ろうね」

「あとちょっとだけ……」

「お父さんが心配して電話してこられたよ」

 和泉が言うと、彼は現実に戻ったようだ。

 はっ、と立ち上がる。

 食べ物にはほとんど手がつけられていない。さくらは残った物をラップに包んで紙袋に入れ、和泉と優作に持たせた。

 聡介はまた来なさい、と言って二人を見送った。


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