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愛はだいぶミステリー

 帰りは渋滞にはまってしまって、尾道に着いた頃には既に午後5時を回っていた。

 急いで送り届けないと和泉は少し焦っていたが、

「7時ぐらいに帰れば大丈夫だから、和泉さん。どこかで晩ご飯食べて帰りましょう?」

 もう少し長く、この優しい人に甘えていたい。

「大丈夫なの? ほんとに」

「平気です。父の分も梨恵の分も、夕飯は用意してあるから」

 それじゃあ、と和泉は駅付近のコインパーキングに車を停めた。

 どこへ行こうかという話になり、とっさにさくらが思いついたのは『小松屋』だったのだが、和泉と二人でいるところを慧に見られたくない、と思った。

「商店街の中に、おいしいパスタ屋さんがあるんだって。友達に誘われたことがあるんだけど、一緒に行けなかったからそこがいいな」

 いいよ、と和泉はさくらと並んで歩きだした。

 しかし商店街の入り口に差し掛かった時、『小松屋』の看板を見た彼は「あれ?」と首を傾げた。

「どうしたの? 和泉さん」

「いや……この『小松屋』っていうお店……」

「早く行こう、私、お腹空いちゃった」

 さくらはわざと明るく言い、和泉の腕に自分の腕を絡め急いで歩き出す。



 優作のおかしな様子はしばらく続いた。

 小松屋に入り浸るのは通例のこととして、何を話しかけても生返事しかしないし、ため息ばかりついている。

 いつもの不機嫌そうな表情はなりを潜めて、代わりに憂鬱そうな気分が顔全体に出ている。

 その日小松屋は定休日だったので、慧は気乗りのしない様子の優作を連れて釣りに出かけることにした。

 尾道大橋を渡って向島へ渡る。この島は海岸線に多くの釣りポイントがあり、時々鯛も釣れる。釣り糸を垂れ、ひたすらぼんやりと浮きを見つめる。

 しかしなかなか魚はかからなかった。

 二人ともしばらく黙っていたが、先に口を開いたのはやはり慧の方だった。

「なぁ、優作。お前、まさかとは思うが梨恵のバカから告白でもされたか? 『あたし、優ちゃんの彼女になりたいの』とか言ってな」

「……」

(図星かよ、おい)

 冗談のつもりで言った慧だったが、優作の反応を見て当たっているのだと確信した。

「で……何て、返事したんだ?」

「……してない……」

「なに?」

「わからない……」

「俺には、お前が何を言いたいのかわからん」

「……さくらの気持ちがわからない」

 慧は絶句した。

 思わず頭の中で人物相関図を描いてみる。

 さくらっていうのは、梨恵の双子のよく出来たお姉さんで、優作のクラスメートで……?

「らしくないな、優作。もっと論理的に最初から順を追って話してみろ? な?」

 まさかこの少年は、あの苦労人のお姉さんに片想いしているのか?

「俺らしいって、なんだよ?」

 今にも泣き出しそうな顔で優作は釣竿を投げ捨てた。

 その竿は継父のを借りてきたものなので、慧は慌てて回収する。

「とにかく」慧は優作の肩に手を置いて、それから「まずは、優作。お前の気持ちを聞かせてくれよ。それから、梨恵に何て返事するか一緒に考えよう?」

 子供扱いするな、と怒るだろうか? と思ったが、

「……梨恵のことは、嫌いじゃない。でも、他に好きな子がいる」

「そうか。なら、そう返事してやれよ」

 しかしそう言いながらも慧は、他に好きな子がいるんだと断ったら、もしその好きな子がさくらだとして、梨恵がそのことを知ったら……と一番に考えた。

 刃傷沙汰にでもなりはしないだろうか。

「でも……その子には、他に男がいるみたいなんだ」

 再び、絶句。

「昨日、慧の家に来る途中で見たんだ。駅前で、その子が男と一緒に車に乗って出かけて行くところ。何となくそれらしい男がいるって噂で聞いてたけど……本当だったんだ」

 あの、ひたすらため息の原因はそれだったのか。

「慧……俺、失恋したのか?」

 この親友は時々、同性の慧にもドキっとさせる表情をする。思わず眼を逸らし、

「あのな、優作。お前はその子の気持ちを確かめたのか? 本当にその男は彼氏なのか?」

 黙り込む優作。

(できないだろうな~……このお坊っちゃまには、そんなこと)

「……慧が聞いてくれよ」

「はぁ?! バカ言うんじゃねぇよ。何で、俺がそんなこと聞かなきゃならないんだ」

 あまりにも呆れてしまって、慧は思わず大きな声を出した。

「バカって言うな!!」

「バカをバカって言って何が悪い!? そんなことも自分で確かめられないなら、惚れたはれたの色恋沙汰を語るんじゃねぇよ、このガキ!」

 結局、慧にとっては梨恵がとうとう優作に告白したという事実がおもしろくないのだ。

 他の女の子の話なら、もっと冷静に親身になって話を聞いてやれたはずなのに。

 優作は何も言わずに帰る方向へ歩き出し、慧も何も言わず、その後ろ姿を見守ることもしなかった。



 居間の電話が鳴っている。聡介は娘のどちらかが出てくれることを期待したのだが、二人とも居間に姿を見せない。

 仕方なく受話器を取る。

「はい、高岡です」

 するとやや間があって『尾道西高校の有村と申しますが……』と、若い男の子の声が聞こえた。

「あっ、これはどうも、娘がいつもお世話になっております!」

 息子ほどの年齢の少年に対して敬語を使っていることにも気づかないほど、聡介は緊張していた。

 こちらこそ、と返事があってから、

『梨恵さんはご在宅でしょうか?』

「え? 梨恵ですか? さくらじゃなくて?」

『そうです』

 梨恵を呼ぶが反応がない。どうせ大音量で音楽を聞いているか、テレビを見ているのだろう。

  折り返しにしようと思った時、さくらが風呂から上がってきた。

「お父さん、どうしたの?」

「いや、梨恵に電話なんだが、あいつ部屋にいるんだろう? 呼んでも返事がないんだ」

「へぇ、誰から?」めずらしいこともあるものだ。

「有村君ていう男の子からだ。あまり待たせても悪いから、こっちからかけ直させよう」と言った時、梨恵が部屋から出てきた。

「梨恵、お前に電話だぞ。有村君って言う子から」

「え? ほんと!?」

 梨恵は受話器を奪うように掴むと、うん、うんと相槌を打ちながら何か話していた。

  短いやりとりのあとに、うん、わかったと弾んだ声が聞こえてくる。

「じゃあ明日ね!」

 聡介は目を丸くして、一体どうしたんだ? と目でさくらに問いかける。

 長女はどういう理由かひどく暗い眼をして、首を横に振る。

「さくら、どうかしたのか?」

「なんでもない、おやすみ」

 決して何でもなくはない。

 長い付き合いで聡介はそのことを悟っていた。


 部屋に入ってろくに髪も乾かさないままベッドに潜り込む。

 今日はもう、何も考えないで眠ってしまいたい。

 その時ドアをノックする音がした。

「さくら、入ってもいい?」言うより早く中に入ってきて、梨恵はベッドに腰掛ける。

「さっきね、優ちゃんから電話があったの! こないだの話、オッケーだって! あたし、ついに優ちゃんの彼女になったんだよ……」

 胸の前で両手を組んで夢見心地に語る妹を見ながら、さくらにはとてもその言葉が信じられなかった。

「でね、明日会おうって話になって、でも明日もバイト入ってるんだけど……休んじゃおうかな? それより、何着て行こう? 優ちゃんてどんなのが好きなのかな?」

「……知らないわよ、そんなの」

「何よー、つまんないわね。協力してよ」

 肩を掴んで揺すってくる梨恵の手を乱暴に振り払うと、

「知らないったら! 私もう寝るから、出てって。いつだったかみたいに勝手に私のクローゼットから服持って行けばいいじゃない!」

 姉の反応が予想外だったのか、梨恵は戸惑った顔をした。

「……なによ、何そんなに怒ってんの?」

 さくらはベッドの上に身を起こすと、

「今までのこと全部よ、あんたに迷惑かけられたこと全部。思い出して、腹が立って仕方ないのよ!!」

 自分でも驚くぐらい大きな声が出た。

「どうしたんだ? 大きな声を出して……」

 心配そうな顔で聡介がドアを開けた。声の主が梨恵ではなく、さくらだったとわかった彼は驚いている。

 すると梨恵は立ち上がって、父親の腕にすがりつくと、

「なんかさくらが急に怒りだしたの。ワケわかんない」

 訳がわからないのは父も同じだろう。とりあえず、お前たちもう寝なさいとだけ言って背中を向ける。

「ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ! お父さん」

「なんだ?」

「あのね……」

 こんなことは今までなかった。梨恵が嬉しそうに父親に話しかけるなんて。

 なんだか、優作だけでなく大好きな父親まで妹に奪われた気がして涙が溢れてきた。

 世界中の人に見捨てられて、独りぼっちになったみたいだ。

 どうして? なんでこんな気持ちにならなきゃいけないの? 

 いろんなこと我慢して、言いたいことたくさん呑み込んで、どんなに辛くても無理して笑顔を作ってきたのに。

 一晩中涙にくれて、気がついたらさくらは眠りに落ちていた。


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