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つまり、そういうこと

 店の一番奥に、緊張した顔で座っているのは梨恵だった。

 さくらの顔を見つけると安心したような、どうして? というような表情をした。

 待っていたのが梨恵だったことに、優作は驚いていた。てっきり同じクラスの他の女子生徒だと思っていたからだ。

 中学生の頃にもほぼ似たようなことがあった。

 同じクラスの女子から用事があるからついてきてと言われ、何も疑わずに一緒に行った先に他の女子が待っていて、これ読んでください、とラブレターを渡されたことがある。

 それを断ると、他の場所に隠れて様子を見守っていた他の複数の女子生徒から、非難轟々浴びせられ、ひどく不愉快になったことを思い出す。

 今回もどうせ、そんなことだろうと思っていた。

 それよりも優作は、さくらが何を考えているのか知りたいと思った。

 いつも自分の意志や気持ちを抑え込んで、悪く言えば他人の顔色を窺ってばかりの彼女のことだから、妹に頼まれれば嫌とは言わず、有村優作を連れてこいと言われれば言う通りにするだろう。

 ただ、もし彼女が少しでも自分に対して好意があるのなら、他の子が自分に告白しようとしているのを手伝ったりするだろうか。

 まして、この双子はあまり仲が良さそうには見えなかったから余計に不思議だ。

(つまり、見込みがないってことか)

 いつからか、自分の中でさくらが『友達』の枠では収まらないことに優作も気づいていた。

 時々見ていてイライラすることもあるが、だからこそ余計に放っておけなくて、力になってやりたいと思う。

 それがたぶん『恋』なんだろう、と考えた。

 そのことを先日、従姉に話したところ「初恋はうまくいかないらしいよ」と余計なことを言ってくれたが、まさにその通りなのだろう。

 ただ、従姉はこうも言っていた。

「自分を中心に考えるのが『恋』だけど、相手のことを中心に考えるのが『愛』なの。愛は恋よりもずっと強くて、永く続くのよ。だから、彼女に愛されたかったらまず自分が彼女を愛しなさい」


 

 梨恵は泣き笑いのような顔をしていた。

 注文したオレンジジュースは少しも減っておらず、氷が溶けて逆にかさが増している。

「優ちゃん、久しぶりだね。元気だった?」

「ああ……」

「あの、ごめんね。こんなところに呼び出して」

「別に、呼び出された訳じゃない」

 うまく会話が続かない。梨恵は俯いた。そこへウエイトレスが注文を取りにきた。

 優作はコーヒーを、さくらは紅茶を頼んだ。

 しばらく気まずい沈黙が流れた。しかし、

「あたし、優ちゃんにどうしても聞いて欲しいことがあって……」

 思い切って顔を上げ、まっすぐに優作を見つめる。

 梨恵の表情は真剣そのものだ。

「でも、できれば優ちゃんと二人で話したいな」

「わ、私、先に帰るね」

 腰を浮かせかけたさくらだったが、優作に睨まれて再び座り直す。

「人前で言えないようなことを、俺に聞かせようとしてるのか? だったら迷惑だ」

 ここまで言うと大抵の女の子は泣きだして、それ以上はあきらめる。

 しかし梨恵は逆に腹を括ったようだ。

 水っぽくなったであろうジュースを一口飲んで喉を潤すと、

「あたし初めて会った時から、優ちゃんのことが好きなの。頭も悪いし……我が儘だし優ちゃんのタイプじゃないかもしれないけど、でも、悪いところは全部頑張って直すから! 本気だよ、あたしは優ちゃんの彼女になりたい」

 一気に胸の内を吐露した。

 優作は頭の中で以前、慧が言っていたことを思い出していた。

 あいつ、梨恵はほとんど動物みたいなもんだ。本能と感情だけで動いてる。

 手厳しい言葉だがそれだけに、彼女の想いは純粋で裏がないと信じられる。

 中学生の頃、言い寄ってくる女の子達は皆、下心が透けて見えていた。彼女達は優作の家を知っている。母親の遺したブランドのことも。

 だが梨恵は自分のことを何も知らない。

 だからこそ、その『好き』は本当にただの感情なのだ。

「……」

 コーヒーと紅茶が運ばれて来たが、二人とも手をつけようとしなかった。

「優ちゃんは、梨恵のこと嫌い? 前、バカなことして怒られたの覚えてるけど……もう二度とあんなことしないから」


 

 こんなふうに、誰にも何の遠慮もなく自分の気持ちを話せたらどんなに楽だろう。

 傍で見ていたさくらは、そう思った。それが他の人を傷つけたり、当惑させたり、そんな他の要素は何にも考えないで、ただ真っ直ぐに自分の思いをぶつけられたら。

 優作はしばらく黙ったまま何も答えなかった。

「……返事は、少し待ってくれないか」

 どれぐらい時間が経過したのか不明だが、優作はやっとのことでそれだけを答えた。

「たぶん、梨恵のことは嫌いじゃない」

 予想とはまったく異なる優作の反応だった。

 さくらの中ではきっと、梨恵の告白に対して彼なら「迷惑だ」とか「関係ない」と突っぱねてしまうだろうという予感と期待があったからだ。

 返事を保留にするということは、まったく望みがない訳ではないということだ。

 梨恵はあの後、バイトがあるからとさくらとは一緒に帰らなかった。

 優作の気持ちがわからない。

 さくらは帰り道、自転車を漕ぎながらポロポロと涙が頬を伝うのを感じた。

 もしかしたら本当に彼は梨恵を選ぶかもしれない。

 そうなった時、自分は笑顔で祝福してやれるのだろうか?

 苦しくて、切なくて胸が締め付けられた。

 このまま家には帰れない。

 今日父親は非番だから、今この時間には家にいるはずだ。

 泣き顔を見られて、涙の理由を問われても本当の事は言えない。

 商店街を抜けると尾道駅前に出る。駅前はすぐに海が広がっていて、フェリーの渡し場もある。

 さくらは適当な場所に自転車を止め、階段状になっているコンクリートの石段に腰掛けた。

 真夏の暑い日のことだったが長い間そうしていた。

 やがて夕方5時を知らせるチャイムが鳴った。

 もう帰らないと父親が心配する。

 さくらはのろのろと立ち上がり、自転車をこいで自宅へ戻った。

「……ただいま……」

「お帰り、さくら。随分遅かったじゃないか。今日はな、お父さんが夕飯を用意したんだぞ? 行商のおばさんがいいアジを分けてくれて、塩焼きにしてみた」

 そう言いながら聡介が出迎えてくれたが、さくらはうん、と生返事をして部屋に引っ込む。

 制服を脱ぎ、着替えをすませて居間に向かう。

「ねぇ、お父さん……」

「うん、どうした?」

「最近、和泉さん来ないね」

 前回彼が家に来たのは、梨恵が大暴れしたあの夜限りだ。あんな醜態を見られて、きっと引かれたに違いないと思っている。

 それに何よりも彼は警察の人間だ。

 過去に母親が起こした事件も知っているに違いないだろう。それでもこの家族と交友を持ってくれたのは、彼の優しさなのだろうか。

「彰彦か? ああ、それは仕方ないよ。あいつは今、昇進試験の勉強で忙しいからな」

「ふーん……」

 さくらは力を抜いて、聡介の背中に身を持たせかけた。

「さくら? どうしたんだ、何かあったのか」

「和泉さんに、会いたいな……」

 すると父は意外そうな顔をして、しかし喜んだ。

「わかった、伝えておくよ」

 娘の申し出がよほど嬉しかったのか、聡介は翌日、弾む足取りで出勤していった。


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