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RPG・ロールプレイ  作者: 光露
9/12

明月の夜

ひとしきり魔法の練習をした後に、俺は家に帰り、布団の中に潜り込んでいた。時刻は既に夜、お月さまも高々と空に浮かんでいるなか、痛む頭を枕にうずめる。


「ああ~、頭痛が痛ぇ……。あ、間違えた、頭が痛ぇ……」


頭の芯に響く金槌で叩かれるような痛みに顔をしかめ、枕を抱く腕に力を込める。


「くそぉ、完全にやらかした……。もう次はこんな失敗は犯さないぞ…」


間違いなく2度目もやらかしそうなセリフだなと思いつつ、ぶり返す頭痛に『痛ぇ~』とぼやいて寝返りをうつ。何故俺がこんな状況になったのか、それは修行という名のお遊び、いや世界の研究にうつつを抜かした結果であった。





「ふぅ……まぁいいさ、これは後々練習しておこう」


プラーンと垂れ下がる青く魔力の塊にため息をつき、適当に本をめくる。こういうのは後々頑張る事にして次だ次。


気を取り直すように軽く息を吐き、何かほかに試せそうなことがないかとペラペラとページをめくり、ふと手を止めたのは詠唱の略式のページ、そこにはさらっと書かれた無詠唱の項目とミミズがのたくったような字が書き連ねてあった。


「おお、よさそうな項目が……。ふむ、刻印。世界を最短で刻む文字か…、まぁこっちは後だな」


目の前にあるずらっと書かれた文字を覚え、使える様になるなんて今すぐになんて絶対無理だ。今やるなら座学なしですぐ実践的練習が出来るやつ…ってことで俺が目を付けたのは無詠唱、こちらの方である。


これから戦いに巻き込まれることを考えれば必須となるであろうこの技術、それは文字の通り声に出すことなく魔法を放つ技巧。技巧なんて言ってしまうととても高度な事っぽいが、この世界の魔法としてはこちらの方がスタンダード、詠唱は魔法を放つための補助輪みたいなものである。だからこそ書いてある内容も実にシンプル、要約すれば回数使って慣れろだそうだ。…教本としてそれはどうなんだろうか。


名も知らぬ本の作者の名誉のためにもう少し言葉を足してやると、魔法の詠唱とは言葉によって意識、つまり自らの感覚器で捉えた世界に強く何かを刻みつける行為であるのだ。例えば、手の平に燃え盛る炎を想像してみるとしよう、もちろんこれだけでは何も起こらない。しかし、それが炎が当たり前というレベルの思い込みだとすると、なんとこの世界ならば本当に燃える…らしいのだ。実際の世界と、魔法の担い手の意識世界の誤差を埋めようと魔力が発火を起こすらしい。


とまぁ、魔法の発生には強い思い込みと魔力が必要であり、詠唱はその思い込みを促し、魔法使いはそこに自らの魔力を吹き込んで強制的に先の現象を起こす事になるのだ。ゲームの時はこんな設定聞いた事無かったけどな。


「だからその感覚に慣れれば出来るってのは分かるんだけどなぁ…、こうロマンが無いというかなんというかなぁ…」


ぶつぶつとした文句をつぶやくのもそこそこに、自分の感覚を意識しながら丁寧に灯火ヘイルを発動させる。それを幾度か繰り返した後には口を閉ざし、穴が開くほどに手の平へ視線を集中させながらただひたすらに発火を想像する。…それを続けて二十秒後、先程とは比べ物にならないほどに小さな火がちらりと灯り。


「よっしゃあ!あぁ…」


喜びと共に消えた。


「まさかの……」


苦労して灯した小さな火があっさりと消えてしまったことが納得いかず、手の平を開閉してみるがそこには何も残っているはずもない。


「さて、今度は何が悪かったのかねぇ」


火が消えた右手で後頭部を掻き、軽くため息をつく。スタンダードって事は別に簡単って事じゃないくらい俺も知っている。問題は提起されて解けなかった時からの方が俺はやるのだよ。



今一度教本を開き、無詠唱の項目を真剣に読み直す……が、習うより慣れろの要約文は変わりそうに無い。てか、そうとしか理解できない。なんでこう教本とかの言葉は固くて理解しにくい物が多いんだろうか。それからうんうん唸りながらヒントを探すこと三十分、なんとか俺は答えを見つけ出した。


「はぁ、訳が分からねぇとは思ってはいたけど…、事前に書いたからって説明しなかったマジですか…」


やけに短く感じられた無詠唱の内容、それは難しげな本にあるあるの『その話はすでに○○Pでしたよね?』であることが発覚した。つまりの事、大事なところを読み飛ばしていました。スミマセン。



さて、何故上手くいっていなかったのを踏まえて一つ真面目にやり直してみよう。まずは想像、魔力云々の前に何がしたいのかを決めておく必要がある。今回はさっき失敗した灯火ヘイルである。


思い起こすのは手の平に浮かぶ小さな火、ここまでがさっきやった事、そしてここからが改善点だ。今回はさらに熱、そして燃えるというそもそものイメージだ。火はどれだけ安定して見えても炭素と酸素が反応し続けていることで発生している。つまり俺の想像が終われば火の反応もそこで終わりなのだ。先程の火がすぐに消えてしまったのは、これが原因だったのだ。


そしてもう一段階、魔力操作である。さっきはイメージすることだけに終始集中し続けていて、燃料やインクの役割となる魔力を使えていなかったのである。だからこうして体からほんのりと魔力を出してやれば。


「――――出来た」


決して大きく無い仄かと言ってもいいような火だけれど、その成果は確かに俺の手の平に浮かんで薄暗くなってきた辺りをやんわりと照らす。俺の魔力を元に燃える火へ送る魔力をおぼつか無い感覚で何とか増やし、見え辛くなってきた足元までもしっかりと照らす。


「帰るか」


気づけば周りはもうそこそこに暗い、だがこれも練習と思い、少しづつ魔力を火へ与えて維持しながら村への道を歩き出した。新しい力を手に入れて少し誇らしい気持ちになりながら。



無論、面倒事を起こした翌日というなかなかにピリピリした時期に、夕食へ遅れるという無神経な真似をした俺は母親にきつい一撃を頭にもらうことになったが。





その結果であるが、ベットでうずくまっている今の状態という訳である。あ、別に魔法の練習とかは体調に関係ないです。一応、魔力使いすぎると具合が悪くなったり体調に悪影響を及ぼすらしいけれど。でも、それにしたって


「何で唯の拳骨がこんなに頭に響くんだよ…魔力でも関係していたりするとか?」


脳裏に思い浮かべるのは拳から魔力を注入して体内の魔力バランスを崩す図式。…それはそれで可能性がありそうだなとぼんやりと考えながら、ベットから腕だけを伸ばし、一冊の本を手元に引き寄せる。――――無駄と思えるほどに固く閉ざされた本、内容としたらただの日記帳である。俺にとっては一種の生命線に当たるそれを片手に、吊られたような右手はさらさらと軽やかに、しかし俺の意思は完全に無視して動いていく。かなり無理な体勢をしているはずなのだが、右手はぶれる様な気配すら見せずに簡潔に書き上げた。


なんて無駄に器用な動きだ、おかげで体が痛いじゃないか。


思わず感心してしまうその動きに意識を向けていると、体を勝手に動かしていた糸がプツンッと切れて顔から日記帳へ突っ込んだ。



「グペッ…、ってててて……痛ぇなチクショウ」


思いっきり本へ鼻を打ち付けた痛みに、眉の皺を一層深くする。


散々な状態にため息を軽く吐くが、まだ確かめることがあるのを思い出してパラパラと本のページを捲る。開いたのはもちろん最後のステータスページ、の隣のスキル欄へ視線を向ける。そしてそこには予想した通り――――新たに『魔法』『魔力操作』『刻印』そして『属性傾向』の四つが浮かんでいた。


「ん、出たな」


黒々と書かれた四つの単語に思わず安堵のため息を吐く、少なくともこれで強化できる技能が増えることが証明された訳だ。まだ何がトリガーになっているかははっきりとは分かっていないが、とりあえずはこれでいい。それに――視線をページの隅に寄せれば薄っすらとした文字が浮かびかけている。にじみ出かけている文字は『調薬』、恐らく経験が一つのトリガーになっているのは確認できた。


恐らくこれからはもっと増えていくんだろう、それこそゲームの時のように。そう思い浮かべるだけで意図せずとも口角が上がってしまう。画面の向こうでは無くなったこの世界で何をしようかと考えるだけでわくわくが止まらない。特にこの『属性傾向』は特定の属性の魔法にダメージボーナスがついたり魔力消費が少なくなるだけで無く、その種類の数だけパワー増加やスピード増加など身体的な付与効果もあったりする。最初はとても地味なのだが、後半にもたらす影響は大きい。それを自分の身で体感できると考えるだけで嫌でも期待は高まる。


「フッフッフッ………楽しみだなぁ……」


まどろんだ意識の中、零れ落ちたつぶやきにも気づかず、この放り出された世界での楽しそうで輝かしい明日を夢見て俺は二日目を終えた。

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