逆転
次に目を開いたとき、俺はかび臭い暗闇の中にいた。足元さえ見ることがかなわない様な暗闇の中で、何故か自分の体だけ光が当たっているかのようにくっきりと見えている。
「おおっ、これがゲームでよくある不思議空間てやつか。いや、ステージの裏側と言った方が的確か?」
軽くジャンプしてみると、硬質な床の感触が足裏に伝わってくるのに、音は一切聞こえてこない。
この感覚プライスレス。
「ついでに言えばこういう空間がこんなにカビ臭いとは思ってなかったな。音も臭いも無い本格的な無の空間だと思ってた」
腕を振ってみても空を切る感覚すらない。そんな不思議感をしばらく楽しんでいた俺だったが、徐々にそれにも飽き始めてきた。
「にしてもこういう明晰夢?ってやつは初めてだなぁ。見る人は見るらしいが何とも不思議な感覚だよ」
疲れがたまってたからこそ見れたのであるならば、あのタイムアタックもそう悪い物では無いかもしれない。
「にしても…この状態はいつ終わるんだ?」
いよいよ完全に飽きてしまえば、何もないこの空間で残るのは現実の俺の体の心配だ。徹夜してそのまま寝込んで風邪でも引いてしまった日にはもう目もあてられないぞ。
ひとり暗闇の中に寝転がり、ひたすら重くなる思考を切り上げて夢の中でも二度寝をかまそうと頭を腕に置く。すると、俺の背後から不意に声がかかった。
「残念ながらこれは夢でもなければ、君があちらに戻ることもないよ『プレイヤー』」
「あん?」
突然背後から聞こえてきた成長期前の少年のような声に、既に重くなり始めていた頭を上げる。すると、ほんの少し向こう、暗闇の中に一部分だけ部屋らしきものが浮かんでいた。そこにあったのは、ついさっき画面の中で見たはずの魔方陣。そしてその隣には今まで何回も見てきた顔の少年。
「あれ?こんなんさっきまで…何て言うのは野暮か」
頭をかきながら近づき、そう言うと少年は朗らかに笑う。
「流石だね『プレイヤー』、もう理解し始めているんだね」
「ああ、なんせ夢だ。何でもありだろ」
「…………」
「…何だよ」
「いや、何でも…」
さっきまで親しみのある笑顔を浮かべていた少年は急に憮然とした表情になり、少し黙ってため息を吐いた。
なんかよく分からんが、やたらリアルな反応だな、夢なのに。
それにしても凄いな、ゲームの主人公がそっくりそのまま目の前に出てきたようなこの感じ、人間の脳の有能さが半端じゃない。どうせならヒロインの方をだしてくれて構わなかったのだが。
「まぁ、いいや。君が現状をどう理解していようと向こうにいったら否が応でも理解するだろうしね」
「んぉ?おお」
何か俺の知ら無いうちに話がどんどん進んでいく感じがするが、今はただ頷いて返しておく。
その事で更に少年にため息を吐かれた気もするが、気のせいにしとこう。
「今から君と僕の立場は反転する」
「んん?」
何言ってんだ?
「えっと、流石に言葉が少な過ぎたようだね。具体的には君には僕らの世界に来てもらい、僕はここで今までの君と同じように君を操る」
「いや、悪いがもっと意味わからなくった」
「直に分かるよ。ああ、それと操るといってもここぞって時とか、実に『プレイヤー』らしいことしか出来ないからね。ふふっ、僕の苦しみを君も味わえば良いさ」
ほの暗く少年は笑うが、何を言っているか分からない俺は困惑するばかり。しかし、確実に何かマズイ事が起きているのは感じ取った。
「いやいやいや、待て待て待て待て。訳が分かんねぇって。俺の頭どうなってんのこれ」
「ああ、戦闘に僕が介入する時は今までの君を完全にトレースするから安心して良いよ。それと、一応言っておくけど、君が行くにあたって大きく世界は改編される。当然蘇生魔法何て使えないから死んじゃわないように気をつけてね」
「気を付けろも何も、これは夢だろ!?」
「それじゃあ、頑張ってね。きっと君の願いと僕の願いは重なると思うから」
「いや、いい加減俺の話をきっ……けっ……!?」
「百聞は一見にしかず、だよ。バイバイ『キャラクター』」
激しく詰め寄る俺の額に、少年はトンッと指を置いて軽く押してくる。たったそれだけのことで俺の体は全く動かなくなり、ゆらっと後ろに倒れ始める。
そして、先程まで俺の体重を支える何かがあった暗闇はポッカリ開いた穴のように俺を飲み込む。
「……!………!!」
どれだけ力んでみても声は全く出ず、指一本すら動かない。あるのはひたすらに穴を落ちていく感覚。
「任せたよ」
意識が消える前、そんな声が微かに聞こえた気がした。