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金の車、銀の車

作者: 前田剛力

 ズルズル……ガガガガッ。

横滑りしながら崖を滑り落ちた車はようやく止まった。

孝之はほとぼりが冷めるまでしばらく身を隠すつもりで、家族にも内緒の隠れ家にしている山小屋に向かう途中だった。ところが、目の前の落石を迂回しようとしたところで、山道が崩れたのだ。

不渡りをつかまされ、会社は潰れる寸前。金策に疲れ、万策尽きての逃避行であった。逃げて状況が良くなるはずもなかったが、とりあえず一息つきたかったのだ。でも、ついていない時はとことんついていないもの、こんなところで道を踏み外すなんて。

幸い、車に異常はなかった。崖を上がることは不可能だったが、止まったところはやっと車が一台通れるほどの古びた道のようになっていたので、そのまま進むことにした。真直ぐ行けば、どこかに抜けられるという直感が働いたのだ。けれども、しばらく進んで目の前に現れたのは小さな沼だった。

ぎりぎり迂回できそうに見えたので危険を承知の上、孝之は沼の端に車を進めたが、岸の土は思ったより柔らかく、泥に車輪を取られ車は沼に沈み始めた。やっとのことで車から抜け出したが、車はそのまま沼の底へ……。

疲れ果て、孝之は茫然と沼の岸にたたずんでいた。

沼は何事もなかったかのように静まり返っている。どうしよう?


その時、ふいに沼の中から光がさしてきた。

そして驚く孝之の目の前に一台の車が浮かび上がってきた。まるでスポットライトを浴びた新車発表会のようだ。そして車の横にはイベントにつきものの美女の代わりに、真っ白な髭を生やしたじいさんが立っていた。

そのじいさんが、唖然としている孝之に向かって尋ねた。

「お前の落とした車はこれか?」

たった今、自分の車が沈んだのだ。とすればこれは自分の車に違いない。

「そうです。私の車です」

 孝之は様子が飲み込めないまま、反射的にそう答えてしまった。返事が思わず敬語になったのはそのじいさんが只者でないように感じたからだ。ところがじいさんはいきなり怒鳴った。

「この大嘘つきめ。これはお前の車ではない」

「えっ?」

落ち着いて見ると自分の車と違うのは明白だった。でもなんでこんなところに別の車があるのか? しかしこれ以上、この不思議なじいさんを怒らせてはまずい。

「すいません。嘘をつくつもりはありませんでした。自分の車が消えたばかりだったので、てっきりそうと思い込んだだけです」

「お前は金の斧、銀の斧の話を知らないのか。沼に斧を落としたきこりが正直に答えて、褒美をもらうと言う話じゃ。お前はその正直試験に見事に失敗したと言うわけじゃ」

 まさか。

孝之もその話は子供の頃に読んでいたが、まさかこんな山奥の沼に本物の神様がいたなんて。しかし、ここで見捨てられるわけには行かなかった。孝之は必死で訴えた。

「そんな杓子定規は止めてください。私の顔を見れば騙そうとしたのではないことくらい分かるでしょう」

沼の神様は穏やかに言った。

「お前の事情はわかる。しかし、私の力は限定されているのだ。沼に落ちてきたものより価値のあるものを示して、相手の正直度を測るだけ。その結果で褒美を渡すのか、逆に取り上げるか、二つに一つなのだ」

いくら必死に頼んでも無駄で、神はそのまま沼に消えてしまった。

孝之は車を諦めるしかなかった。今や、彼の胸にあったのは純粋な怒りであり、もはや借金のことも隠れ家に潜むという考えも頭から消えていた。そして何とかして沼の神に仕返しをしてやりたいと思ったのだ。

山道を下りながら孝之は必死で考え、やがて一つのアイデアが浮かんできた。


一週間後、山道を走る孝之の姿があった。今回はかなり古い車を運転している。落石はまだそのままで、容易に秘密の沼にたどり着くことが出来た。

孝之は沼のほとりで一度車を止めると、迷うことなく沼に車を沈めた。そして次の展開を待った。

やがて例の神様が現れた。

「お前の落としたのはこの車か」

そこに出現したのはかなり新しい車であった。孝之には先日の経験があり、当然「違う」というはずだったが……。

「その車です」

「なに?」

神様は驚いた。

「お前は前にきた男だろう。教訓を学んでいないのか。せっかく車を返してやれたのに」

しかし、孝之は平然と答えた。

「ちゃんと学習していますよ。あなたはあなたの仕事をすればいい。私の沈めた車を取り上げるのでしょう?」

神様はやむなく、と言う感じで車を沼に戻した。しかし、孝之の様子を不審に思ったのだろう、なぜ先週と同じ過ちを繰り替えしたのか、と理由を尋ねた。

すると、孝之はにやりと笑って答えた。

「あなたは嘘をついた人からその物を取り上げるのが役目だ。そして、今の世の中には不要になったものがたくさんあるのです。そこで私は仕事を変えました。廃棄物処理を請け負う会社を作ったんです。その第一号がさっきの車と言うわけ」

「第一号? ということは……」

「そう、これから次々と持ってきますよ。そして私は毎回、嘘をつく」

「そんな……」

高笑いしながら去っていく孝之を見送り、神様はいつまでも湖面にたたずんでいた。



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