第9話 佐藤キリヤ、覚醒
森の中で一晩野営を行い、翌日さらに奥へと俺たちは進んでいく。
薄暗い森の中を進んでいると俺は周囲の空気に違和感を覚えた。
「エダ、気づいているか」
エダに問いかけてみる。
「ああ、こいつは血の匂いだね」
風にわずかながら血の匂いが混ざっていたらしい。違和感の正体はこれか。
「どうする、このまま先に進むのかい?」
エダは俺に訪ねてくる。
「慎重に行こう、アンリは一番後ろに」
「分かった」
俺の指示に頷くアンリ。
百メートルほど進むと前方にポツリと馬車が見えてきた。
アンリにはその場で待機するよう命令する。
俺とエダは音立てぬよう慎重にスニーキングで接近した。
荷馬車の後方の影に二人で滑り込む。
どうやら馬車の少し前方で男たちが言い争いをしているようだ。
そちらの様子をそっとうかがう。
若いごろつき三人に爺さんが囲まれている。
爺さんは肩から血を流しながら膝をついているようだ。
ごろつきは一人が棍棒、残る二人がナイフで武装していた。
「爺さんも強情だな、金目の物を置いていけば命だけは助けてやると言っているのに」
「お前らの様な悪党どもには何も渡す物は無い!」
憎々しげに老人が吐き捨てる。
「そんなに痛いのがいいならもっといたぶってやろう、当たり所次第では死ぬかもな」
棍棒を構えた逞しい男が残虐な笑みを浮かべる。
俺はエダにハンドサインを送った。俺が先行し、不意打ちをエダに任せることにする。
あえて馬車の影から身を晒し、男たちに接近していく。
「どうかしましたか?」
「「「!」」」
突然現れた俺に、三人の下郎がギョッとしてこちらを見る。
「お助けください、賊に襲われているのです」
お爺ちゃんが悲痛な声で俺に助けを求める。
「お前何しに来やがった!ぶっ殺すぞ!」
ナイフを持ったうちの一人、短気そうな男が俺に接近してくる。
「乱暴しないでください、私の有り金を全部渡しますから!」
そういいつつ俺は左ポケットから金貨と銀貨の入った袋を取り出した。
ナイフの男はそれを見てニヤリと笑い、
「そいつを渡しな!」
と、ズンズン近づいてくる。
男が袋をひったくろうとした寸前、俺はそれをわざと落とした。
チャリチャリン。
一瞬気を取られる男。
次の瞬間俺は右手を自分の背後にまわし、相手から見えないよう背中のベルトに挟みこんでいたナイフを引き抜き、一閃した。
「グワワァァ」
俺の斬撃は鮮やかに男がナイフを握っていた手の甲を切り裂いた。
カラン。
相手は思わずナイフを取り落とした。
俺はその勢いのまま踏み込み、男の首筋にナイフを突き立てる!
ズブッと相手の首にナイフが生えた。
賊の目が驚きと恐怖と痛みの色に染まる。
俺はお構いなしにすぐさま男を突き飛ばした。
どうやら首の傷は頸動脈に達していないらしい、それほど血は噴き出していない。だが相手の戦意は消失。
これで一人目無力化。
「ふざけんな、オラァ!」
棍棒を持った男が怒りに身を任せて突進してくる。
見え見えのフルスイングだった。今の俺には手に取るように予測できる。
バックステップ!
相手の攻撃は虚しく空を斬る。
と、同時に今度は逆に俺は間合いを詰めた。
予想外の動きに相手の反応が遅れた。
俺は次のスイングに移ろうとしていた男の二の腕を左手で押し返した。
人間の構造上、相手のスイングは一瞬止まってしまう。
(ここだな)
俺はザクッと相手の下腹部にナイフを突き立てた。
右わき腹の下、肝臓のある急所付近だ。
「イデェェェ!!!」
その場に崩れのたうち回る男。
二人目無力化。
「畜生、やりやがったな」
三人目のナイフを持った男が襲ってくる。
ただし先二人のやられ方を見ているので、油断なく構えたままジリジリ近づいてくる。
(なら、こちらから攻めるか)
俺は相手の首筋目がけてナイフを突き出した!
と、見せかけて突然相手の足もとに潜り込み、太ももをスラッシュする!
フェイントに釣られて、ナイフとガードを上げた相手は付いてこられない。
相手の反撃から逃れるため俺はそのまま突き飛ばした。
三人目戦力低下。
「エダ」
俺はいつまでも加勢しないエダを呼んだ。
「何だい、まだ倒してないのかい」
荷馬車横からエダが現れる。
こちら無傷の二名に対し、戦闘不能二名とハンデを背負った一名。
山賊はどうやら負けを悟ったらしく一目散に逃げ出した。
「ありがとうございます、なんとお礼を言えばいいのか……」
お爺さんが何度も礼を言ってくる。
「まず先にお爺さんの手当をしないとな。エダ、すまないがアンリを呼んできてくれるか?」
「あいよ」
エダがアンリを迎えに行く間、お爺さんの止血と手当を行った。
次回「ロンリ―ウルフ、再び」