第49話(3-9) モレル商会
さて密命を受けたもののどうしようかと考えあぐねていると、いつのまにか宿屋まで戻って来てしまっていた。
なんにせよ旅の準備が必要だ。摂政プロイツェンには人員の面倒は見れないと釘をさされてしまっている。それならまずは水先案内人を探さなくては。
「やあ、旦那、暗い顔だねえ」
宿屋の女主人、クレアおばさんに声をかけられた。よほど不景気な顔をしていたのだろう。
「実はシャルーニ地方へ行かなければならないのですが、案内人のあてが無くて」
「それならモレル商会に依頼してみればどうだい、あの地方には詳しいはずだよ」
「モレル商会?」
「ここから少し行ったところが商業地区だから、そこにモレル商会の建物があるんだよ」
そういいながらクレアおばさんは手早く地図を書いて渡してくれた。
「今は行商の時期じゃないから頼めば多分引き受けてくれるよ」
「ありがとうございます、クレアお姉さん」
「あら、上手いこと言うね」
まんざらでもなさそうである。
そういうわけで、商業地区に向かうことにした。貰った地図を頼りに歩いていくとしばらくしてモレル商会の建物が見つかった。大きすぎず小さすぎず、地味ながら歴史と堅実な商売を想像させる建物だ。
扉を押して中に入ると受付嬢から声を掛けられた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」
「シャルーニ地方の案内をモレル氏に依頼したいのですが、摂政からの指令書もあります」
「畏まりました。ただいまモレルは席を外しておりますので、応接室でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
ということで、案内された部屋でしばらく待つことになった。
それから30分弱経っただろうか。
ガチャリとドアが開いてモレル氏と思しき人物が入ってきた。
「あ、あの時の!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。何を隠そう入ってきた初老の男性はかつて強盗から助けた人物だったのだ。
「おお、またお会いできるとは望外の喜び!」
モレル氏はオーバーに驚きながらこちらに歩み寄ってくる。そのままなされるがまま軽くハグをする。
「私の命の恩人ですから喜んで引き受けさせていただきましょう。シャルーニ地方への水先案内でよろしかったかな?」
「引き受けて頂けるとは有難い、助かりました」
「しかし、あちらは敵国の支配地と非常に近いですぞ、何か理由がおありですかな?」
柔和な表情でありながら鋭い眼光で問いかけられた。どうやら見た目とは裏腹に衰えてはいないらしい。
「軍事機密に関わるので詳しくは伝えられませんが、とあるマジックアイテムの探索です」
ほとんど言ってしまっているな、そう思いながら答える。するとモレル氏は幾分驚いたように言った。
「確かにエルフの里が近いのでその手がかりが見つかるかもしれません、しかし難儀ですな」
「それは承知の上です。どうかよろしくお願いします」
「命を救われた身ですから断るつもりは毛頭ないですよ。それでは早速旅の準備に取り掛かりましょう」
モレル氏の快諾を受け、ホッとして一度宿屋に戻ってきた。
どうやらクレアおばさんがお風呂を準備してくれたらしい。入るように促されたのでふと気になって尋ねてみる。
「長旅の途中、お風呂はどうしてるんですか」
「大体の行商人はお湯を用意して体を拭く程度で済ましているみたいだよ。まあ、あちこちに温泉が沸いているからそんなに困らないよ」
なるほど、風呂の心配はしなくてすみそうだ。モレル商会には明日再び顔を出すことにしよう、そう思いながら湯船に体を沈めた。




