第24話(2-12) ウルフアンドシュガー
さて、温泉からの帰り道。
俺たちは再び馬に乗りソルティドギィの街を目指した。
「キリヤ、あれ!」
俺の後ろにいたアンリが突然叫んだ。
前方の道に誰かが夕日を背に立っている。
すごく小柄な女の子のようだ。
逆光で良く見えない。
「どうしましたか?」
「一体何なんだ」
メイドのヤシマと鍛冶屋のベルが訝しがる。
だが、俺とアンリには心当たりがあった。
次第に近づくにつれ、それは確信へと変わった。
「待っておったぞ、キリヤ」
腕組みをした幼女? は俺に向かって話しかけてきた。
「俺は待ってなかったんだが」
馬から降り、俺は一人でその幼女? の元へ近づく。
「知り合いなのか?」
アンリに聞いてくるベル。
「あの女の子、ホントはオオカミなの」
珍しくアンリは緊張しながら答えた。
「聞いたことがあります。強い力を持ったケモノはヒトの姿になることができる、と」
流石ヤシマ、そんなことも知っていたとは。
「どうした、キリヤ。あの時と連れの顔ぶりが変わっておるではないか。そんなに子種をまいておるのか」
幼女の口から下品な言葉が飛び出す。
ひょっとして俺は煽られているのか?
「そんなんじゃねえよ」
あしらいつつ腰のドラゴンファングを抜いて構える。
そう、こいつは俺の命を二度も狙った危険な奴である。
オオカミ王ルプス。
油断や動揺は文字通り命取り。
前回俺は全く歯が立たずこいつの気まぐれで助かったのだ。
「ほほう少しは出来るようになったようじゃな。あいつの言う通りここで待っていた甲斐があったわい」
あいつとは何者だ。
俺は聞きたくなるのを堪えた。
いまは初撃にだけ集中するんだ。
俺の指輪が赤く輝き、剣が共鳴し始める。
俺はゆっくりと目を閉じた。
一閃。
真空の刃が放たれる。
今の俺に出せる全力全開の一撃。
恐るべき刃は周囲の草木をなぎ倒しながら幼女ルプスへと向かう。
あまりの威力に土煙が巻き上げられる。
俺の視界が遮られる。
「やったか!」
「キリヤ上!」
アンリの叫び声。
思わず見上げると俺の直上、ビルの五階ほど、を小さな影がかすめていく。
避けただと。
信じられない。
だが奴はミスを犯した。着地の瞬間にもう一撃を放てば、今度こそ終わりだ。
俺は振り返りもう一度構えようとした。
が、ダメだ。
幼女ルプスは俺とアンリ達の間に着地しようとしている。
ここでもう一度使えばアンリ達を巻き込む。
思わず躊躇してしまう。
その隙をルプスは見逃さなかった。
信じられないスピードで俺に飛びついてくる。
身体強化、十倍!
ガキィィィン。
幼女の体からは信じられない重い一撃。
指先の爪はオオカミのそれになっている。
「どうした、あれで終わりか?」
交互に繰り出される爪の斬撃。
……。
見える、見えるぞ。
全く歯が立たなかった幼女ルプスの攻撃に対応できる。
ドラゴンファングから左手を離し、片手持ちに切り替える。
わずかに大ぶりな攻撃を剣で受け流す。
「何!?」
オオカミ王ルプスが初めて動揺した。
もう遅い。
指輪が輝き、俺は間合いを詰める。
ゴッ。
アッパー気味にわき腹めがけて左手の突きを繰り出す。
「がふっ」
幼女ルプスの顔が苦痛にゆがむ。
初めてまともに一発入れてやった。
密着した状態で俺とルプスが固まる。
「ん!」
「なんじゃ!」
唐突に二人の足もとが円状に赤く輝く。
そして急激にあたりの温度が上昇する。
身体強化、二十倍!
尋常じゃないヤバさを感じ、限界まで引き上げ跳びのく。
ルプスも反対方向に跳んでいた。
瞬間、さっきまでいた地面が赤く膨れ上がる。
ズドォォォォン。
猛烈な爆風が俺を襲った。
全身が焼けそうな感覚に陥る。
吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
俺の意識は引きちぎられる。
……。
「起きろ、いつまで伸びておる」
何かに顔を舐められて、俺は目を覚ました。
「げぇ!」
目の前に巨大なオオカミの顔があった。
よく見ると口元が赤く染まっている。
「魔術師を使って一緒に滅ぼそうとは、ちょこざいな策よ」
にやりとオオカミ王ルプスが笑う。
「お前……」
「仕掛けてきた奴は喰い殺してやったわ。つまらぬ横やりが入った、今回もお預けじゃ」
そういうとルプスは踵を返した。
「またいずれ」
捨て台詞と共にその姿は夕闇に溶けていくのだった。