第2話 いきなり無双?世の中そんなに甘くない
気がつくと俺は森の中にいた。
俺を中心に半径5メートルは少し開けた感じになっている。
その円状の空き地には背の低い雑草が生えており、よくよく見ると芽吹いて間もないことが見て取れる。現代日本の春に該当する季節だろうか。
まぁ、そんなことより一つ、大問題がある。
俺は未だに拘束椅子に縛り付けられているのだ。
ふざけんなよ、自称ゴッド。
このままじゃなすすべもなく餓死エンドだろうが。
クソが。
漫画やラノベ、映画といったものなら、後ろ手で縛られている縄を、ガラス片や手ごろな石で切断、脱出という展開なのだろうが、あいにく俺は両手、両足を念入りに完全拘束されている。
ガサガサガサッ。
不意に俺の正面5メートル程の草木が揺れた。
(マズイマズイマズイ)
ここが本当に異世界ファンタジーなら鉄板でモンスターが出てくる。
餓死エンドを待たずに、襲われて喰われるエンドとか冗談じゃない。
それともあれか、最近見た、転生直後にもう一度死亡のパターンか。
佐藤霧也は二度死ぬ。映画のサブタイかよ。
ガサッ。
「……」
果たして現れたのはモンスターでも野盗でもなく、少女だった。
歳は10前後だろうか。身長は150センチ程。
ゆるくクセのある金髪が肩にかかっている。
そのパッチリとした瞳には、恐怖ととまどいの色が浮かんでいた。
服装は中世から産業革命時代ごろまでの農夫の娘といった感じだ。
ここを外すと後がねぇ!
あせる気持ちを抑えつつ、出来るだけやさしい声で話しかける。
「悪いが、お嬢ちゃん。ちょっと訳ありで困ってる。これを外してくれないか? 」
……。
ダメか。
それ以前に言葉通じてるのか。
「わかった」
少女は頷くと、おびえながらもこちらに近づいてきてくれた。
大勝利!
縛り付けられていなかったら、その場で喜びの舞を踊るところだった。もし現代日本で変態が少女に声をかけたりしたら、事案待ったなしだぞ。
しかも、お互いに言葉が通じている!
これは大きなアドバンテージだ。全く知らない言語環境に放り込まれたら、簡単な会話の成立さえ半年や一年かかる。
これは後に分かることだが、第一のチート能力、ありとあらゆる言語を自在に操られるスキル、だった。日本語を使う感覚で、そのまま異種言語を話し、読み、書くことが出来る。
話を元に戻そう。
その野暮ったくも純真な少女は、まず俺の後ろに回り込み首の拘束ベルトを外し始めた。
カチャカチャカチャ。
慣れないのか一分以上かかってようやく外れる。
「ありがとう、その調子で残りも頼む」
「うん」
いい娘すぎる、涙がでるぞ。
ガサガサ、ガサガサガサ!
先ほど少女が現れた場所、つまり俺の正面5メートルの草木が盛大に揺れた。
思わず二人とも硬直する。
「グルグルグルゥ」
今度はマジもんのモンスターが現れやがった。
姿はシベリアンハスキーをふたまわり大きくしたような、ぶっちゃけるとオオカミだった。
その口元から鋭い牙がのぞいている。
「逃げるんだ」
俺は小声で囁いた。
もはや助かる見込みは無いが、俺が喰われている間に少女は逃げ切れるだろう。
自己犠牲なんてガラにもないが、心やさしい女の子を守れたなら、それはそれで悪くないかもしれない。
(……? )
へんじがない。
後ろでガサガサガサッと音が遠のいてゆく。
どうやらオオカミが現れた瞬間、逃げ出していたようだ。
うん……まぁそうするよね……。
「ガルゥ」
それが引き金となったのか、オオカミが猛然と襲いかかってきた。
手前二メートル程で、跳躍しおそいかかってくる。
(南無三! )
思わず右腕に力をいれ、顔面を守ろうとする。
その時、不可解なことが起こった。
「バキバキバキッ」
「ガスッ」
俺はひじかけと背もたれの一部を破壊しながら腕を振りぬいていたのだ。
そのまま俺に喰いつこうとしていたオオカミの横顔に、直前でクリーンヒット。
「ギャン!」
真横に吹っ飛ばされるオオカミ。
ふらつきながら立ち上がったオオカミはこちらを見ながら、「グルルルゥ」と、けん制してきた。
どうやら、おどろきとまどっているようだ。
同様に驚きながらも、俺は左腕と両足に力を込めてみる。
バキバキバキ。
盛大な音をたてつつ、椅子が壊れていく。
どうやら今の俺は、通常ではありえない膂力を発揮できるらしい。
自由になった両腕で太もものバインドを外すと「ガチャガチャガチャ」と椅子だったものが崩れていく。
依然、両腕両足にはベルトと残骸の一部がくっついているが、とにもかくにも自由の身となった。
「グルルゥ」
形勢不利を悟ったオオカミは突然駈け出した。
先ほど少女が逃げて行った方向だ。
「待て、ワンコロ! 」
どうやらターゲットを変更したらしい。
オオカミを追って、俺も茂みに飛び込んだ。
10メートル程走り抜けただろうか、当然視界が開けた。
そこは河原だった。
川幅20メートル程の両側に砂利が堆積している。
その砂利道を俺から下流に向かって50メートル程の場所を少女が駆けている。その後方20メートル、つまり俺から30メートル程先をオオカミが追走していた。
流石四本足、速いな。
俺は走りながら、手首に残っていた革ベルトを外すと、ひじかけだったものを振りかぶった。
「セイヤァ」
40センチ程の木の残骸は今まさに少女に飛びかかろうとしているオオカミに吸い込まれていく。
サクッ。
うまく鋭い部分が当たったようだ。オオカミの背中に棒きれが刺さる。
飛びかかるのを止めたオオカミはこちらを忌々しげに振り返る。
そして猛然と走り寄る俺を認めるとわきの森の中へと姿を消した。
少女の元に駆け寄ると、恐怖と息切れでその場にへたりこんでいた。
「ありがとう、おじちゃん」
少女が心底安堵した様子で礼を言ってきた。
お、おじちゃん。
今年俺は30歳になったとはいえ、俺の頭はまだ禿げてないし、白髪もない。腹周りも多少脂肪はついたがデブではない。顔はまぁ、お察しください。
それなのに、おじちゃん、もといおっさん呼ばわりとは、あんまりだ。
30歳は立派なおっさんですか、そうですか。
「立てるか? 」
「うん」
そう言って俺の手を握って立ち上がった彼女は、落ち着いたのか、あどけない笑顔を向けてきた。
それを見た俺の感想は、まぁ助けてよかったな、というもんだった。
ちなみに俺はロリコンではない。
断じてロリコンではない。