第15話(2-3) 甘美なる罠
サディー鉱山麓にて。
俺たちは下山後、一晩野営することにした。
討伐した飛竜の頭部を俺が持ち、見つけた飛竜の卵をアンリが持ち、残りの荷物をエダと案内のヤシマに持ってもらった。
「かなりキツかったな」
テントを設営後、ぐったりしながら俺はエダに話しかけた。
「命があるだけ上等だよ」
軽く答えるエダ。
「お肉焼けたよ」
ヤシマと共に夕食の準備をしていたアンリが焼けた肉を差しだしてくる。
串に刺さった肉からは香ばしい匂いが漂っている。
炎にあぶられて肉汁がしたたり落ちる。
4人で少し遅めの食事をとることにした。
しばらくして、食事を終えた俺たちはまったりとしていた。
「ねぇねぇ、卵を火で温めたら早く出てくるかな?」
アンリは無邪気に聞いてくる。
多分、それは焼き鳥ができるだけだと思うぞ。
「やめときな」
小さな酒瓶をあおりながらエダが笑う。
「飛竜は孵化から約二年で人を乗せる大きさまで成長します。早いうちにエサの目途を建てるべきでしょう」
ヤシマが実践的アドバイスをしてくる。
「むずかしいねぇ……」
アンリは少し元気を失くしたようだ。
俺は話題を変えることにした。
「帝都への緊急招集ってのは何があったんだ?」
受けて答えるヤシマ。
「はい、帝都防衛軍の再編成のためです」
「帝都防衛軍?」
「はい、三年前、帝国領内へアジンの軍勢が突然侵攻を開始しました。本来アジン同士でも種族が異なると非常に仲が悪いので連携など起こるはずがないのですが。しかし、その時は見事に連携、統率されており、帝国の街は次々に陥落していきました」
「……」
俺とアンリは黙って耳を傾ける。
「三年前それに対抗すべく第一次防衛軍が結成されました。しかし結果は相打ちという形での壊滅。そして約一年前、再び侵攻の兆しがあるとのことで、領主ジョン・スミス様は帝都へと出立されました……」
「それから?」
俺は続きを促した。
「正式な発表はされていませんが、第二次防衛軍も全滅と噂されております……」
「何だって!!!」
突然エダが立ち上がった。
「どうしたんだ?エダ」
「いや、取り乱した。すまない」
再び座り込むエダ。
ヤシマは話を再開した。
「全滅のうわさを知ってからジャンヌ様はひどく不安定でございます。今回の飛竜討伐成功で少しでも気分が晴れると良いのですが」
「でも領主代行さまは旅人を館に招いてもてなしてくれるとってもいい人だって、街のみんなが言っていたよ」
アンリが不思議そうに聞く。
「……ええ、確かにポートスの街の事を第一に考えている心やさしい方です。しかし、夫ジョン・スミス様の生存が絶望的と知らされてから、あの方の心は休まる日が無いのでございます」
「難しいねぇ」
エダは落ち着きを取り戻したようだ。
俺たちはそこで話を打ち切り、寝る準備を始めた。
翌日、俺たちは飛竜の首級を手土産にポートスの街に凱旋した。
ようやく、この街は飛竜の脅威から解放されたのだ。
その夜、俺たちは再び領主代行ジャンヌ・スミスの館に呼ばれ、盛大なもてなしを受けることになった。
テーブルの料理が次第に片付いていきそろそろお開きかというころ合いに俺はジャンヌに話しかけられた。
「飛竜を倒して頂き誠にありがとうございます」
ジャンヌのかしこまった挨拶。
「いいってことよ」
軽く答えるエダ。
何故お前が返事をするんだ。
「街を預かる身として何度お礼を申し上げても足りません。遅くなりましたが、飛竜討伐の報酬をお渡ししたいのですが、キリヤ様、代表して応接の間にご足労願えますか。他の方は別室でお待ちください」
ジャンヌの指示により、アンリとエダはヤシマによって別室へと連れて行かれた。
俺はジャンヌの後について食堂を出る。
「夫のコレクションです。お口に合えばよろしいのですが」
応接の間で俺は酒の注がれたグラスを手渡された。
グラスを傾け、匂いを嗅いでみる。
深みのある上品な香りだ。
俺は酒には詳しくないが、なんとなく上等なんだろう、ということは分かった。
俺がグラスをテーブルに置いたタイミングでジャンヌが語りかけてきた。
「こちらが飛竜討伐の謝礼です」
差し出された小さな木箱には、見事な装飾が彫られていた。
受け取り、開けてみると金貨が十枚ずつ二列に収められている。
「あと、帝都への通行許可証もご用意しました」
ジャンヌが少し離れた執務机を差して話す。
「通行許可証って?」
俺は聞いてみた。
「帝都に入るためには領主もしくは代行の許可証が必要となるのです。これからも旅を続けるおつもりであれば、必要となります」
見ると、執務机には筒状に丸められた羊皮紙が置かれている。
「ありがとう、助かる」
俺が執務机に近づこうとしたその時だった。
「お願いです、キリヤ様。どうかこの街に留まり下さいませ」
ジャンヌは俺の左腕にしがみつく様に引きとめた。
うるんだ瞳で見上げられる。
「いや、何を突然……」
俺が戸惑っていると、その身を預けてきた。
改めて見ると、今日のジャンヌは胸元が大きくあいた真っ赤なドレスを着ている。至近距離で初めて気づいたのだが、エダには負けるがかなりの大きさだ。
「私の夫、ジョン・スミスはおそらくもう戻っては来ません。私が領主代行を続けるのも、もう限界でございます。どうかあわれな女を慰めくださいませ」
そう言って、彼女は自分でドレスの肩ひも、俺から見て左側、をスルリと落とした。
たわわで艶やかな胸がほとんど見えそうになる。
俺の鼓動は凄まじいスピードになっていた。
甘い香りに包まれてむせかえりそうだ。
頭がクラクラする。
俺はジャンヌの胸をつかもうと左手をのばし……。
右手に握ったナイフを首元に突きつけた。
「何……何をなさるのです……」
ジャンヌは怯えきった表情で俺を見てきた。
俺はナイフを突きつけたまま、左手でポケットから銀貨を取り出した。
銀貨は黒ずんでいる。
「さっきの酒に反応し、変色したんだ。よく見てみろ」
両手で口をふさぎワナワナと首を振るジャンヌ。
「わたくしは……、違います」
「それだけじゃない。この館に招かれた旅人が、その後、行方不明になっていることも突き止めてるんだ」
俺はなおも追求した。
急にうつむくジャンヌ。
危うくナイフが喰いこみそうになり、俺は思わず右手のナイフを自分へ引きよせた。
「フフ、そこまでばれていては仕方ありませんね」
先ほどまでの弱々しく可憐な雰囲気は消え失せ、そこには妖艶な笑みが浮かんでいた。
「あなたを籠絡できると思ってましたのに」
「何故こんなことをする」
「この街を守るためです。ホントは飛竜と相打ちが一番良かったのですが。あなた方の様な根なし草は街の治安を乱します。今日の食事を得るために、暴力や犯罪を平気で行うのですから」
「そんな理由で流れ者を殺めたのか」
「あら? あなたもこの街を守るために飛竜を討伐してくれたのではなくて? あの飛竜もいずれ生まれてくるわが子のためにヒトを襲っていただけですのに」
俺は食事中アンリがジャンヌに卵のことを話していたのを思い出した。
「私はこの街を守るために不穏分子を取り除いてきた。ただそれだけですのに」
「お前は間違っている」
俺はナイフを握る手に力を込めた。
「私を殺せばあなたはこれからずっと帝国のお尋ね者ですよ。別室の方々の命も無い物と思って下さいまし」
やはり俺たちを意図的に分断したのか。
ナイフを持つ手が汗ばむ。
「私があなたを好ましく思っていたのは真実でございます。いつまでも私のかたわらで私をなぐさめてくだされば全て丸くおさまりましたのに」
ジャンヌはもはや俺のナイフなど眼中にないかのように、執務机から羊皮紙を手に取った。
そして自らの左手の薬指から赤い宝石の埋め込まれた指輪を外した。
「街を守って頂いたお礼にこの二つを差し上げます。指輪は今まで魔力を蓄えてきております。私からの旅の餞別と思って下さいまし」
俺はもはや語る言葉を持ち合わせていなかった。
黙って指輪と羊皮紙を受け取り、部屋を後にする。
扉が閉まる直前、ジャンヌの目に涙が見えた気がするが、俺は構わず、アンリとエダの元へ急いだ。
次回4/10 21時ごろ投稿予定
「新たなる出会い、新たなる別れ」