出会い
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ジムはその男のことをおかしい人だと思った。その男は赤色のワンピースを着ているからだ。まるっきり男性にしか見えないのに。その変な男は緑色の目をした黒髪の若い男性だった。しばらくするとジムはこの男のことを他の人たちは見えていないことに気がついた。ロンドンの下町を歩いている他の人たちはこの変な男に見向きもしないからだ。ジムはまたいつものやつかと思った。
時々ジムは不思議な力を使えたり、おかしなものが見えたりするのだ。そのためジムは周りからはよく思われなかった。近所の子どもたちも遊ぼうともしない。彼の母親のカレンも彼女の恋人も疎ましく思っているのか、食事を抜きにしたり、暴力をふるったりする。彼の体はアザだらけだし、彼は5歳にしては体が小さくて服もぶかぶかだ。ライトブラウンの髪の毛はぼさぼさで体は薄汚かったが、青い目だけはキラキラと輝いていた。今日もジムは母にほったらかしにされ、アパートの前で帰りを待っていた。
赤色のワンピースを着た変な男は、じっとこちらを見ている虐待を受けていそうな男の子のことを不思議に思っていた。男はあの子の痛ましい姿もあるが、なぜ"こちらが"見えるのかと不思議でならなかった。
男はジムと同じ目線になった。
「坊や、おじちゃんが見えるのか?」
ジムはびっくりした。男は口を開いて何かを言ったわけではない。ジムの脳内に語りかけてきたのだ。
「おじちゃんはどうやったの?しゃべったわけでもないのに」
男は英語が理解できなかったのか、少し首をひねった。
「直接俺の脳内に語りかける感じでやってみて。俺は魔法使いなんだが、君たちが口で話す言葉は正直理解できない」
ジムは一生懸命イメージをした。
「僕はおじちゃんが見えるよ。おじちゃんはそうして誰とも話してるの?」
「そうだよ。俺たちはそうしてコミュニケーションを取っている。ところで坊やは魔法みたいな不思議な力が使えないの?」
「何かを浮かしちゃったり、投げちゃったりしたことがあるよ。それでみんなに変だって思われちゃったの。ママも僕のこと嫌いなの」
ジムは泣き出した。男はジムを優しく抱きしめた。ゆっくりと話し始めた。
「おじちゃんと一緒に、そういう不思議な人がいっぱいいる国に行かないか?きっと気に入るよ。そこでお兄ちゃんと暮らさないか?」
「ママは?」
ジムはやはり母親に愛着を捨てきれないらしい。
「ママは無理だな。こんなところにいちゃ、お前はダメになってしまう。そうだ坊や、名前は?」
「ジムだよ。おじちゃんは?」
「俺はね、グレゴリー・アームストロングだ」
グレゴリーはジムをかつぎ上げた。そこでふっと思い立って
「そうだお前にも周りから目立たないように魔法をかけよう。実はおじちゃんもかけてるんだ」
パンと音がなった。ジムは特に何とも変化がないように感じた。
ジムは不思議そうに目をぱちくりさせて、自分の手や体を眺めた。
「なに?今の?」
「これは不思議な力を持っていない人たちに分からなくする魔法だよ」
「僕が見えなくなったの?」
「うん。さあ出発だ。怒られちゃう」
グレゴリーは魔法で進むスピードを速くしながら、ようやく公園にたどり着いた。
大きなカーペットの前に5人の男女がいた。男性はやはり膝たけのワンピースをきている。
「遅くなってすみません。この子を紹介します。ジムっていうんです。この子は魔法使いだが、そのせいで親から虐待を受けているみたいなんです」
「まさかこの子をこっちの国に引き取るのか?」
と中年男。髪はすっかり白髪でその顔には深いシワが刻み込まれていた。その男はここにいる人たちの中で最も歳をとっていた。
「そのつもりです、団長。この子をそのままにしておけないでしょ?」
「確か、こういう子を引き取ったことがあるって聞いたことがあります。それにこの子の状況を見ますと引き取った方がいいかと」
と30代くらいの女性。黒色の髪の毛を後ろで束ねていた。いかにも真面目そうな女性だった。
「ほらリリーだってそう言ってるよ」
とグレゴリー。
「うむ......こっちの孤児院に連れていくか?」
と団長が言った。
「いいえ、私は自分の手で育てたいんです」
とグレゴリー。
「本気か?お前はまだ独り身だというのに」
周りの人たちも驚いた表情でグレゴリーとジムを眺めていた。
「お前、思いきったな」
とグレゴリーと同年代くらいの男が言った。大柄な金髪の男だった。
「だって見てられないじゃないか。この子はジムって言うんだ。ーーーこの大きなおじちゃんはアルバート・ミュラーって言うんだ」
「よろしくね」
とアルバート。
「この団長さんはアンディ・ライアンだ。俺たちはね非魔法族の国を調査するために派遣された使節団なんだ」
「えっ?調査?」
とジムがグレゴリーにたずねた。
「俺たちはね、20年に一回くらいこうやって調査をするんだ」
グレゴリーは、遠くの木に寄りかかったひょろ長い男と隣の若い男を指差した。ひょろ長い男は髪は濃い茶色で目は琥珀色、どこか神経質そうな雰囲気だった。
「ひょろ長い男性はアドルフ・サンドラーだ。隣の若い男性はトム・ヒューズだ。彼らは俺たちに溶け込もうとはしないんだ」
「そしてこの黒髪の女性はリリー・グリーンだ。普段は教師をやってるんだ」
「よろしくね」
「さあ皆、出発だ。カーペットの上に乗ってくれ」
とライアン団長が皆に声をかけた。
「えっここに?」
ジムは驚きの声をあげた。
「忘れたのか?俺たちは不思議な力を持った奴らだぜ!」
とグレゴリーはジムの肩をポンと叩いた。
皆がカーペットの上に乗るとライアンはカーペットをポンポンと叩いた
「進め」
と声をかけるとヒューっと空に舞い上がった。ロンドンの街がどんどん小さくなっていく。そして絨毯は大都市ロンドンからどんどん離れていった。人々が、バッキンガム宮殿が、ロンドン塔がみるみる小さくなっていく。
ジムは驚きの表情を顔に浮かべた。
「驚いたか?これからお前には未知の世界が待ち受けてるんだ」
ジムはまだ見ぬ世界に心を弾ませていた。