8話 優華の不安
私は学校の休み時間に自分の教室の前の廊下から、空を見上げていた。
親友の璃霧がトイレから帰ってくるのを私は待っていた。
教室で一人でいるのはとても辛い。
璃霧以外の人はやっぱり怖い。
璃霧が一緒にいてくれない教室は、
私にとっては苦痛でしかなかった。
はぁ~、
早く帰って来てくれないかな、教室で一人は辛いよ。
私がそんなことを思っていたころ、
璃霧が帰って来ていないか廊下の先に目線を向けたとき、
見覚えのある女子生徒が歩いていた。
その女子生徒は中学一年の時に一緒のクラスで友達だったハルカだ。
ハルカもこの高校だったんだ!
私がハルカを見ていると彼女と視線が合ってしまった。
その瞬間私は彼女に心を傷つけられた言葉を思い出してしまい、
恐怖と不安が私の体に沸き起こり、その場から走って逃げてしまった。
なんでまたハルカと一緒の学校なのよ!
私にあんな酷いことを言ったくせに、
堂々と私と一緒の高校に来ているのよ! 許せない!
でも怖い、またハルカに何か言われるのが嫌だ。
お願い助けて璃霧! 私を一人にしないで。
走っていく廊下の先に璃霧の歩く姿が見えた。
璃霧も私に気づいてくれたみたい。
「優華ー、何で走ってるの?」
「璃霧ー!」
「ちょっと優華どうしっ! むぐ! んーーー!」
私は走ってきた勢いを緩めないでそのまま璃霧に抱き着いた。
「えっと、優華ちゃん? そのまま璃霧を抱きしめ続けていると、窒息しちゃうよ」
「え?」
いきなり男の人に声を掛けられ私は驚いてしまった。
胸の辺りでモゴモゴともがいている璃霧に気付かないまま、
私は固まってしまった。
「ぷは! 優華いきなりどうしたの? 教室で何か嫌な事でもあったの?」
「違うの、ただハルカがこの高校に来ていたから驚いてしまっただけなの」
「えっ! 佐藤さんもやっぱりこの高校に来たんだ」
「ん? 璃霧? ハルカがこの高校に来ること予想してたの?」
「え! いや何となくだよ」
「そうなの?」
「そうだよ優華」
何か璃霧の反応に引っ掛かるものを感じるな。
璃霧は何か知っているのかな。
でも問い詰めても璃霧は答えてくれないだろうな。
だって璃霧は案外頑固なところがあるし。
「あのね優華、紹介したい人がいるんだけど」
「嫌」
「そう言わないで、少しでも良いから話をしてみようよ」
「どうせ、そこにいる男の人を私に紹介しようとしてるんでしょ」
「えー、何でわかったの?」
「璃霧の考えそうなことぐらいわかるよ」
「でも残念 優華、蕾花は男の子じゃなくて女の子だよ」
「え?」
私は璃霧に言われてもう一度、蕾花さんの姿を確認した。
顔は凄く美形の男の人みたいだけど、
___あっ!
着ている制服が女子生徒の物だ。
だったら私はなんて失礼なことを言ったのだろう。
外見でそんな風に言われる辛さは私は理解しているつもりだったのに。
「ごっ、ごめんなさい!」
「いや気にしなくてもいいんだよ。さっきも璃霧に言ったけど、私は__」
「あっ蕾花!」
璃霧はそういって自分の唇に人差し指を当てて、内緒のサインをした。
璃霧が内緒にしてほしいってことは、
性別のことかな?
もしかして蕾花さんに話したのかな?
私はそっと璃霧に耳打ちした。
「ねぇ、璃霧? 性別のことを蕾花さんに話したの?」
「話してないよ」
「じゃあ、蕾花さんも璃霧と同じとか?」
「たぶん違うと思うよ、だって私に男の子か触って調べてみるって聞いてくるくらいだし、きっと女の子だよ」
「じゃあ何で秘密にしてってサインしたの?」
「そんなことより優華。ちゃんと蕾花に謝らないと」
「えっ! でもさっき謝ったよ」
「ちゃんと謝らないとダメだよ、外見のことを言われて嫌な気持ちになるのは、優華だって理解しているでしょ」
「うん、わかった」
「ねぇねぇ蕾花? 優華がさっきのことをちゃんと謝りたいんだって、あと良かったら自己紹介してあげて」
「うん、わかったよ璃霧」
「ほら優華」
「うん、あっあの。ホントにごめんなさい。私は外見にコンプレックスを持っていて、そのことを言われるのが嫌で、蕾花さんの気持ちのこと理解出来るはずなのに考えずに言ってしまって、ごめんなさい」
「そのことは気にしなくても良いよ、さっきも言おうとしたけど。私外見は自分でも男だと思っているし、気にもしていないよ。それより自己紹介だよね。私は三嶋 蕾花 一年生です。よろしく」
「あ、はい。私は 本庄 優華です。璃霧とは親友です」
「うんうん、ちゃんと優華自己紹介できたね」
「ちょっと璃霧どういうこと? 蕾花さん外見のこと気にしてないって。何で横槍いれたの」
「ごめん、優華。でも優華謝ったあとも蕾花と喋らないつもりだったよね?」
「う、うん」
「だから私は優華から蕾花と喋って自己紹介をしてもらおうとね」
「もう! 璃霧のそういうところがお節介なのよ!」
「ははは、二人はホントに仲が良いね。それにお互いのことよく理解しているし」
「そうなんだよ蕾花、私達中学からの親友なんだよ。だから蕾花に紹介したくってさ」
「うん、優華ちゃんならぜひ友達になりたいね。それと私に対してさんをつけなくてもいいよ、同じ学年なんだし」
「いえ、あの、最初から呼び捨てするのはちょっと抵抗があります」
「わかったよ、私はどっちでもいいからね」
「はい。___で璃霧? 何で蕾花さんを私に紹介したの?」
「えっとね、蕾花ってバンド活動してるんだって。でね、音楽のジャンルが私達が好きなRockなんだって。今度スタジオ練習するみたいなんだけど、練習曲の中にこの前優華に歌ってもらった曲をするみたい。さっきトイレで出会った時からずっと音楽の話で盛り上がって、音楽の趣味が一緒だから優華と気が合うかもって思ってね」
「そう、あの曲バンドで練習するんだ」
「うん。でね、蕾花に練習スタジオに来ないかって誘われたんだ。もしよかったら優華も一緒に行かない?」
「私は行かない。バンドってことは、他にもメンバーがいるんでしょ」
「ああ、いるよ。私の悪友、あと先輩二人とバンド組んでいるからね」
「私は人見知りするので、今回は遠慮しときます」
「そうか、それは残念だ」
「まあ、優華ならそう言うと思ったけどね。でも趣味の音楽の話とかも出来るからきっと優華とも友達になってくれると思ったんだよ、それに蕾花って凄く面白いんだよ」
「えっ、私のどんなところが面白いの?」
「ほらさっき、冗談で私のこと口説こうとしたでしょ? 蕾花が凄く王子様みたいな口調だからおもしろくって。今時あんな台詞で口説く人なんて聞いたことないよ」
「そうかな、私の読んでる小説では____」
それから璃霧と蕾花さんの二人は話が盛り上がって、璃霧が凄く笑ったりして楽しそう。
璃霧のあんなに笑った顔を私は今まで見たことがない。
私に向けてくれる笑顔は優しくて私のことを思っての笑顔。
でもお腹を抱えてあそこまで楽しそうにして笑う璃霧は
私の前ではしない。
親友の私とではそんなに楽しくないの?
私より蕾花さんとの方が楽しいの?
いつも私が璃霧に甘えてばかりだからそうなの?
それとも親友だと思っていたのは私だけなの?
ねぇ、私と一緒にいても楽しくない?
ハルカの姿を見て不安になって、
あんなに璃霧に会いたかったのに。
璃霧の側に私はいるのに、
___凄く虚しくて、寂しい。
二人は楽しそうに話して盛り上がっている、
私のことなんてお構いなし。
「あははは、もう蕾花ったら面白いよ」
「そうかな、別に笑わそうとしてないんだけど」
「ふふ、そうなの? じゃあ蕾花ってちょっと天然?」
「んー、そうなのかな? 天然ってよく幼なじみにも言われているよ。私自身どこが天然なのかわかんないんだけど、どんなところがそうなの?」
「そういうところかな」
「それじゃあわかんないよ、ねぇ優華ちゃんはどう思う?」
「え? いや、私は___あ、あの」
「ん? 優華ちゃんってさ。前髪で目を隠しているけど、綺麗な顔してるね」
「あっ! 優華が美人って蕾花気付いた?」
「うん、最初は前髪のせいで顔がよくわからなかったけど、今チラッと目の辺りが見えたからね」
「嬉しいなぁ、私以外の人が優華が美人だって気付いてくれて」
「でもどうして目を隠しているの? せっかく美人なのにもったいない」
蕾花さんはそう言って私の前髪に触ろうとしてきた。
お願いやめて!
私の前髪に___
「触らないで!」
私は叫んでその場から立ち去った。
「ちょっ! ちょっと優華! 待って」
「あー、璃霧? 優華ちゃんの前髪って触ったらダメだった?」
「うん、私も触ろうとしたことあるけど。怒られたりした」
「そっかぁ、私は彼女に悪いことしたね」
「優華って中学の時いろいろあって、 前髪に触れられるのが怖いんだよ。でも蕾花は悪気があってしたことじゃないし、ちゃんと私からフォローしとくよ」
「うん、ごめんね」
「優華ってあんな感じだけど、根は凄く優しい子だから蕾花また話してあげてね」
「わかったよ」
「うんお願い蕾花、それじゃ私は優華を追いかけるね。あとバンド練習の日決まったらちゃんと教えてね」
「うん、決まり次第教えるよ」
「楽しみにしてるね、蕾花またね」
「うん、またね」
___
「優華ー! ちょっと待ってよー」
「___」
「あのね優華、蕾花は悪気があってあんなことしたんじゃないよ」
「わかってる」
「あと蕾花がね、前髪触ろうとしてごめんねって、ちょっと優華どうしたの?」
私は璃霧を抱きしめた
「___」
「優華そんなに嫌だったの?」
「違うの、親友ってやっぱりいいなぁって思って。こうやって璃霧は私のことを追いかけてくれるし」
「もう、当たり前だよ」
璃霧は私にとって大切な親友。
蕾花さんに璃霧を取られるか不安なこの気持ち、
璃霧には話せない。
私の子供じみた独占欲と嫉妬なんて話したら、
璃霧に嫌われるかもしれない。
「ほら優華、そろそろ教室に戻らないと授業が始まっちゃうよ」
「そうだね、戻ろっか璃霧」
私の心はまだ不安のまま、
蕾花さんとハルカの存在が私を不安にする。
______誰にも私の大切な親友を渡すもんか