2.
カララン
少し古いドアベルが控えめに鳴る。
ドアの開け方には開けた人の性質やその時の気分がよく表れていると思う。活発で 明るい人や怒ったりいらだったりしていると音は大きくてとても響く。逆に大人しい人や冷静な人、落ち込んでいる人は音が小さくなる。
僕は勢い良くなる音よりも静かに開けられた時の大きくはないけど注意しなくても耳に入ってくる音が好きだ。
「いらっしゃい。香波さん」
「こんにちは。健太郎さん」
名前を聞いたあの日からも、彼女は変わらずに週に一度店に訪れる。
変わったのは、名前を呼んで挨拶をすることと、
「今日はコーヒーにしようかな。他におススメはありますか」
「マドレーヌなんかは甘くてコーヒーに合うと思います。こちらのサンドウィッチも手軽に食べられるのでおススメです」
「うーん。もう3時だし、今回はマドレーヌします」
「コーヒーは冷たいのでいいですか」
「はい」
「では、アイスコーヒー1つとマドレーヌ1つですね。すぐお持ちします」
注文する時におススメを聞いてくるようになったことだ。
名前は知れたけど、そのほかは何も知らない。連絡先も、年齢も、趣味も。
何も、知らない。
でも、前よりも近くなった距離が心地よくて、彼女が前よりも楽しそうに笑っているのが嬉しくて、このままでいいか、なんて思っている。
「おい、健太郎。あんまり深入りすんなよ」
「?わかりました」
マスターから注文の品を受け取る時に、小声で釘を刺された。
この時は意味がよくわからなかった。いや、わかっていたようで全然わかっていなかったんだ。
僕と彼女の間に世間話みたいな会話はない。だから、深入りなんて、お互いを知らないのだからするはずがないと思っていた。
「今日、来ないな」
「そうですね」
ある日を境に彼女が店に来ることはなくなった。
来週は来るだろうか、その次は、今度こそ来てくれるだろうか。
毎回、期待しては裏切られ、胸が苦しくなった。
「だから、深入りするなって言ったんだ」
ため息交じりに呟かれた言葉はドアを見つめる僕の耳に届くことはなかった。