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希望 ---それは、始まり・3---


「……ユナは」


 幾分落ち着き部屋に戻ると、アイリがぽつりと呟いた。その声の静かさに驚き、思わず凝視する。


「ユナは、大好きだったんだね」


「え?」


 唐突に投げ掛けられた言葉の意味が分からず、聞き返す。アイリは大きな瞳を細めて微笑んだ。


「【力】が現れてしまったお兄ちゃんのことも……それにあの人のことも」


 【力】という言葉に重心を置きながら話すアイリの顔は、どことなく陰って見えた。それは、先程までのアイリの表情ではない。

 けれど私は私の素直な気持ちを伝えることにした。


「……だって私の、お兄ちゃんだもん。それにチェリカお姉ちゃんだって――大切なお姉ちゃんだから」


 そこまで言って、ここを出て行ってしまったチェリカお姉ちゃんのことを思い出した。どうして行ってしまったのかを考えて、また悲しくなる。

 いいな、と目の前の少女は小さく呟いた。微かに聞き取れる程度の、小さな小さな声だった。


「……私には家族はいないんだ。私、捨てられたから。覚えてないけど」


「そう、なんだ……」


「【力】があったから、だから捨てられたって聞いた。【力】があったせいで」


 そう言い切るアイリの目はこちらを向いていながらも、どこか遠くを見ているように見えた。

 そう言えば、お姉ちゃんもまた両親はいないと言っていた。アイリの今の言葉と同じく、親に捨てられたのだと。

 私はそんなお姉ちゃんに恐怖など抱いたことはない。それは当然のことだ。私はその【力】に幾度も助けられてきたのだから。それに、お姉ちゃんは――優しかったから。


「私達は、【力】を持つ私達の中でしか生きられないって思ってた」


 ぽつりとアイリが呟く。

 そのまま真昼の日が差し込む窓辺へ移動すると、手をかざしながら目を細め空を見上げた。


「でも、違ったのかな……」


 その声が震えていることに気付き、私はアイリの元に歩み寄った。


「あの人は、生きてきたんだよね。ユナ達と一緒に……【力】を持ってるのに。シィンは……【力】を持ってるのにシィンは、一緒に生きられなくなっちゃった……っ。私は、シィンと一緒にいたかっただけなのに」


 アイリの目尻には涙が溜まっている。口元がわなないた。

 しかし、涙はこぼれることなく、口角が上がる。


「……おかしいね。【力】を持たない人が怖くて、だから倒さなきゃって思ってたのに……それなのに、今は、全然怖くない――同じなんだって思える」


 向き直り微笑むアイリ。焦げ茶色の瞳が瞬いた。


「大切な人がいなくなったこの気持ちは、【力】を持っている人も、持っていない人も……同じなんだって」


 それは当たり前の事実。

 お姉ちゃんがある日突然いなくなって私は心底悲しくなったし、お兄ちゃんが死んだと聞いてしまった今だって、身を切られるほどに辛い。

 悲しいと感じることに、【力】の有無は関係ない。誰だって大好きな誰かがいなくなれば、こんな風に胸を締め付けられる思いに苛まれるのだろう。

 それなのに目の前に佇むアイリは、今初めてそのことに気付いたかのような口ぶりをしている。


「ユナも、私も――みんな」


 でも、もしかしたら、本当に初めてのことなのかもしれない。そんなあまりに簡単なことに気付くことができたのは。

 ただそれは仕方がないことだった。

 誰が自分達を処刑しようと追い迫って来る人達にそんな思いを抱けるだろう。私なら恐れや憎しみを抱くことは出来ても、きっとその簡単な事実には気付けない。そしてそれは――きっと誰もが。

 それは互いにそれを伝え合う相手がいなかったから。私の間近にチェリカお姉ちゃんがいたことは……幸運だったんだ。だから当たり前のことに、当たり前のように気付けた。


「……遅いよね」


 はらりと焦げ茶色の瞳から涙が零れた。それからは堰が切れたかのように涙は溢れている。小さな手でいくら拭っても、追いつかない。

 そんなアイリの涙を見て思う。本当は、私も同じだったかもしれないって。


「そんなこと、ないよ」


 ここに連れてこられて、毎日が、誰もが怖かった。【力】を持つ人達に、私は恐怖を抱いた。心底恐ろしいと、そう思った。

 傷付けられたから、痛かったから、怖かったから――だから拒んだ。かけられた言葉も、それを無下にした時のあの人の悲しそうな顔も。


「……ユナ?」


 でも、気付けたのなら、それはきっと始まり。

 私も、アイリも――誰だって、そう。


 アイリの同じ程の大きさの手を取り、私達は向き直った。アイリが赤くなった目を向ける。


「遅くなんて、ないよ」


 遅くなんてない。けれど、これを誰かに伝えなければ、それは気付かなかったことと同じ。

 だから。


「これが、始まりなんだから」


 みんなに教えよう。

 私達のこの気持ちを、気付けた事実を。


 繋いだ手をアイリは強く握り返してきた。それと一緒に笑顔も。


「……そうだね」


 ふと絨毯の上に落ちている白い花びらに気付く。きっと私達のどちらかが裏の墓からくっつけてきたのだろう。

 それを手に取り窓から外に放す。ひらひらと踊るようにして落ちていく花びらは、やがて見えなくなった。


 それを見届けてから、あの日――お兄ちゃんが旅立った日を思い出した。やがて消えて見えなくなったお兄ちゃんの背中を。


「ユナ、どうかしたの……?」


 後ろから声をかけられて、振り返る。アイリが首を傾げて私を見ていた。


「ううん」


 再びアイリの元へ歩みより、手を取る。顔を合わせると、私達はお互いに笑い合った。


「行こう」


 声を張り上げ、一緒に駆け出す。

 二つの足音を響かせて。









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