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第78話 失ったもの



 覚えている。

 あの日、炎にやかれたこと。

 その悔しさ。悲しさ。



 覚えている。

 この世界を奔走したこと。ぶつかり合おうとする【力】を持つ者、持たざる者、二つの軍勢を止めたくて。

 けれど止められず、沢山の人の死をみたこと。そのやるせなさ。



 覚えている。

 ダリウスという一人の老人と、彼の息子にも等しいシィンという少年のこと。その最後の言葉を。



 覚えている。

 私は、夢の世界の住人であったこと。死んだという記憶を代償に、現実世界で生きるという奇跡を成したこと。



 覚えている。

 死の間の夢の世界で出会った、彼女のこと。そして、彼女の願いを。



 覚えている。

 失った記憶が戻れば、消えてしまうだろうこと。






 けれど、私は消えない。

 そのことが意味するのは――













「あれ……?」


 そこでやっと、私は足を止めた。

 脳内でぐるぐると回っていた疑問を払いのけ、今の状況を考える。

 眼下に広がる凪いだ青い海。すでに高くまで昇った太陽の光を受けて、きらきらと輝く水面。短い影を造る二つの墓標に手向けられた萎れかけの白い花。海鳥が空を舞い、穏やかな潮風も吹いている、ここは――最果ての崖。


「どうして、私……」


 考え事をしながら歩いている中で、他に対する思考は完全に停止していたようだ。こんな場所に来るつもりなんてなかった。村に、カラファに帰ろうと、そう思っていたはずだったのに。

 戻ろうと思い踵を返しかけて、止めた。何だか疲れた。いろいろなことがありすぎて、そしてここまで歩いて、頭も体もへとへとだ。少しだけ休もう、そう思い私はその場に腰を下ろした。


「はあ……」


 大きく嘆息する。膝を抱え、頭を埋めた。ひどく、疲れた。何も考えたくない気分だった。

 何かに違和感を感じた。けれどその招待が掴めない。考えを巡らせても、何も得られず、結局堂々巡りだ。

 十字に組まれた墓標の元に手向けられた花を手に取ると、張りを失った細い茎は、力無くぐにゃりと折れた。

 この花の名はなんだっただろう、と考える。死者への追悼の意を表す白い献花。この国にはひどくありふれた花だ。

 けれど、いつもはすんなりと出てくるその花の名は出てこない。

 結局、花の名を思い出すことは止め、眼前に広がる海を眺めた。それから、今まで歩んできた道程を思い出す。

 長い、長い旅だった。そのきっかけすら、思い出せないほどの――。

 よくここまで来れたものだ、と思う。何が自分をここまでつき動かしたのだろう、と。


「……結局、どうなるのかな」


 この世界はどうなるのだろう、ふとそんな疑問を口に出した。

 【力】を持たざる者の手から【力】を持つ者の手に渡ったこの国の行く末に、思いを馳せた。数多くの犠牲の上に成り立つこの国は、いつかまた、再び繰り返すのだろうか。

 そんな思いとは裏腹に、海はどこまでも静かだった。雄大で、それでいて美しい。

 初めて海を見たのは、帝国軍に連行された時だ。恐怖に震えながら見た景色のことは、あまり心に残っていない。けれど、全て終わった今、この目に映るこの場所の景色は、言いようがないほど美しく見える。

 それは、私が抱く未来への不安なんて、ひどくちっぽけなことのように感じられるほどに。


 結局は、未来を憂うなんて意味のないことなのかもしれない。憂いてばかりいて、未来が変わるわけでもないのだから。

 未来をを紡ぐことが出来るのはは今生きている人間。願い、望むことで動くことが出来る私達。ただ人間らしく生きたいと願い、それを勝ち得た【力】を持つ者達のように。変革を起こすまいと戦い散った持たざる者達のように。そして、ただ救いたいと――そう願った私達のように――。


「……救いたい……」


 それは、確かに私が抱いた願い。けれど、考えた瞬間、口に出した瞬間、疑問へと変わる。

 救いたい? 一体、誰を?

 途端に胸中に広がるもやもやとした不快感。そして、その不快感を探ることを許さないかのように、ずきずきと頭が痛んだ。


「…………っ」


 その頭痛があまりにひどく、私は思わず頭を抱え込む。吐きそうだった。込み上げる胃液を飲み込み、大きく息を吐く。

 呼吸を整え、顔を上げたその時、はたと気付いた。目の前に並ぶ二つの墓標、その一つに私の名が刻まれていることに。


「これは……私の」


 刻まれた名をなぞる。

 そうだ、これは私の墓だ。分かりきっている事実だ。けれど、何か――違う、そんな気がする。この墓に抱く思いが、何か。


 その時、頬を熱いものが伝ったことに気付いた。私は泣いていた。泣いているのだと気付いてからも、溢れる涙を抑えられず嗚咽する。

 涙が溢れる理由も分からずに、地面には染みが広がっていった。


 どうしてこんなに涙が出るんだろう。

 何がこんなに悲しいんだろう。

 分からない。分からないのに。それなのに、溢れる。涙を止めることは出来ない。


「……っ」


 膝を折り、気付く。手向けられている萎れた花の他に足元にあるのは、踏み潰され土色になっているかつては白い花であったもの。そして辺りに点々と残る、私が残した涙の跡とは違う赤黒い染み。

 けれど、それを見て何を思うわけでもなく。


 こんなにも悲しい。

 その理由すら、分からないのに。





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