第69話 この目開いて
何も、分からなかった。
私にとっては、それまで生きた夢の世界こそが、現実だったから。それこそが幻で、訪れた世界こそが現実だなんて、誰が思うだろう。
それでも、その世界で感じる痛みは、悲しみは、確かに現実だった。
……私は、消えるのかしら。
全て思い出した今、夢の世界の私はいなくなるのだろうか。
二人分の願いと想いを持ってしても、イリアは救えなかった。結局、私が出来たのはイリアの最期を看取っただけ。こんなはずじゃ、なかったのに。
せっかく、ここまでこれたのに、無駄になってしまった。せっかく、シィンが私に協力してくれようとしていたのに。 ……シィンの気持ちになって考えてみれば、あれは彼に出来る最大の好意だったのだろう。それなのに、あんなに責めてしまって、馬鹿だ。イリアがあんな結末を迎えた原因は、私にあるのに。
ごめんね、シィン。
私、あなたのこと恨んでなんか、いないわ。むしろ感謝してる。最期に見たあなたの涙、忘れない。
私達の代わりに、せめてイリアが創った世界で、生きてほしい。幸せになってほしい。イリアもきっと、それを望んでいるだろうから。
――でも。
シィンは、それが出来るのかしら。
記憶を手繰る。
私自身の最後の記憶で、彼はどうした? 私を助けようとしなかったか。ダリウスの言葉に、抗っていたのではなかったか。
ふと、不安になる。
もし、あれが原因で、彼もまたイリアのようになってしまったら。殺されてしまうようなことがあったら、と。
もう、いいの?
消えてしまって、本当にいいの?
まだ、終わっていないんじゃないの?
イリアを救えなかったから、これでオシマイなんて、それでいいの?
目を閉じる。しかし、それにもかかわらず、瞼の裏に、二つの人影が映った。
一人はシィンだ。薄暗いその場所でうずくまるように座っている。足を怪我しているようだった。
そして、シィンに相対して立ちふさがるのは、ダリウス。その手には――あの日、イリアを傷付けた短刀が握られている。
ざわり、と寒気がした。
あの時触れた、赤く濡れた体を思い出した。
あの時感じた、荒い吐息を思い出した。
私に触れた、冷たい指先を思い出した。
村に帰りたいという願いを諦め死んだ――イリアの笑顔を思い出した。
――だめ。
まだ、消えちゃだめよ。
あんな思い、もう二度と――
シィンの名前を呼ぶ。
けれどシィンは気付かない。私は、何度も彼の名前を呼び続けた。諦めないで、生きて、と。
そして、目を開けた。