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追憶 ---必要なのは---



「何だって!?」


 思わず声を荒げてしまったのは、反乱者を鎮圧させる為に足を運んでいたミュラシアから戻ってきた時だった。


「見当たらないのです。あの状態で動けるとは思えなかったのですが……」


 城内を慌ただしく走る一人を捕まえ尋ねると、血相を変えた表情でそう答えた。聞けば、イリアがいなくなったと言う。


「最後にイリア殿と口をきいたのはアイリです。ですが、アイリも特別変わった様子はなかったと」


 アイリとイリアが接したのは、俺とダリウスが部屋を出てすぐのことだと言う。つまり、もう日も傾きかけている今、半日以上が経過しているということだ。

 皮肉にも、心身ともに疲労しているイリアにゆっくり体を休めてもらおうという配慮が、彼がいなくなった事実を気付かせることが遅くなった原因になったのだった。


「城内はくまなく探したのですが、まだ……。今は外に何名か捜索に出ています」


 帝都にはもういないだろう、というのがその言葉を聞いて率直に思ったことだった。しかしイリアが向かう場所に見当もつかない彼らに、他の場所を探す術はない。それは仕方のないことだ。

 けれど――俺には心当たりがあった。


「シィンさん! どこへ……」


「俺も探してくる。……心当たりがあるんだ」


 イリアが向かった可能性がある場所、それは最果ての崖だ。俺がイリアに救いを懇願した、あの場所だ。きっとイリアはそこにいる。あそこは、チェリカ・ヴァレンシアとサラが眠る場所だからだ。


「ま、待って下さい! ダリウス殿もいない今、我々はどうすれば……」


 部屋を飛び出そうとした俺に向かって、男が頼りなげな声を上げる。そして続けた言葉に、愕然とした。


「ダリウスが……どうしたって?」


 思わず繰り返した言葉を受け、男がしどろもどろに答える。


「そ、それが……、ダリウス殿もイリア殿を探しに行ったきり戻らないのです。もうだいぶ時間は経っているのですが……」


「……!」


 その瞬間、全身の血の気が引いた。そのかわりに、嫌な予感が体中を駆け巡る 。

 イリアが眠っている間、ダリウスは何と言っていた? 最後まで【力】を使ってもらうと、そう言っていなかったか?

 その言葉を思い出し、俺の足は動き出した。それとともに激しい後悔が押し寄せる。

 ああ、どうしてもっと早くにイリアにチェリカ・ヴァレンシアを会わせていなかったのか。

 もしかしたら、間に合わないかもしれない。いや、きっともう――間に合わない

 脳裏にダリウスの柔らかな笑みが浮かんだ。その表情のまま、頭の中のダリウスは続ける。


 後は、見守ろうではないか。我々の為に【力】を使い続けるのを。


 彼は悟ったのだ。イリアがもう俺達の元には、戻らないことを。

 イリアは沢山傷ついた。文字通り心身共に、深く数多くの傷を負った。それは、俺にだって分かっている。俺もイリアを傷つけた人間の一人だ。

 イリアの意志は固い。だからこそ、あの体で、誰にも、何も告げずに出ていったのだ。それは彼の心中を察すれば無理もないことだと言える。

 けれど、きっとダリウスはそれを許さない。

 たとえその心中を察することが出来ても、たとえ大願を成就してもらったという恩があったとしても。仲間をいとも簡単に切り捨てられるダリウスは、イリアさえも平気で切り捨てるに違いない。




「チェリカ・ヴァレンシア!」


 ノックをして返事を待たずに飛び込んだサラの家で、チェリカ・ヴァレンシアは酷く驚いた顔をしていた。サラの制止の声も俺には届いていなかった。ただ、目の前のチェリカ・ヴァレンシアの視線が突き刺さった。

 何と言えばいいのだろう。奇跡を起こしてまで、イリアに会おうと奔走した彼女に、何と言えばいいのだろう。

 涙が出た。

 俺は、また一人犠牲にした。

 孤独を恐れるあまりに、再び同じ過ちを犯した。

 最果ての崖までは遠い。

 きっともう間に合わない。まだタイムリミットまでは時間があるという考えが、そもそもの間違いだった。

 チェリカ・ヴァレンシアはゆっくりと立ち上がり、俺に近付いてくる。俺は、意を決して口を開いた。


「イリアが、いなくなった……」


 そう言葉を発した瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。微動だにせず、その言葉の意味を模索しているようにも見えた。

 しかし一呼吸置いて、彼女の顔が曇っていく。明らかに動揺の色が浮かんでいる。


「もう、間に合わない……」


 どういうこと、と小さく呻くように彼女が言う。その顔を直視できず、俺はチェリカ・ヴァレンシアの手を取り、目を閉じた。


 現実世界に戻るや否や、彼女は走り出した。俺は、動けなかった。共に走ることも、声をかけることすら、俺には出来なかった。ただ、ひたすら心の中で詫びていた。ごめん、と。間に合わせてやれなくてごめん、と。


 どれほどそうしていたのか、いつの間にか辺りは闇に包まれていた。主のいない家屋は酷く静かで、耳が痛い。そして、はたと気付く。

 床に散乱した家財や衣服はそのままだったが、そこにはこの家の主が生きていた証が、そこかしこにあった。

 足元に転がり割れているのは、サラが愛用していたカップだ。大きく引き裂かれたベッドの毛布の上には、巡礼者用のローブもある。踏み荒らされた衣服にだって見覚えがある。


「…………っ」


 俺が、閉ざした。

 彼女の生きる道は、俺が閉ざしてしまった。死にたくなんて、なかっただろうに。


「サラ……っ」


 呼んだって答えてくれるはずもない。

 それなのに――。


「俺は……俺は、どうすれば……っ」


 どうすればいいのかわからない。どうすればいいのか聞く相手だっていない。

 この相反する感情を、どうすればいい? 誰が教えてくれる? 誰が答を与えてくれる?

 見捨てられたくない。けれど、彼のやり方にはもうついていけない。

 嫌われたくない。けれど彼の言葉に賛同することはできない。

 愛してほしい。ごくありふれた親子のように、ただひとこと言ってほしい。けれど、彼にとって必要なのは――。




 

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