表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/104

追憶 ---与えられた役目・4---




「俺のせいなのか」


「気に病むことはない」


「でも……」


「全ては、我等が大願成就の為」


 気付いたのは、いつだったか。

 その【力】が、両刃の剣だということに。その【力】が、イリアの体を蝕んでいるいることに。

 それでも、俺達は願うことを止めなかった。


 気付いていながら、その【力】をイリアに使わせ続けた俺は、ダリウスと変わらない。サラを、ユナを、幾人の仲間達を平気で見捨てたダリウスと、何も変わらない。


 最初は、咳が多いなと思っただけだった。風邪をひいているわけでもないのに、イリアは酷く咳込むことが多かった。


「大丈夫だ」


 大丈夫かと尋ねると決まって返ってくるイリアの返事。今思えば、大丈夫なはずなんて、なかったのに。


 【力】のせいなのだ、とダリウスは言った。後天的に現れる破壊の【力】は、能力者を徐々に蝕んでいくのだ、と。

 その言葉に、俺は衝撃を受けながらも納得する。イリアが体調を崩すのは、決まって【力】を使った後だったからだ。 しかしそんな俺に、ダリウスはそのことをイリアに話してはならないと、釘を刺した。


「でも……」


 言いかけた俺の口元に、ダリウスが人差し指を立てる。


「言ったろう、シィン。大願の為、と。気に病むことはないのだよ」


 再び同じ言葉を発した彼には、もう何を言っても届かないようだった。

 和解の議で倒れ、死んだように眠るイリアの白い顔を見て、心が痛んだ。彼は、俺達の為に【力】を使い、そのせいで強すぎるその【力】に蝕まれている。

 俺達のせいで。

 俺が、頼んだせいで。


「これは、病と同じようなものだ」


 心中を察したのか、ダリウスが俺の肩を叩いた。


「誰にもそれは予見できなかった。病はそうだろう? いつ何時発症するか分からない。……そう考えれば、この【力】が現れるのは、イリア殿の運命だったのだろう」


「運命……」


 破壊の【力】は病で、それが現れたイリアは、その【力】を使い世界を変えることが運命――。そこまで考えて、一人の人間の存在を思い出した。チェリカ・ヴァレンシアだ。病だというならば、【力】は癒せるのだろうか。


「……病として治すことは可能だろう。しかし治せば【力】は消える。我々が待ち望んだ【力】は、いとも簡単に消えるだろう」


 まるで俺の考えなどお見通しだとでも言うように、ダリウスが口を開く。その目には力強い意志が秘められている。


「シィン、お前はチェリカ・ヴァレンシアを見たと言ったね?」


 俺は口をつぐみ頷く。

 ダリウスは踵を返し、俺に背を向けたまま言った。


「彼女が生きているというだけなら、何の支障もない。放っておいても問題ないだろう。……しかし、イリア殿に近付こうとしているのら、それは何としても阻止しなければいけない」


 ドアに手をかけ、振り向く。


「彼には、持たざる者達を一掃するまで、【力】を使ってもらわなければ」


 わずかに笑みを浮かべ、ダリウスは部屋を去っていった。俺は、ただ一人その場に立ち尽くしていた。頭に、ダリウスの言葉が反響する。

 持たざる者達を一掃するまで――

 もしそこまで【力】を使わせてしまったら、イリアはどうなってしまうのだろう。俺はまた、取り返しのつかないことをしようとしているのではないか。

 そこまで考えて、俺は首を振った。大願の為、と口の中で小さく呟く。

 そうだ、全ては大願の為。新しい世界を創る為。

 今は、何も考えてはいけない。ただ従うのみだ。




 あんなにも待ち望んだ俺達の世界は、いとも簡単に訪れた。もちろんそれは、イリアの【力】があったからに他ならない。

 誰もが喜び騒ぐ中、その立役者でもあるイリアだけが、笑みひとつ浮かべていなかった。ただぼんやりと虚空を見つめ、立ち尽くすその姿は、酷く悲しげだった。

 俺には、今でもあの時のイリアの顔が忘れられない。






 持たざる者の軍勢と、破壊の【力】がぶつかったその時、俺は目を見開いた。そこに、もう何度も遭遇した顔があったからだ。


「……!」


 【力】を受け、次々と赤い弧を描きながら倒れる持たざる者達の中に、チェリカ・ヴァレンシアがいた。

 見間違いとは思えなかった。ありえないことではないのだ。生きて、イリアを追っているのなら、この戦場にいたとしてもおかしくない。

 思わず声を出しそうになるのをこらえ、横にいるダリウスを見る。ダリウスはチェリカ・ヴァレンシアのことには気付いていないようだった。

 その瞬間、ひとつの術が浮かんだ。病である【力】を使い続けたイリアを救う方法だ。彼女を会わせればいい。そして【力】を使ってもらえばよいのではないか、と。

 それは酷く良い方法だと思った。

 病を治せば、イリアがあれ以上弱ることはない。【力】を持たざる者の軍勢を破った今なら、大丈夫かもしれない。

 今すぐにでも動きたい気持ちを抑え、ダリウスを見る。出来れば彼には分からないように行きたいというのが、正直な気持ちだったからだ。

 ダリウスはイリアを連れ、レイヴェニスタ城内に入って行こうとしているところだった。俺はそんなダリウスに声をかけた。


「ダリウス、俺、怪我人がいないか見てきます」


 ダリウスはその言葉を疑う様子も見せず頷き、再び踵を返した。顔には出ていないけれど、彼だって興奮しているのだろう。待ち望んだ時が訪れたのだから。

 俺は城内に消えていく二人を見届け、走り出した。チェリカ・ヴァレンシアが破壊の【力】に吹き飛ばされた場所へと急ぐ。


 チェリカ・ヴァレンシアは、赤く染まった平原にいた。驚くべきことは、彼女は生きて、そして立ち上がっていた。自身すらも、赤く染まっているというのに、俺に気付き真摯に見据えるその青い瞳には強い光が宿っていた。


「……まだ、諦めないんだ」


 声をかけると、大きな瞳が瞬いた。


「あなたは……」


「やあ……こうして会うのは二度目、ううん、三回目だね」


 そうだ。あの地下牢での出会いからもう三度の邂逅を果たしている。

 一度目はシャロン邸で。二度目はアイリと共に。そして、今――。

 それは偶然ではないことを、俺は知っている。彼女が目指すことはイリアを救うことであり、そのイリアの近くにいる俺が、こうして彼女と顔を合わせることは、ちっともおかしくない。


 それにしても、チェリカ・ヴァレンシアの怪我は、酷いものだった。恐らく今だって、気力だけで立ち上がっているのだろう。これでは満足に【力】を使うことなんてできないだろう、というのが率直な思いだった。

 本当なら、すぐにでもイリアの元へ連れていきたかったが、この際仕方がない。確実にあの【力】を治してもらわなければ、イリアの命が危ない。ことを早まったあげく、チェリカ・ヴァレンシアとイリアを死なせ、ダリウスにも事実を知られてしまうのは避けたかった。


「その傷、辛いだろ? 治しに行こう」


 俺のその言葉に、彼女は酷く驚いていたようだった。無理もない。彼女にとって俺は敵対する人物だろうし、それは間違いではない。けれど、たった一つの点で俺達は同志にだってなれる。







「あの【力】が……病気」


 本当は、真実を話すべきか迷った。そのことが、ダリウスや仲間達への裏切りになるような気がしたからだ。

 それでも、結局は話さざるを得なかった。そうでもしなければ、チェリカ・ヴァレンシアは俺の話を聞こうとはしなかったのだ。

 当然と言えば当然だが、彼女はこの話を聞くや否や、イリアの元に向かおうと言い出した。しかし、その時の彼女に【力】を使う余力があるとは思えなかった。だから、頑なに急ごうとする彼女を説得したのだ。その体を十分に休ませてからでないといけない、と。



 けれど、それは間違いだったのだろうか。もっと早く、チェリカ・ヴァレンシアに多少の無理をさせてでも、イリアの元へ行かなければいけなかったのだろうか。






 チェリカ・ヴァレンシアを夢の世界のサラの元に預け帝都に戻ると、イリアはまだ眠っていた。和解の議の時と同じ真っ白な顔色に一瞬息を飲みながらも、被せた毛布がゆっくりと上下しているのを見て、ほっとする自分がいた。


「……もしかしたら」


 ダリウスが、イリアを見下ろしながら口を開いた。


「思ったよりも、早くイリア殿は命を落とすやもしれんな」


 少しも表情を変えずに呟いた言葉は、酷く残酷なものだった。そしてさらに残酷な言葉をダリウスは続けた。


「【力】を持つ彼は救われず、我々だけが救われる。……まあ、それも仕方あるまい。辛抱するのはあとわずか、さすれば彼も救われよう」


 酷く弱ったイリアの前で、ダリウスは笑った。それは勝者の笑みだった。虐げられ、ここまで逃げるようにしか生きられなかった人間は、そこにはすでにいなかった。

 俺は言葉を発することが出来なかった。同意することも、反論することも、何も出来なかった。

 シィン、と遠くでダリウスが俺の名前を呼ぶ。彼はすでに踵を返し部屋を出ていこうとしているところだった。


「後は、最期まで見守ろうではないか。我々の元で、我々の世界の為に【力】を使い続けるのを――」


 最後までダリウスの言葉を聞き取ることは出来なかった。視界がぐらりと揺れ、足が震えた。視界にイリアの寝顔が映る。死んだように、静かな寝息をたてる彼の表情は、とても安らかと言えるものではなかった。

 ああ、俺は――。

 そこまで考えて首を振る。違う、と自分に言い聞かせる。

 違う。今度は助けたいんだ。だからあと少しの辛抱だ。チェリカ・ヴァレンシアさえ回復すれば、それはいとも簡単に叶うのだから。


「イリア……」


 白い顔に呼びかける。イリアはぴくりとも動かなかった。


「……必ず、会わせるよ。チェリカ・ヴァレンシアに」


 小さく誓う。

 チェリカ・ヴァレンシアが生きていると知ったら、イリアはどう思うだろう。信じられないと言って泣き出してしまうかもしれない。【力】も……使ってくれなくなるかもしれない。それでも、いい。イリアは、ここまでやってくれた。旧き国を打ち壊し、新しい世界の礎を築いてくれた。

 もう、十分だ。

 ダリウスだって、きっと――きっと、分かってくれる。









 【力】を持つ者と持たざる者との戦争が集結してから三日後、イリアは目覚めた。相変わらず顔面蒼白で、俺の名前を呼んだその声すらも弱々しかったが、それでも微笑んでくれた。


「心配かけたな……」


 消え入りそうな声で俺達を気にかけるその姿が痛々しかった。

 チェリカ・ヴァレンシアはまだここに連れてきてはいない。怪我だけでなく思ったより消耗が激しかった彼女には、あと幾分か休息が必要だったからだ。

 今思えば、多少彼女に無理をさせてでも、イリアの元に連れていくべきだったのかもしれない。そうすれば今頃、こんな後悔をすることもなかった。お互いに――。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ