追憶 ---与えられた役目・3---
チェリカ・ヴァレンシアという女は【力】を持ち、その為に処刑された。結局、最期の願いは叶えられずに死んだ――はずだった。
しかし、それは正しくない。
彼女は生きていた。
はっきりした理由は分からない。もしかしたら、最後に貸した俺の【力】が何らかに作用したのかもしれないし、違うかもしれない。憶測だけはいくらだって可能だ。
でも、たったひとつだけ断言できることがある。
彼女は、奇跡を起こしたのだ。
和解の議の前夜、俺はチェリカ・ヴァレンシアに会った。あれは確かに本人だ。たった数刻しか一緒にはいなかったけれど、間違いない。
もしかしたら、イリアを説得をする為に和解の議に現れるかもしれないという危惧は、杞憂に終わった。彼女は現れなかったからだ。
それで終わっていれば、あれは幻だったと思えていたかもしれない。二度と、会うことがなければ、やがては記憶の片隅に追いやられ、忘れられたかもしれない。
けれど、俺達は再び出会った。
「シィンっ」
それは、アイリとともにまだどこかに隠れている【力】を持つ仲間を、探しに出ていた時だった。アイリは現実世界に戻ると同時に駆け出した。【力】を察知した時は、いつもこうだ。俺はアイリの小さな背中を追いかけながら、声を上げた。
「アイリ、先に行くなよ! 見つけたのか!」
やがて、アイリが立ち止まる。その向こう側にぼんやりとした人影があった。近づくにつれ、鮮明になっていくその姿に、愕然とする。
それは、チェリカ・ヴァレンシアだった。
「シィン、この人」
アイリは指差しながら振り返った。俺は動けなかった。
「……駄目だ」
どうして。
どうしてこう何度も目の前に現れるんだ。
何で。
どうして――。
「でも、この人――」
「いいから早くこっちに来い! ミュラシアに戻るぞ!」
思わず荒げてしまった声にアイリは驚き、不服そうな表情をしてから俺の横まで走り寄ってきた。その小さな体越しに、チェリカ・ヴァレンシアと目が合った。あの日帝都の地下牢で、涙を浮かべていた真っ青な瞳が見開く。
「あなた……っ」
あの日、イリアを助けたいと願いを告げた口が何かを叫ぶ。けれど、俺はそれを待たずに、アイリの手を取り目を閉じた。
再び開けた視界のどこにも、彼女の姿はなかった。大きく息を吐く。一息ついて、あることに気がついた。
チェリカ・ヴァレンシアは、俺の前に現れているわけではない。彼女は、イリアを探しているのだ。そして確実に、イリアの元へ近付いている。だから何度も、イリアの側にいる俺と邂逅を果たすのだ。
きっと――彼女は最期の願いを叶えようとしている。
死んでもなお、奇跡を起こしてまで。
それに引き換え、俺は――。
「シィン、手、いたいよ」
思わず強く握りめていたアイリの手を離し、ごめんと呟いた。くすりとアイリは笑った。
「へんなの」
その屈託のない笑顔につられながらも、俺の心中は穏やかではなかった。
チェリカ・ヴァレンシアは、自分の意志を貫こうとしている。
もし彼女に出会ってしまったら、イリアは変わらず俺達に【力】を貸し続けてくれるだろうか。気が変わってしまったら、俺達はどうなるんだろう。
そこまで考えて、ダリウスの顔が脳裏に浮かんだ。大願の為、とここまで共に歩いてきた仲間達の笑顔が浮かんだ。十字架に張り付けられたサラの悲しい顔が浮かんだ。理不尽に傷つけられたユナ・フェイトの寝顔が浮かんだ。
「…………っ」
分かっている。
彼女をイリアに会わせてはいけない。会わせるわけにはいかないのだ。
「……分かっているさ」
何度も何度も繰り返す。自分に言い聞かせる。ただ、それしか道がないかのように。
もし、俺に未来を予知する【力】があれば――せめてイリアの破壊の【力】の意味を知っていれば、この後に待ち受ける一つの悲しい結末は、存在しなかっただろうか。