第8話 忠告
……助けて……
お願い……
……どうかお願い……
彼を……助けて下さい――
「また、この夢……」
また同じ夢を見た。一体何なのだろう。一体誰を助けてほしいというのだろう。
この平行世界にきてから丸二日経過した。イリアの足取りは全くつかめない。ただ、私の村の大陸では噂にもなっていなかった皇帝殺害の事件は、こちらの大陸では殆どの人が知る大事件であることが、ここ二日間の聞き込みで明らかになった。
「どこにいるの……。イリア」
昨日の朝ラスツールを出発し、道行く人々に話を聞きながら一日かけて、私は今いる町リマオへとたどり着いていた。やっぱり人が多い。こんなにいれば一人くらいイリアの行方を知っていてもよさそうなのに、人々は事件の事は知っていても、その容疑のかかっている者の行方は知らないのだった。
「もうこの世界にきて三日目なのに…」
行方どころか、何ひとつ手掛かりがつかめない。今日一日町の人に話を聞いて、それでも何も分からなかったら次の町へ行こう。
道行く人、路上で商売をしている店主、広場ではしゃぐ子供達、誰に聞いてもイリアの行方は以前と知れない。
「そうですか……。ありがとうございます」
声をかけてはみたが、やはり何も知らなかった老婆に礼を言い、空を見上げた。日が暮れてきた。宿に戻ろう。
宿に戻る途中、こんな時間から酔っ払い、フラフラとおぼつかない足で男が向かいから歩いてきた。なるべく間隔をあけて通り過ぎようとしたのだが、男はふらつき結局ぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
私はとりあえず男に謝った。すると男は目を見開き、顔をしかめた。そして俯いてしまった。
「あの、何か……?」
「いや、何でもない……。気にしないでくれ」
そう言い残し、男はまたよろよろと歩き出した。
「一体、何なの」
振り返ってみると、もうどこかで曲がってしまったのか、男の姿は見えなくなっていた。いつの間にか、もうすっかり日は落ちてしまっていた。
宿のベッドの上に寝転がり目をつむると、自分でも気付かないうちに疲れていたのか、もう眠くなってきてしまった。またあの夢をみるのだろうか――。
真っ暗。真っ暗な世界だ。
この世界に初めて来たときに訪れた世界だ。やっぱりイリアがいる、泣いてる。ねぇ、泣かないで。
伸ばした腕はやはり届かない。イリアは座り込んで何かを抱えている。白い布のようなものにくるまれた何かを。
どうして泣いてるの? 何を抱えているの? どうしてこの手は届かないの――。
視界が霞んでゆく。
ねぇ、イリア。今一体どこにいるの――。
目が覚めると、もう日は高くのぼっていた。顔を洗い、着替えて宿を出た。次の町へ急ごう。
足早に町の出口に向かう。出口には昨日の酔っ払いの男がいた。こちらをじっと見ているような気がするのは気のせいだろうか。なるべく目を合わせないように男の横を通り過ぎようとした時だった。
「おい、あんた」
男はが話しかけてきた。気付かないフリをすると、男は腕を掴んできた。
「やっ……!?」
慌てて振りほどこうとするが、男は腕を離さない。男はじっとこちらを見続ける。焦点が定まっていないようにも見える。その表情に私は恐怖を感じた。
「離してっ!」
思わず大きな声を上げてしまった。その瞬間男は、ぱっと手を離した。
「あ……、悪い」
そして男は昨日のように俯いた。一体なんなのだろう、この人は。もう行こう、早くこの人から離れたい――そう思い、私は歩き出した。
「あんた、悪い事は言わねぇ。帝都に行っちゃいけねぇ」
少し歩いた所で、男は後ろからそう叫んだ。思わず立ち止まり振り向く。
「帝都には近づくな。いいな」
男はそう言うと、町の中へと戻っていった。私はただ呆然と立ち尽くしていた。もしかして、あの人は【力】を持っているのだろうか? そう、例えば――未来を視る【力】を。
慌てて男を追い町の中へ戻る。しかし男の姿は見えない。一通り町中をまわってみるが、男はいなかった。
「いないや」
仕方がない。もう行こう。
リマオの町をあとにする。帝都に一体何があるというのか。なぜ近づいてはいけないとあの男は忠告しに来たのか。分からない、分からないけど――。
行こう、帝都へ。行かなければ何も分からないような気がする。
空は雲一つ無く、青く澄み渡っている。さぁ、行こう。次の町へ――。