表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/104

追憶 ---与えられた役目・1---



 その男の名は、イリア・フェイト。軍に捕らえられたチェリカ・ヴァレンシアを救う為に、あの場所にやって来たのだという。

 あの日、牢の中でチェリカが涙ながらに死なせたくないと願った、青年その人だ。


「イリア・フェイト……」


 夢の世界に移動した後に、見せられた手配書を見ながら呟いた。そこに描かれた顔は、あの時見た男に間違いなかった。

 ダリウスはその男のことをよく知っていた。海を渡った大陸の小さな村の出身であることや、小さな妹がいるということ、そして手にした【力】が破壊の【力】と呼ばれることなど、たった一週間やそこらでよく調べられたものだと、感心してしまうほどだった。もちろん、それには理由があった。


「彼を、仲間に……?」


 ダリウスは、イリア・フェイトをぜひ仲間として迎え入れたいと言った。破壊の【力】を何としても手に入れたいのだ、と。

 彼の言い分は、分からなくはない。あの時見た惨状、あれが破壊の【力】によるものであるなら、俺達にとってどんな強大な力となることだろう。

 けれど手配書が出回っていることが物語っているように、イリア・フェイトの行方は依然と分からなかった。もしあの時、俺に平常心があれば、そんなチャンスを逃すこともなかっただろうに、と悔しく思う。俺は地下牢から出た後のことをよく覚えていなかったのだ。


「でも、居場所が分からないんじゃ……」


 自分の不甲斐なさが空しくなって俯いた俺の肩を、ダリウスが叩く。顔を上げると、その表情は俺が想像するより明るく見えた。


「その点は問題ない。もうすでに手は打ってある。シィン、お前にも役目がある。お前にだけしか頼むことの出来ない、大切な、もっとも重要な役目だ。頼まれてくれるね?」


 優しく、柔らかくダリウスは微笑んだ。俺が首を横に振る理由はなかった。


「イリア・フェイトの元には、サラを行かせている。怪我で死なれてしまっては仕方ないからね。繊細で緻密な役目だが、彼女になら出来るだろう」


 すでに居場所を掴み、対策を講じていたことに、ダリウスの機転の速さがうかがえた。さすが、と思うと同時に情けなくなる。俺が何も出来なかったその間に、ダリウスは先を見据え動き始めていたのだ。

 確かに、今思い出してみれば、あの時見た男は怪我をしていたような気がする。あの場所で無傷でいるのは難しい。サラを向かわせたのは、当然の配慮だ。

 けれど――。


「あの、ダリウス」


 俺が呼ぶと、ダリウスは首を傾げた。


「けれど、その、破壊の【力】というのは危険なものではないのですか? もし、サラに何かあったら……」


 怪我人の元へサラを向かわせるのは当然のことだが、もし何かが会った時、彼女にはそれに対抗できる術はない。

 【力】を持つ者と持たざる者との共存への意志は強固だが、それ以外に関しては普通の女と同じだ。盲目というハンデがある分、さらに弱い立場にあるのかもしれない。

 ましてや、破壊の【力】を持っているという以前に、相手は男だ。力でかなうはずもない。俺には、それが心配だった。

 しかしダリウスは、微笑んだまま、俺の頭を撫でた。


「シィン、お前は優しい子だ。しかし、サラに関して心配することはない。お前は、自分の役目を果たすその時まで、何も心配することはないんだよ」


 優しく、言い聞かせるように、ダリウスが言う。その言葉には何の根拠もないように思えた。

 踵を返し部屋を去ろうとするダリウスを、俺は呼び止めた。聞かなければならないことがある。


「俺の役目って……」


 しかし、ダリウスは奇妙に頬を歪めただけで、俺の問いに答えることはなかった。


 ダリウスが答えなかった意味も、その歪んだ微笑みの意味も、俺は何も分からなかった。何も、知ろうとしなかった。




 その意味を知り、選択肢が与えられた時、どうしてもう一方を選べなかったのだろう。

 いや、選択肢は無限にあったはずだ。それなのに、俺は選んでしまった。自分が傷つかない、最も愚かな選択肢を。


 俺は、弱虫だ。

 独りになるのが怖くて、ダリウスに見捨てられるのが怖くて、彼女を裏切ったんだ。

 後悔してもし足りない。謝りたくても、それはもう叶わない。

 彼女は、いない。もう、どこにもいない。

 俺が、彼女を陥れた。

 俺が。

 俺が――。




「よくやった、シィン。それでこそ私の息子だ」


 あの時、俺はただ立ち尽くすほかなかった。ただ、俺は見ていた。ダリウスが耳元で囁いた言葉も、ひどく虚ろに聞こえた。


「……共生など、愚かなことだ。なぜ、長い間虐げられてきた私達が、持たざる者達と手を取り合うことが出来よう」


 目の前で、木片が爆ぜている。周囲からは歓声が上がっていた。レイヴェニスタ帝都の広場で、たった今、【力】を持つ者の処刑式が行われたのだ。

 中央の十字架にくくりつけられている人間を、俺はよく知っている。


「サ……ラ……」


 だらりと下がった首、白い肌はただれ、栗色の髪の毛は焼け焦げている。

 反逆者イリア・フェイトを匿った罪で、サラ・エレインは捕らえられた。そして、そのサラを通報したのは――俺だ。


「シィン、何を泣く? お前が泣くことなどないのだよ。全ては我等の大願の為、必要な犠牲だった」


 何も、聞こえなかった。

 ただ目の前で起きた現実だけが、胸に焼き付いている。果てしない悔恨と、その死に顔だけは、きっと忘れられない。いや、忘れてはいけない。


 俺は一つの選択肢を選び取った。

 これからもダリウスと一緒に生きていく為に、サラを犠牲にした。与えられた役目を、全うしたのだ。


「さあ、あとはイリア・フェイトを待つだけだ」


 イリア・フェイトを匿ったサラが処刑されるとなれば、彼は現れるだろうと、ダリウスは言った。大願の為に、サラには犠牲になってもらう、と。

 そんなの分からない、と俺は返した。しかし、軍に捕らえられたチェリカを助けに現れた彼ならば必ずやって来る、とダリウスは断言した。


「彼は、必ず現れる。そして我等に【力】を貸してくれるだろう。その、破壊の【力】を」


 ダリウスが断言した通り、イリア・フェイトは現れた。追われている身にも関わらず、羽織っていただろうローブは乱れ、手配書通りの銀髪と端正な顔が露わになっていた。

 彼の褐色の瞳は、まっすぐに十字架にくくりつけられたサラを見据えている。つかみかかろうとする民衆の手にも、武器を持ち捕らえようとする兵士の怒声にも気づいていないように見えた。

 俺達は、イリア・フェイトがサラの元に到達する前に広場を離れた。危険かもしれないとダリウスが判断したからだ。




 ――もし、あの場に止まっていれば、未来は変わったかもしれない。あの時、俺やダリウスが命を落としていれば、少なくともユナ・フェイトが傷つくことはなかったのかもしれない。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ