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追憶 ---少年と老人・2---



 世界を変えよう、と。

 そうダリウスは言った。

 【力】を持つ者が、迫害され続けるこの世界は狂っているのだ、とも。


 もし、【力】を持つ者も、持たざる者も、誰しもが手を取って生きていけたら、なんて素晴らしいことだろう。


 そう思ったから、俺はダリウスの手を取った。


 俺達は協力して、【力】を持つ者達を探した。もちろん、彼らは【力】のことを隠しているのだから、それは容易ではなかった。【力】を持つ者の噂を聞きつけては海を渡り、山を越え、野を駆けた。当然自分の持つ【力】も隠しながらの、果てしない道のりだった。

 それでも、たった三年あまりで数多くの人員を集めることが出来たのは、【力】を持つ者を感知することの出来る【力】を持つ少女、アイリを序盤に見つけられたことが大きかっただろう。

 ダリウスに言わせると、アイリには彼の孫の面影があると言う。もちろん血の繋がりがあるわけではないのたが。

 その【力】の有効性も併せて、ダリウスはアイリを孫のようにかわいがっていたと思う。

 アイリもまた、幼い頃に親に捨てられたという悲しい過去があるために、ダリウスを本当の父親のように慕っているようだった。

 必然的に、俺達も兄妹のような絆が出来ていった。俺にとって、アイリは妹と錯覚出来るほど大事な、愛おしい存在になったんだ。


 その他にも、沢山の仲間が出来た。サラ・エレインもその一人だ。

 彼女は穏やかな女性だった。盲目であることから、その容姿はひどく儚くも見えた。けれど、実際はその逆だ。彼女は【力】を持つ者と持たざる者との共存の道には、並々ならぬ熱い意志を持っていた。

 そんな世界を創るかけはしになりたいのだと、サラは自分から俺達の前に現れて言った。目が悪い分、耳が人よりいいんです、そう続けて微笑んだ彼女の顔を、俺は今でも覚えている。

 ダリウスは、とても驚いていた。世間の水面下で動いていたはずなのに、いとも簡単に俺達の組織を見つけられたことにどうしても驚きを隠せないようだった。

 それでもダリウスは彼女を拒んだりしなかった。サラも【力】を持っていたからだ。人の怪我を癒すという、素晴らしい【力】を。

 明るくて、いつも元気なサラ。時折過去の話をしてくれた時の悲しそうな横顔も、今もまだ鮮明に脳裏に焼き付いている。

 俺はそんなサラのことが好きだった。異性としてではないような気がする。人間として、尊敬出来る人間だと、そう思っていたのだ。



 仲間が増えること。それは組織への危険までも増えることを意味していた。もちろん細心の注意を払っていたつもりだったが、それでも不穏な動きをする団体の噂は広がっていった。

 そしてある日とうとう、本拠地としていたシールスの町に、レイヴェニスタ軍はやって来た。たった数十名の俺達に対し、現れたのは何百もの武器を抱えた兵士達。俺達は、袋のネズミだった。

 俺は必死だった。ダリウスをこんなところで失ってしまってはならない。彼は、俺達の指導者なんだから――そんな思いで、俺は軍の前へ飛び出した。彼を、いや彼だけじゃない、みんなを救いたかった。そうすれば、いつか道を拓いてくれるはずだ。ダリウスが、アイリが、サラが、みんなが――。


「シィン・リオーネ! お前を反逆罪で連行する!」


 望んで俺は捕まった。出来るだけ暴れて見せた。混乱に乗じて、みんなが逃げやすくなると思ったからだ。運のいいことに、まんまと軍は囮の俺に翻弄されて、みんなは逃げ出すことに成功したようだった。

 俺だけが、捕まった。

 軍に捕まるということは、処刑されるということ。七つ以前の記憶がない俺にだって、そのくらいのことは分かっている。それが、恐くなかったと言えば、強がりになるだろう。

 牢に放り込まれたあと、俺は兵達に、あらん限りの暴行を受けた。殴られ、蹴られ、数々の暴言を浴びた。抵抗が許されないその空間は、地獄だった。

 そんな地獄に比べたら、処刑される瞬間など、ほんの一瞬だ。

 あと少し。あと少しで終わる。終わらせられる。兵達に解放されたあと、俺はそんな思いで、牢の壁に寄りかかった。

 そこに、彼女はいた。

 チェリカ・ヴァレンシアが。




 声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。泣いていることには気付いていた。別に、誰が泣いていようが関係ないと思っていた。こんな牢に放り込まれて、明日にも知れない命なのだから、泣きたくなるのは当然なのだから。

 眉をひそめながらも、彼女は名前も素性も知らない俺に、事情を話し始めた。彼女にしてみたら話さずにはいられなかったかもしれない。その深い深い悲しみを。


「来てくれたの……。私を追って、イリアが……。でも――」


 自分の大切な人が、軍に連行された自分を追いレイヴェニスタまで来ていた、とチェリカは言った。その声には、わずかに嬉しそうにも聞こえた。

 しかしやがて口ごもる。その言わんとしていることが、俺には分かっていた。【力】を持つ者を庇う人間は、同罪なのだ。つまりは、彼女を助けようと追ってきた男も、俺達と同じ道を辿ることになる。それを彼女も分かっているだろう。


「イリアが殺されてしまうなんて……いや」


 チェリカは呻いた。そんな気持ちは分からなくはなかった。俺だって、もしダリウスが助けに来てくれたら、どんなに嬉しいことか。けれど、そのせいで彼が捕まってしまうのは嫌だ。もし処刑されてしまったら、なんて考えただけでも耐えられない。実際、そんなことはないので、考えるだけ無駄なことではあるのだけれど。


 つまりは、俺は、チェリカが羨ましかったのかもしれない。俺にはそんな人はいなかったから。


「え……、今、何て……」


 だからほんの気まぐれだった。別に何の意図があったわけでもない。

 ただ、夢をみさせてやろうと思った。最期くらい、良い夢をと。少しくらいの嘘だって許されるさ。だって、現実を見るのはあまりに辛いだろう?


「だから、俺の【力】を貸してあげるよって言ったんだ。あんたは夢の世界の自分に助けを求めればいい」


 そんなことなど出来ないことは、俺自身がよく知っていた。夢の世界で訪れる場所は、現在自分が存在している場所なんだから。行き着く先は、夢の中の帝都の地下牢だ。それでも、現実よりはよっぽどマシだ。


「どうせ俺も死ぬんだ。最期に、面白いものみせてよ」


 憐れみと、妬みと、好奇心。

 それくらい許されるさ。俺だって、そんな哀れな人間の一人なんだから。





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