第7話 終焉の地
帝都から一番近い港町ラスツール。さすがと言うべきか、小さな大陸の港町とは比べものにならないほどの人の多さだ。ここから帝都までは一週間くらいだろうか? 少しでも早くたどり着けるように早足で人ごみをかきわけ進む。
町外れの森にさしかかると、小さな子供が転んでしまったのか、うつ伏せに倒れ込み泣いていた。
「大丈夫か?」
子供の前にしゃがみこみ、声をかけた。
いきなり見知らぬ男に話しかけられ驚いたのか、小さな子供はぴたりと泣き止み顔をあげた。ひっくひっくとひゃっくりをしている。ユナよりもだいぶ幼いようだ。俺はひとり家に置いてきた妹を思い胸が痛くなった。
「どうした? 転んで怪我したのか? お母さんはどうしたんだ?」
すると子供は、また両目からポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「お母さんは……いないよ。半年前に兵隊さんに連れて行かれたんだ」
幼い子供はそう言ってまた顔をうつ伏せてしまった。
俺は馬鹿だ。こんな幼い子供がこんな所にいるなんて、何か理由があるはずなんて事は、少し考えれば分かることなのに――。
この子の母親は魔女だ。そして半年間もこの子の元へ戻ってきていないという事は、もう生きてはいないのだろう。
幼い子供は泣きつかれてきたのか、だんだん泣き声が小さくなってきた。そしてまたひっくひっくとひゃっくりをしている。
「なぁ、今どこに住んでるんだ? 送ってくからおぶさりな」
子供が怖がらないように、なるべく優しい声で言ってみた。
「あっち」
森の奥を指差し、その子は答えた。俺は子供をおぶり歩き始めた。すっかり泣き止み、おぶられる機会が少ないからだろう、うってかわってきゃっきゃっと背中の上で騒ぎ出した。
「お前、今は誰と住んでるんだ? お父さんか? おばあちゃんか?」
「えっと……えっと、カナ姉と、レミ兄と、えっと、みんな!」
どうやら母親はいないらしいが、それなりにやっているようだ。
「みんながいるから楽しいよ。みんなお母さんもお父さんもいないんだ。だから我慢できるんだ!」
みんなという事は孤児院かなにかなのだろうか 。
「でも、僕もカナ姉みたいな【力】があったらなぁ。そしたらお母さんに会いに行けるのになぁ」
「お前の姉さん【力】持っているのか?」
そうか、だからこんな森の奥に隠れるように住んでいるのか。
「カナ姉はね、こっちからあっちまであっという間に移動出来るんだよ!」
そう言ってこの幼い子供は森の入り口の方から反対側へと腕を大きく動かし身振り手振りで説明した。
「瞬時に移動できる【力】……!?」
もしかしたら、その【力】を使えば帝都まで一瞬で行けるかもしれない。
「あ! あそこだよ。僕等の家」
その子の指差す方向にこじんまりとした古びた家を見つけた。子供を背中から降ろす。ドアをノックしガチャリと開いた中へと入っていく。
「お兄ちゃん! 入ってきて。カナ姉がお礼したいって!」
そう言われ、俺はドアをくぐった。中には幼い子供達が10人くらいと、少なくとも俺よりは年上だろう女がいた。おそらく彼女が‘カナ姉’なのだろう。そして彼女は俺に近寄り言った。
「ありがとう。ロイをここまで連れてきてくれたって?」
そういえば、まだあの子の名前を聞いてなかった。あの子はロイというのか。
「ロイを連れてきてくれた事は感謝してる。でも……、あんた、ラスツールの外れに魔女がいるって言わないだろうね」
慌てて俺は首を横にふった。
「いや、そんな事しないよ」
「ふぅん、ならいいけど」
彼女はそれを聞ければ満足、とでも言うように、くるりと後ろを向いた。俺はその彼女の手をつかんだ。彼女は振り向き顔をしかめた。
「なに……?」
「【力】を、あなたの【力】を貸してもらいたいんだ」
俺はそれまでのいきさつを話す事にした。
「いいよ。私があんたを帝都まで連れていってあげるよ。連れていかれた娘が昨日馬でラスツールをでてたとしても、さすがにまだ帝都には着いてないだろう。間に合うよ、私の【力】を使えば」
そう言って‘カナ姉’と呼ばれる彼女は、俺がここに来てから初めての笑顔を見せた。そして周りで騒ぎ遊ぶ子供達をぐるりと見渡し言った。
「他人事じゃないからね、【力】を持つ者として。こいつらの親達のことも」
「ありがとう……!」
「もうこれ以上犠牲者は見たくない。あんたのいう娘、助けてやるんだよ!」
真顔でそう言って、両手を俺に差し出してきた。つかめということか。
「帝都の入り口までとぶ。さすがに兵がうじゃうじゃいる中までは行けないから」
俺は大きく頷き差し出された手をつかんだ。その瞬間、目の前が真っ白になった。目をつむる。子供達の声が聞こえなくなった。
ざわざわ……。次の瞬間聞こえてくるのは、子供達の声から、都会の喧騒へと変わった。
「着いたよ」
おそるおそる目をあける。城が眼前にそびえ、大きな建物が立ち並び、行き交う人々はラスツールより更に多い。
何より、他の場所ではあまり見ることのない兵士の多さが、帝都であることを物語っていた。
「ここが帝都……」
全てのものに圧倒され言葉を失う俺に‘カナ姉’は言った。
「じゃあ私は帰るよ。【力】を持つ者にとって帝都は終焉の地だからね。長居したくない」
「ありがとう。本当に……なんて言ったらいいか」
俺が言うと、彼女は微笑んだ。
「礼なんかいいよ。私が仲間を一人でも助けたいだけなんだから。今度その娘と訪ねておいで。私も会いたい。【力】を持つ仲間に」
そう言って彼女はふっとかき消えた。
間に合った。これでチェリカを助けられる――。
帝都の入り口から、俺は眼前にそびえる巨大な城を見上げた。
チェリカは殺させない。