第58話 ひとつの結末
「……チェリカ。……幸せ、に――」
静けさの中、俯く私の手を握るイリアの手がゆるむのを感じた。
宵闇に響いていた荒い吐息が、ぷつりと途切れ、続く言葉は無い。
「……イリア?」
思わず私は顔を上げる。
心臓が早鐘を打ち始めた。
自分の手元に視線を送る。
力無く開く赤い指先は、動かない。私の手を握ろうとはしない。
視線を更に移動させる。
血だまりに横たわるイリア。血の気を失った白い顔。言葉を紡がない赤く染まった口元。褐色の瞳は、閉じられた瞼に隠れている。
「……イリ、ア……?」
呼びかけても、その体は反応しない。
手を強く握っても、握り返される事はない。
私の名を何度も呼んでいた唇もまた、再び私に呼びかける事はない。
手を伸ばし、堅く閉ざされた瞼に触れる。銀色の睫を濡らす涙を拭うと、まだ温かさの残る滴が、私の手を伝った。
青白いイリアの顔に触れる。血糊で濡れた頬は涙と対照的に冷たかった。
微かな笑みを浮かべた唇に触れる。吐息をこの指先で感じる事は――なかった。
「……やだ」
指先が、腕が、体が震えだした。
息が、苦しい。
「……やだよ……っ」
胸が痛む。
それは怪我の痛みの比ではない。呼吸さえも困難になるほどの、胸の痛みだ。
「あぁ……!」
こんなにも苦しいなんて。
イリア、あなたを失う事が……こんなにも、こんなにも――。
「イリアぁ……っ!!」
あなたは、何度この痛みに耐えたのだろう。大事な人を失ったこの痛みを、何度乗り越えたのだろう。
私は――。
こんな結末なんて、望んでいなかったのに。