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第45話 終結、そして


 けたたましい程に響き渡る歓声。歓喜の涙を流す者。抱き合い互いの無事を喜び達成感に酔いしれる者。長い迫害の歴史から解放された【力】を持つ者達。持たざる者達が消えたレイヴェニスタ城内で、俺だけが一人立ち尽くしていた。


 自分で選んだ道なのに、自分で買って出た役目であったのに、こうも虚しい。ただそんな思いが胸中に、もやもやと広がっていく。


 辺りに広がる血の海は、四散する肉片は、抵抗する術を持っていなかった者達のものだ。戦う男達を支援する様な形で、ここに残っていただろう女子供。そんな彼等を、俺はこの手にかけた。それはとても容易で、呆気ないものだった。


「イリア殿」


 立ち尽くす俺にダリウスが話しかけてきた。その表情は辺りで騒ぐ人々と同じで、喜びに満ちていた。それは当然の事だという事は分かっている。彼等の望む世界を創る為の土台が、今まさに築かれたのだから。――俺だけなのだろう、こんな冴えない表情をしているのは。


「お疲れになりましたか?」


 ダリウスは俺の冴えない表情を、疲れのせいだと思っている様だ。俺は首を横に振り答える。


「いえ。……ところで、シィンの姿が見えない様ですが」

「あぁ、シィンには今負傷者の救護に向かわせております。それ程数も多くはないですし、すぐに戻るでしょう」


 負傷者……その言葉に胸が痛んだ。死者は出なかったものの、予想以上に負傷者を出してしまった。戦争なのだから仕方ないと冷静に受け止める事も出来なかった。もっと上手くこの【力】を使えば、きっとそのわずかな負傷者ですら出す事はなかっただろうからだ。


「イリア殿、あなたのおかげでこれだけの負傷者ですんだのです。もしあなたがいなければ、屍の山となっていたのは我々の方だったでしょう」


 ダリウスが心を呼んだかの様なタイミングで言った。確かにこの【力】が無ければ、多勢に無勢であった事は間違いない。それでも――。


「心から、感謝しております」


 ダリウスが一言そう述べて、深々と頭を下げると、いつの間にか俺達の周りに集まって来ていた皆も、次々に頭を垂れ始めた。辺りはしんと静まり返っていた。




「イリア殿」


 静けさを打破したのはやはりダリウスだった。


「貴方には、この新しい国の王となって頂きたい。旧き体制を崩し、この国の基盤を造った貴方にこそ、次代の王は相応しい」


 周りから歓声が上がる。皆の視線が俺に集まった。俺が首を縦に振るのを待っているのだろうか。時代の王、国の頂点に立つ者、この国に住まう民達を導く存在――そんな者になる資格は、俺には無いというのに。


 当然、俺は首を横に振った。その瞬間周りの顔からは笑顔が消え、戸惑いの色が浮かび始めた。なぜ、どうして、と小さく囁き合う声が聞こえる。


「イリア殿……」


 ダリウスが窪んだ目を向ける。なぜ、とその目が問うていた。俺はその問いに答えるべく口を開く。ただ一言、それだけでいいだろう。


「俺は、王となる為に【力】を使ったのではありませんから」


 こんなにも血にまみれた人間が、人々の上に立つなどあってはならない。


「それに王ならば、貴方の方がふさわしいのでは? ダリウス殿」


 戦いの直前に現れ、破壊の【力】を使って国を滅ぼした俺。その戦いを起こす為に、隠れ住む【力】を持つ者を探し、時には安全な場所で彼等を守り、着々と事を進め、先頭に立っていたダリウス。どちらかを王するのならば、俺は後者を選ぼう。


 戦いに勝利する事は、この【力】が無ければ難しかっただろう。けれど、持たざる者達が支配するこの世界で最初に立ち上がった者こそが、英雄なのだと俺は思う。その人間がいなければ、この世界には何の変化も訪れなかったのだから。戦いなど起こる筈もなければ、持たざる者達からの迫害も、馬鹿げた処刑もずっと、止むことは無かっただろうから。


「……貴方がもし、【力】を使った事を気に病んでいるというなら、私は述べましょう」


 そう言いながら、ずいと進み出たダリウスは俺の手をとった。その手が赤黒い血糊でべったりと汚れている事に気付き、俺は慌ててその手を振り払った。しかし振り払ってから、馬鹿な事をしたと後悔した。この胸に広がるもやもやとした気持ちを、悟られてしまったかもしれない。


「貴方は私達の願いを叶えただけに過ぎません。好きこのんで人を殺めた訳ではない。哀れな私達の為に、貴方はその【力】を使う事を決意してくれた、貴方に咎は無いのです」


 淡々と、しかし優しさの込められた声でダリウスは続ける。周りからダリウスの言葉に同調する声が漏れ出た。一度は振り払った手が再びダリウスにとられる。


「貴方の手は、汚れてなどいない」


 躊躇無く俺の手を掴んだダリウスの手に、血糊がべったりと付着した。しかしその事にもかかわらず、俺の手を掴んだまま放さない。周りからは拍手が巻き起こった。


 たとえ、それが彼等に限っての見解であっても、事実は俺はただの殺戮者でしかなくとも、その言葉が、その気持ちが嬉しかった。もやもやとした感情は、一生胸の内に残るだろう。けれど――救われた気持ちだった。


「ありがとう……でも」


 それでも意志は変わらない。俺は、王となるべく資格は無い。


「……そうですか」


 がっくりとうなだれてダリウスは俺の手を離した。もう王の座を俺に勧める気は無いようだった。これ以上の説得は無駄だと分かったのだろう。周りもざわめきながらも、ダリウスの意向に従うように、散会した。






 城内の死体や瓦礫を片付け始めている人々をよそに、俺はダリウスに連れられ綺麗に片付けられている一室に移動していた。【力】を使って疲労したであろうと考えたダリウスに、半ば強引に連れてこられていたのだ。


「俺は、大丈夫ですよ」


 思わず苦笑した俺に、ダリウスはきつめともとれる口調で言った。


「いえ、無理なさらないで頂きたい。あれ程の【力】を使ったのです。今は休んで下さい」


 過剰かと思うほど心配そうな眼差しを向けてくるダリウスを前にして、俺は大人しく休憩を取ることにした。ダリウスは早々にその場所を後にして、城内の復旧作業に取りかかりに行ってしまった。一人残された部屋には、かすかに人々の声が届くくらいのざわめきしかない。


 辺りをぐるりと見回すと、美しい調度品の数々や、遠く山海の景色を描いた絵画が目に飛び込んできた。その様なものに関して何の知識も無かった俺ですら、思わずため息を洩らしてしまうほど、素晴らしいものだった。それからも分かる様に、どうやらここはこのレイヴェニスタ城の中でも、位ある者に与えられた部屋だったようだ。


 部屋の中央に設置された、革張りのソファーにこしかける。体が程良く沈み、革の質感がほんのり冷たく心地良い。静かで心落ち着く空間――だからこそ考えてしまう。抵抗する術を持たない人間を数多く殺めてしまったという事実を。


「……違う」


 違う、と思いたいだけだ。【力】を持っているという理由だけで処刑される人間を出してはならない、そんな理由で俺が人を殺める事が正当化されるなど、無いのだから。


 日が経ち過ぎたせいなのか、あの時――チェリカやサラが殺された時に感じた、途方もない憎しみは消えてしまっていた。あるのは悲しみと、もやもやと渦巻くこの感情。


「――っ」


 その時突然軽い目眩を感じて、座りながらこめかみを押さえた。ダリウスの言う通り、疲労を感じているのかもしれない。俯きながら、ふと、【力】を使って幾千の持たざる者達を薙ぎ倒した時の事を思い出していた。チェリカに似ていた人間がいたように見えた、その時の事を。


「チェリカ……」


 悪化してゆく目眩により歪む景色。暗転してゆく視界に最後に一瞬映り込んだのは、あの時確かに目が合った幻のチェリカの顔だった。



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