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第43話 否定


 眼前に立ちはだかる幾千の大群。彼等は死力を尽くし、俺達の行く手を阻もうとするだろう。間違いだらけの国を存続させる為に、馬鹿げた教えを遵守する為に。


 先程まで後ろで猛り叫んでいた者達はすっかり萎んでしまっていた。いくら【力】を持っていたとしても、さすがに目の前に立ちはだかる人間の多さに気を臆しているのだろう。


 俺は【力】を放出するタイミングを見計らっていた。まず俺を狙うだろうと思っていた持たざる者達が、なかなか動き出そうとしないからだ。時間だけが刻々と過ぎてゆく。


「埒があかないじゃん、あいつら動かないし」


 シィンが横でぶつくさと文句をたれる。ダリウスは何を考えているのか髭を撫でながら、持たざる者達を目を細めて眺めていた。


 持たざる者達の先頭にはキール将軍らしき男がいた。本人であると断言する事は出来ない。距離もある程度離れているし、何より片目しか見えない俺の視力には限界があった。けれど、あの日ミュラシアで生き残ったというのなら、国を、そして民を守る為に先頭に立ってもおかしくはないし、予測していた事だ。


 一度は和解する事を選び、共存の道を歩まんとしたキール将軍は、慎重に慎重を重ねているのだろうか。だから動こうとしないのだろうか。膠着状態を誘い、少しでも自分の守る命達を生き長らえさせようとでも思っているのだろうか。


「そんな事をしても、無駄だというのに」


 まるで俺の心を読んだかの様にダリウスは発した。


「まずは、制裁を与えましょう」


 そして白い服をひらりと翻して後ろを振り向く。


「テオ、おいで」


 ダリウスは俺達の最後尾に立つ子供達に向け手招きをした。その中に俺が初めて彼等に出会った時、自分の宝物であろう宝石を差し出そうとしてまで、この国の終わりを願った少年――テオがいた。テオは手招きされるまま前に進み出てきた。


「さぁ、集中するんだ、テオ」


 ダリウスは膝を折り、テオの視線と高さを合わせて言った。何をさせる気だ――まさか。


「ダリウス殿! 何を……」


 思わず荒げた声に、テオはびくりと肩を震わせた。ダリウスはしゃがみこんだまま俺を見上げたが、すぐに視線を戻し、テオにもう一度集中する様語りかけた。目を瞑るテオの頭上に、みるみるうちに、テオが発しただろう【力】が形を作り上げてゆく。――それは燃えたぎる炎で形成された矢だった。


「その子に、人を殺めさせるつもりですか?」


 トーンを抑えた声にダリウスが反応する。集中するテオの耳には届かない様だった。


「これは制裁です」

「制裁?」


 ダリウスは、えぇと頷くと俺から視線を逸らし、持たざる者達が群をなす前方を見つめた。細めた目は何かを懐かしんでいるかの様に、優しげに見える。


「気のいい男でした。自分から目立つ様な者ではありませんでしたが、様々な知識を持ち合わせ、そして子供達がよくなついておりました」


 ふっとダリウスの表情に陰が落ちる。


「それも全て、我らを欺く為……だったというわけです」


 その言葉は俺を理解させるのに十分だった。つまり、和解の議の前に話していた内通者が、今目の前にいる持たざる者達の中にいる、そういう事なのだ。


「ミュラシアの一件以来姿を消しておりました……レオニー・グウェインの姿を見つけました。彼が……内通者とは」


 ダリウスは深いため息をついてうなだれた。テオの頭上には炎でかたどられた矢が、陽炎を揺らしながら浮いている。どうやら幼いテオにはそれで精一杯の様で、顔を真っ赤にしながらダリウスの表情を伺い見ている。


「イリア殿の【力】は規模が大きい。レオニー一人を狙うなど、手間を貴方がかける必要はないのです」

「……しかし」


 自分の村を焼き尽くした炎で、人を殺めさせるなど、こんな幼い子にさせていいのだろうか。古傷を抉る事になりはしないのだろうか。


「さぁ、テオ。裁きの矢を、裏切り者の元へ」

「……は……いっ!」


 その瞬間炎の矢は、放たれるのを待たされた分を取り戻すかの様に、勢いよく、そして天高く飛び上がった。テオは脱力しその場に座り込んでいる。太陽に吸い込まれる様にして消えた矢を、窪んだ目で追っていたダリウスは、それを見届けると立ち上がり言い放った。


「始めましょう、この国を新たに創り出す為の戦いを」


 それはまるで開戦を告げるのろしの様だった。テオの撃ち放った【力】は絶大な威力を持って、内通者を焼き払うのに成功したようだ。


 前方に待ち構える大群の列が乱れた次の瞬間、その中から炎の柱と黒煙が立ち上ったのだ。テオを見ると、すっかり憔悴しきったかの様にぐったりとし、後ろから進み出たアリーシャによって肩を抱かれ後列へ下がっていった。


「しばらくは休息を」


 ダリウスは幼いテオに【力】を使って人を殺めさせる事に、何の抵抗も感じていないかの様に見えた。その冷静かつ迅速な判断は、俺の目には酷く冷酷に映った。全てはこの国を創り直す為、避けては通れない道、という事なのだろうか――。


「さぁ、来ますぞ」


 ダリウスの言葉が俺の思考を遮ると同時に、持たざる者達が雄叫びを上げた。びりびりと大気が、大地が震えるのが伝わる。緊張感が走る。後ろから悲鳴に似た声が漏れ聞こえた。数の上で圧倒的に不利である状況に、辺りは完全に恐怖に包まれてしまっていた。


「イリア……」


 先程まで、なかなか動き出さない大群を見て文句を垂れていたシィンが、今度は顔面を蒼白にして不安げな声を漏らした。


 俺は目を閉じ集中した。徐々に【力】が体の内側で大きくなっていくのが分かる。


 俺が、彼等を救う。

 新しい国の礎を築く為に、持たざる者達を――殺す。


「あぁぁああぁぁっ!」




 スローモーションで時が流れているかの様に、俺の放出した【力】は、ゆっくりと人々を薙ぎ倒していく。まるで、塵の様にあまりに簡単に、あまりに呆気なく。しかしそれは持たざる者達に声を出す間さえも与えない、一瞬の出来事だった。きっと俺の目が、頭が、目の前で起きている、あまりにも現実離れしている事実についていけてないのだ。だからこんなにも――。



「!」



 その人間が俺の視界に映り込んだのは、持たざる者達が皆宙に浮き上がった瞬間だった。ただ一人列から離れていたのか、その人間は【力】を受けるまでに、ほんの少し間があったのだ。そして対峙していた時より近付いていた分、その表情は、はっきりと見て取る事が出来た。


 目があった。俺を見ていた。悲しげな表情で、俺を――。あれは、あの見覚えのある顔は、姿は確かに。


「チェ……リ、カ――」


 瞬間、その姿も他の持たざる者達同様、空高く舞い上がった。


 俺は高まっていた【力】がみるみるうちに体内で収縮していくのが分かった。空に舞い上がり、ゆっくりと落ちてくるその姿から目を離せない。一瞬だけ見えた、悲しげなチェリカの顔が脳裏に焼き付いて離れない。


「嘘だ……」


 そんな筈無いのに。この目で、この手で、この体で、チェリカの死を感じたじゃないか。開かない目、火傷でただれた手足、冷たくなった体――あの日チェリカは死んだのだ。それが、事実。それでは、あれは一体誰だというんだ?


「イリアっ!」


 俺の目を覚まさせたのはシィンの声だった。同時に視界の端に光る刃が映り込んだ。【力】の直撃を避けた、持たざる者達の隊列の両翼が今この場所に到達し、見事なまでに研ぎすまされた剣を降り下ろそうとしていたのだ。


 しかし武器を高くかかげたまま、彼等の体は再び俺が放出した【力】に吹き飛ばされていった。その衝撃で折れた刃の切っ先が頬をかすめたが、次の瞬間聞こえた悲鳴がその事を忘れさせた。


「きゃあっ」

「うわぁっ」


 振り返ると、まだしぶとくも【力】の衝撃を避けた者達が、今度は俺ではなく他の皆に攻撃をしかけていた。懸命に対抗しようとするシィン、憔悴しきったテオを守るアリーシャ、深々と刃を浴びせられ血溜まりにしずんでゆくダイン。


 それは至極当然の流れ。弱い者は死ぬ。ここは、戦場なのだから。


 目を閉じる。

 死なせはしないと誓ったじゃないか。彼等を守ると――決めたじゃないか。そうなれば、今しなければいけない事は決まっている。


 さぁ、【力】を放て。全てを、破壊し尽くすんだ。何も見るな。あれは――幻だ。


 チェリカがいる筈は……無いんだ。



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