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第42話 衝突


 まさに一発触発。そんな空気が辺りの場を覆っていた。


 たった三十程の人数。そして迎え撃つは怒りを胸に秘めた、【力】を持たざる者達数千人。人数だけを見るならばこれ程戦力の差が開く戦いも無いだろう。


 けれどこの戦いは違う。相手は、かつて同じ様に国を討ち滅ぼした破壊の【力】を持つイリアが率いる者達。【力】を持って、積年の恨みを果たすべく、持たざる者達の前に立ちはだかっているのだ。


 まだイリアの姿は遠い。立ちはだかる【力】を持つ者達の先頭に立つ人物は、輪郭はまだはっきりと捉える事は出来ないが、その背格好、そして髪の毛の色、何より先頭に立ち彼等を率いている事実が、イリアに他ならない事を示していた。


「イリア……」

「本当にいいのか、ヴァレンシア。……この場所にいては、身の安全は保証出来ないが」


 斜め前に艶やかな毛並みの白馬に跨るキール将軍が、私に尋ねた。服に隠れてはいるが、その下にはいまだ治りきらない怪我をいくつも抱えている。しかしそんな事は微塵も感じさせない声だった。


「はい」

「……そうか」


 私は今、怒れる数千人の【力】を持たざる者達の最前列にいる。先頭に立つキール将軍の斜め後ろ、丁度その後ろで隊列を組む男達と、キール将軍との間に挟まれる様に。城で待つ女達に心配され、武器を手にした男達に無茶だと言われ、キール将軍に渋られたのを押し切って得た立ち位置だった。


 ――私がここにいる理由は、キール将軍しか知らない。もし、今この場にいる彼等に、私がここにいる理由を知られたら、この場にいられない事は分かっているからだ。イリアを倒そうと立ち上がる彼等に、イリアを説得して救いたいなどと言えば、手にした武器はまず私に降りかかってくるだろう。


 ごくり、と喉が鳴った。暑くもないのに変な汗をかいている。私達の誰もが、そしてイリア率いる【力】を持つ者達も動く気配は無い。お互いが出方を探り、睨み合っている状態が、一体どれほど続いているだろう。


「キール将軍」


 私はキール将軍に呼びかけた。キール将軍は前を向いたまま、何だ、と返した。


「私……行ってきます。今なら、イリアだって……」


 ずっとこんな膠着状態を続けていても意味は無い。それを打開するためにもと思いかけた言葉は、キール将軍に一蹴された。


「いや、動くな。下手に動けば、それは開戦の合図だと思われる。そうなれば――」


 包帯は取れているものの、いまだに痛々しい傷跡を残したキール将軍の額から、一筋汗が流れるのが見えた。


 キール将軍はイリアの【力】をその身に受けた一人だ。その威力を、凄まじさを誰より知っている。私達が先制しようとしても、そこに到達する前に【力】を使われてはひとたまりもなく、だからこそ動く事を許さないのだろう。先制する事も出来ず、そして相手も動こうとはしない、意味の無い膠着状態。


 せめてイリアが、今ここにいる私に気付いてくれれば――。


「キール将軍! 行きましょう! 奴らが【力】を使ってこない今なら……!」


 終わりの見えない膠着状態に堪えきれなくなったのだろう、男達の中から声が上がった。それを待っていたかの様に、隊列がざわめきだした。大事な肉親を、友人を失った彼等が、感情的になってしまうのは仕方ない事で、キール将軍もそれを承知している様だった。


「……」


 口を閉ざすキール将軍。そして大きくなってゆく男達のざわめき。その時だった。


 ひゅっ、と空気を切り裂く音が響いた。


「ぐぁっ!」


 同時に上がった男の呻き声。その声に後ろを振り返った私の目に飛び込んだのは、赤々と燃える炎に包まれた矢が、深々と突き刺さり絶命する男の姿だった。どさりと音をたてて倒れた男の体は、瞬時に燃え上がり、ぶすぶすと燻る黒炭へと変化した。


「レオニー!!」


 黒炭と化した男の名を呼んで駆け寄る男達。レオニー・グウェイン、まだ若く、武器の扱いにも長けていて、仲間達からも、そしてキール将軍からも厚い信頼を受けていた男だった。


「グウェイン……」


 後ろでその名を呟くキール将軍の声がして振り返ると、その表情は酷く青ざめているように見えた。


「全て見透かされていたというわけか……」

「え――?」


 俯き意味深に続けたキール将軍の言葉の、真意を問うべく発した私の声は、男達の声にかき消された。


「くそっ、奴らめ! よくもレオニーを……!」

「許さんぞ!」

「キール将軍!!」


 後ろの男達の怒りは沸点に達している。その怒りを鎮める事も、動き出そうとする男達を止める事も、不可能だという事が、その叫びで分かった。


 一瞬、俯くキール将軍の青い瞳が鋭く光るのが見えた。背筋が凍りそうになる程の、威圧感と迫力を秘めたその瞳は、軍人の瞳だった。数々の武勲と功績を上げ、将軍の座を揺るがす事無く座り続けている――そんな事実を表すに相応しい瞳。


「キ、キール将軍……」


 キール将軍は私と目を合わせようとしない。しかし、後ろで怒声を上げる男達の声にかき消されない程の、低く落ち着いた声で私に言った。


「……すまないな。君にチャンスをつくる機会は潰えた」

「キール将軍っ!」


 私はキール将軍が手綱を引く白馬に走り寄った。しかし私の声など聞こえないとばかりに、キール将軍は馬上で純白のマントを翻し、脇に携えていた長剣をすらりと抜き、高く掲げた。


「レイヴェニスタの民よ!」


 キール将軍の声が青く澄み渡った空に響いた。今私の目線の先にいるのは、優しく微笑んでくれた将軍ではない。民を守ると決意を固め、敵陣へと飛び込もうとするキール・シャロン将軍なのだ。かなう事など無い事を知りつつ、立ち上がるキール将軍に、最早私の声は届かない――。


「行くぞぉおおっ!!」


 手綱を引かれた白馬は前足を高く掲げ嘶いた。同時に大地を揺るがした男達の怒声。突進する男達が舞い上げる土埃。


「行けぇえっ!」

「キール将軍に続けぇ!」


 各々が高々と武器を掲げ、奇声ともつかない声を発し走り出す。もうもうと舞い上がり視界をふさぐ土埃の中、大地の揺れに足をとられそうになりながら、私は叫んだ。


「駄目ぇっ!!」


 しかし私の声に耳を傾ける者などいない。キール将軍を先頭に、イリア率いる反帝国組織に突進していく男達は、私の横を抜けてゆこうとする。服を引っ張ろうとして退けられ、後を追おうとする足は男達の怒号で揺れる大地にもつれ、追いつく事すら出来ない。


 あぁ……。


 なんて私は――無力なのだろう。


 誰にも、この声は届かない。


 止める事も、救う事も――私には出来ない。


「イリア……」


 大地を、空気を揺るがしていた声が遠ざかってゆく。次第に縮まっていく【力】を持つ者と持たざる者との距離。


「止めて……お願い……」


 まさに互いの戦力がぶつかりそうになった瞬間、見覚えのある閃光が走った。ミュラシアの聖堂が崩れ落ちた時に立ち上った閃光――。


 馬の高い嘶きが聞こえたと同時に男達が宙に弧を描いた。そして迫る土埃を纏った突風。嵐の海に打ち寄せる高波の様に早く、激しい地鳴りを伴って襲いくる風。


 私の体は動かなかった。迫り来る恐怖に、まるで金縛りにあってしまったかの様に、目を閉じる事すら、出来なかった。


「……!!」


 風が体にぶつかる瞬間、その一瞬だけ視界が晴れた。その一瞬だった。




 目が合った。




 確かに、今、漆黒の瞳が、私を見た。その目を見開き口を動かしたのを、私は見た。




 それはきっと、最初で最後の一瞬のチャンス。そう認識した瞬間、私の視界はぐるりと反転した。頭の中に、直前まで感じていた恐怖は無かった。ただ悲しかった。イリアを止められなかった事。再びこの【力】を使わせてしまった事。


「ごめんね……」


 【力】によって切り裂かれ、噴き出した血が美しい弧を描くのを見ながら、私の体は地面に激しく叩きつけられた。




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