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第39話 誓い


「――のせい、なのか」

「気に病む――ない」

「で――」

「――――らの大願の為――」


 まどろみの中、声が聞こえた。シィンとダリウスの声だ。内容は分からない。ただ、揉めている――そんな不穏な様子だけが、聞こえてくる言葉の端々に見え隠れしていた様な気がした。







 目が覚めた時、昨日まで感じていた体の節々の痛みは、跡形も無く消えていた。十分な休息を得て、すっかり体力が戻った様だ。起き上がり窓辺へ向かう。差し込む日差しの強さが、もう既に日が高く登っている事を教えてくれた。


 丸一日眠っていたのかもしれない、そんな事を考えながら外を見ると、遠くにシィンとアイリがいた。手を引かれながら歩く二人の姿はまるで兄弟の様だ。アイリは、途中視線に気付いた様で、窓辺に立つ俺に手を振ってきた。続いてシィンも俺に満面の笑みを向けてくる。そんな二人の様子が微笑ましくて、俺の頬も弛んだ様な気がした。


「おーい、もう大丈夫なのかー?」


 シィンの大声が通りに響いた。元気な奴だな、そう思いながらシィン達に分かる様に大きく頷いた。隣でアイリは笑っている。


「無理すんなよー」


 そう一言残して二人は雑踏に消えていった。そんな二人の姿を見送りベッドに腰掛けたその時、部屋のドアがノックされた。はい、と返事をすると嗄れた声が帰ってきた。


「イリア殿」


 やってきたのはダリウスだ。その表情は柔らかい。


「シィンの声が響いておりましたな」


 ふぉふぉと笑うダリウス。子供は元気が一番、と付け加えてテーブル脇の椅子に腰掛けた。


「もう起き上がって大丈夫なのですか?」


 ダリウスは一呼吸おいて尋ねた。俺が頷くのを見ると、それは良かった、と窪んだ目を細めて微笑んだ。そのまま沈黙が訪れた。ダリウスは何か言いたげに視線を向けるが、口を開こうとはしない。恐らくは病み上がりの俺の体調を考慮して言いあぐねているのだろう。


「どうかされましたか」


 声をかけると、ダリウスは長い髭を撫でながら口を開いた。


「それが……まだ万全の体調ではないでしょうので……言いにくいのですが」


 言葉を濁すダリウス。しかしダリウスの言いたい事の見当はつく。持たざる者達の事だろう。


「ダリウス殿、俺はもう大丈夫です」


 俺の言葉を聞いてもなかなかダリウスは本題に移ろうとしない。ダリウス殿、と目の前の老人の名を呼ぶと、彼はふぅと大きく息をついて呟いた。


「動きが、ありました」


 髭を撫で、ダリウスは続ける。


「持たざる者達が、結集しつつあります。帝都、そしてミュラシアで生き残った者達が不穏な動きをしていると、シィンからの報告がありました」

「そう……ですか」


 いよいよ始まろうとしているのだ。【力】を持つ者と持たざる者との戦いが。


「……キール将軍は瀕死の重傷を負いながらも、生きていたそうです」


 あの将軍が生きていた、その事実は別に驚く様な事では無かった。寧ろ、その可能性が大きいだろう事を、【力】を使った俺自身が分かっていた。


 彼を突如として現れた暴徒から守ろうと盾になった兵士達は、恐らくそのまま俺のこの【力】の盾にもなっただろう。その考えに少なからず反発しながらも、兵士達は命を賭け将軍を守ったのだ。


「……それでは、将軍が持たざる者達を率いて来るのでしょうね」

「……恐らく」


 兵士達に守られたとは言え、ひどい怪我を負っただろう。けれどきっと彼は俺達に向かって来る。あの時、何の家柄も、階級も無い俺達に頭を下げ詫びた時の様に確固たる意志を持って、再び現れるだろう。古き国を、そこに住まう者達を守る為に。――そして俺は、それをこの【力】を以て討つ。共存の道が閉ざされた今、お互い譲れない。


「ダリウス殿、持たざる者達は一体どこに?」

「……帝都に。その数は日々増え続けております。旧き体制を崩したくない者がどれ程多い事か」


 ダリウスはさめざめとした表情で額を押さえた。そして何かを思い立ったかのように立ち上がるダリウス。そのまま窓辺へと向かうのを見送る。目を細めて外を眺めながら、ダリウスは言った。


「けれど、それももう終わるでしょう」


 イリア殿、とダリウスが俺の名を呼ぶ。ダリウスは俺の方に向き直り、真摯な眼差しを向けてきた。


「我々の準備は出来ております。後は――貴方次第です」


 俺が、その日を決めるのだと、そうダリウスは言っているのだ。立ち上がる日を、変革をもたらす日を。


 目を閉じ思う。【力】を持つ者達が堂々と生きる世界を。微笑みを絶やさず生きられる新しい世界を。目を開けると、ダリウスはじっと見据えていた。俺の答えを、待っている。


「――それでは、これより三日後に」


 その答えに特に深い意味は無い。けれど、蜂起するにあたって話し合いは必要だろう。入念な準備だって怠る訳にはいかない。そう考えるとその答えが妥当である様な気がした、それだけだ。


「そうですか。それでは、皆に伝令を」


 ダリウスはそう言い残して部屋を後にした。ベッドにずっと腰掛けていた俺は上体を倒して天井を仰ぎ見た。


「始まる……いよいよ……」









 その日の晩、幼い子供を除いた全員が急遽開かれた会議に参加した。勿論それは三日後に控えたその日に向けての計画を練り、実行に移すために、どの様な準備が必要なのかを話し合う場だ。


 たった数十名でどうやって国を討ち滅ぼすのか――。鍵を握るのは俺の破壊の【力】であり、それを欠けば敗北は免れないとダリウスは言う。


 確かに今ここに集まる皆の持つ【力】は戦う為の【力】ではない。シィンの持つ世界を移動する【力】、ダリウスの持つ【力】を持つ者を察知する【力】も、その用途を考えれば、決して戦に向いたものでない事は明らかだ。自身の村を焼いたというテオの炎を操る【力】だって、本来であれば生活に利便をもたらすものなのだ。本当に破壊のみの用途しかない【力】は、俺の持つ【力】だけ。


「まずは我々が先発して、敵を陽動しましょう」


 口を開いたのは、今ここに集まる人々の中でも若い部類に入る男だ。眼鏡をかけ知的そうな雰囲気和醸し出すこの男の名は、ダイン。


「しかし、ダイン。そんな余裕があるか?」


 問いを投げかけた初老の男は禿げあがった頭を掻きながらダインを見る。戦力を分散する余裕などこの組織には無い、と詰め寄る男にダインは冷静に応えた。


「ルド、分かっているだろう? 俺達の戦力の要はイリア殿だ。皆で揃って帝都へ向かってみろ、顔を知られているイリア殿が真っ先に狙われる」


 ルドは年若いダインに言いくるめられ、ぐっと言葉を飲み込んだ様だった。周囲の者達は、ダインの言葉に同意するように頷いている。


 俺には皇帝殺害の容疑がかかっている。勿論それは事実であり、数多くの手配書が、この大陸に、下手をすれば世界中に出回っている。当然、一番の脅威となるこの【力】を持つ俺が狙われるだろう。


「私達は盾にならなくちゃいけない」


 そう言い出したのは女性だ。確かアリーシャとダリウスに呼ばれていたのを記憶している。


「新しく国を創る為に死ぬんなら、本望だよ」


 アリーシャは声高に言った。それに呼応するかの様に、その場はざわついた。


「そうだ、俺だって惜しくはない」

「私だって」

「新しい国の為なら」


 皆が立ち上がる。新しい国を創る為に命を投げ出す事など惜しくないと、叫んでいる。


「イリア殿、どうかこの国をよろしくお願いします」


 立ち上がる皆の視線が集中した。任せて下さい、という言葉を待っているのかもしれない。でも――。


「それは――出来ない」


 俺が発した言葉に、先程とは違う意味でざわめく室内。顔をしかめ、見合わせあうその表情には戸惑いの色が浮かんでいる。横ではダリウスとシィンも目を丸くしている。


「イ、イリア殿!?」

「何を……?」

「何故!?」


 皆、分かっていない。何の為のこの【力】なのか、誰の為に俺はこの【力】を使うのか。


 座り続ける俺に皆の視線は尚も降り注いでいる。俺の言葉の真偽を、意味を探ろうとするその視線は鋭い。俺は続けた。


「俺は貴方達を救う為に【力】を使うと決めたんだ」


 左右を見渡す。ざわめきはだんだんと小さくなり、部屋はやがてしんと静まり返った。

 そうだ。俺が【力】を使う為に、逆に救うべき人を死なせるなんて、何の意味も無い。俺の為すべき事は一つ。


「貴方達を、死なせはしない」


 彼等にはするべき事がある。国を滅ぼした後に、新しく創り直すという途方もなく労力の伴う事が。ただでさえ少ない人数を減らすわけにはいかないだろう。


「俺が前に立ちます。そして必ず――この馬鹿げた国に終止符を」


 静まり返った部屋に歓声が響いた。人々の顔からは困惑の色が消え、歓喜の表情へと変化してゆく。




 俺は、誓おう。

 必ず――彼等を安住の地へ導くと。



 

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