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第31話 変わらない場所


 俺は救いたい。彼等を。

 ただ、願いはそれだけだ。







 この組織に参入し分かった事。俺は今まで安穏と生きすぎた。いくらカラファが他の大陸より【力】を持つ者に対する迫害や偏見が少なかったとはいえ、知るべきだったのだ。今、この世界中のどれ程の人間が迫害に苦しみ、処刑されるという事実に恐怖しているのかを。ここに集まる物達は、彼等の一角に過ぎないのだ。


 両親に気味悪がれ捨てられた子供達。友人に裏切られ処刑される危機に陥った者達。【力】をひた隠し、今日まで大事な者を得ることすら叶わず、寧ろ失い続けていた者達。【力】を持たない者達が当たり前の様に享受している生活を切望する彼等――。彼等の願いはたった一つなのに。ただ、生きたいと。人間らしく生きたいと願っているだけなのに。


 何故【力】を持つ者を迫害するのか? 答えは簡単だ。怖いんだ。自分達に無い未知の【力】が。確かに使い方を誤れば、それは脅威となる。だけど彼等が何をした。裁きを受けるのは、俺の様な者だけでいいんだろうに。


「何してるの?」


 そう問いかけてきたのはシィンだ。いつの間にか俺の後ろに立っていたシィンのきょとんとした目で俺を見るその表情は、やはりまだ幼さを残している。俺はそんなシィンに笑って見せた。


「今回は大丈夫だったでしょ?」

「そう言えば……そうだな」


 俺達はミュラシアに来ていた。本当の俺達の世界のミュラシアへ、【力】を持たざる者達が支配する世界のミュラシアへ。


「慣れるまでが大変なんだ、みんな」


 シィンは白い歯をにっと見せた。


 世界を移動した時のあの頭痛や吐き気は今回は全く無かった。それは慣れなんだとシィンは言う。他のみんなも初めてあっちに行った時は酷かったと。


「みーんな、動けなくてさ。参ったよ、あの時は」


 そう言ってシィンは苦笑すると、両手を高く上げて伸びをし、ふぅとため息をついた。


「明日だね」

「ああ」


 帝国から書が届いた時はまだひと月先だった和解の議は既に明日に差し迫っていた。その間沢山の人の話を聞いた。誰しもが言う事――早く元の世界で平和に暮らしたい。安全で平和な別世界よりも、自分達が生まれた世界で暮らしたいと、皆願っているのだ。俺はそんな皆の願いを代弁するダリウスの付き添いに過ぎない。それでも見届けたい。サラの願いの成就する瞬間を、チェリカが生きる筈だった世界が生まれ変わるその時を。


「どこ行くの?」


 唐突に歩き出した俺にシィンは声をかけてきた。不安げに一人佇むシィンは、宿で待ってるよ、と後ろで言った。


 行く場所は決まっている。このミュラシアで和解の議が行われると決まった時から、行こうと決めていた場所だ。






 微かに歌が聞こえてきた。賛美歌だ。確か初めて訪れた時にも聞こえていた様な気がする。今、俺の目線の先には聖堂があった。以前何度も足を運んだ、あの聖堂が。見上げると仰々しく、そしてその雰囲気は神々しくもある。


「やっぱり、違うな」


 今、目の前にそびえ立つ聖堂は、先程までいた世界のそれとは明らかに違っていた。それは当然の事で、それこそがこの世界とあちらの世界との違いだった。


 あちらの世界にはこの世界の様な迫害は無い。【力】を持つ者が持たない者を助け、共存する世界――それがあちらの世界だ。この世界の根底に存在する教えが無いあちらの世界には、聖堂など無用の長物なのだ。だからこそ、ダリウス他皆の本拠地となっている訳だが。


 扉に手をかける。重厚な音を立てて扉が開くと、それまで内側で響いていた賛美歌が外へと溢れ出た。目の前の大きなステンドグラスから降り注ぐ色鮮やかな光は、一層聖堂の雰囲気を神々しいものに変化させている。その中流れる賛美歌、教えを請う巡礼者、目を閉じ祈り続ける者達。何も変わっていなかった。サラと初めて訪れた時と全てが同じだった。


 いや、一つだけ違う事――もうサラはいない。


 俺は聖堂の隅の壁に寄りかかった。前に進み出る様な事はしない。いくら巡礼者のローブを着ていたとしても、今この世界の人間に顔を見られるのはまずい。明日の和解の議に支障が出る様な事になってはならないのだから。


 目を閉じ願う。明日の和解の議が無事に終わる様に。【力】を持つ彼等が安住の地を得られる様にと。









「あの……」


 それは宿へと向かう道の途中での出来事だった。女の声は誰かに呼びかける。それが自分の事だと気付いたのは、女が三回目に呼びかけた時だった。フードを深くかぶり直して振り向くと、そこにいたのは小柄で、同じく巡礼者のローブを着た女だった。


「すみません……」


 女は軽く息が上がっている。小さく肩を上下するその姿は酷くか細い。


「聖堂までの道が分からなくて……。同じ巡礼者の方なら分かるかなって」


 聖堂なら、巡礼者でなくてもこの町に住む人間なら誰でも分かる様な気もするが。しかし息を切らせ、何度も呼びかけてきた女を適当にあしらうのも悪い気がして俺は聖堂までの道を引き返すことにした。顔が見えないよう再度フードを深くかぶり直す。


 女は聖堂までの短い道のりの間、よく喋った。フードから垣間見える栗色の髪はサラと同じだった。小柄な女の歩幅は狭い。年は離れているが、とたとたと小走りをするその姿はカラファで一人待っているだろう妹を思い出させた。ユナ――元気にしているだろうか。俺のせいで酷い目に遭ったりしていないだろうか。大手を振って妹に会いにいけない自分が嫌だった。


「わぁ……!」


 追いついた女が感嘆の声を上げた。聖堂前に辿り着き、眼前に荘厳とそびえる聖堂を見上げ女はしきりに感動し、その美しさに見惚れている。


 とりあえず役目は果たした。その場から離れようとしたその時、女は慌てて振り返り、大きな声で言った。


「わさわざ案内して下さってありがとうございました!」


 後ろを向くと、小柄な女は手を大きく振り、笑っていた。俺が誰であるかはバレていない様だ。皇帝を殺害し、都を壊滅状態にした男に、あんな笑顔は向けられる筈は無いのだから。












「お帰りー」


 宿にはシィンとダリウスがいた。部屋の扉を開けた時何かを話し合っていた彼等は、俺の姿を見て歩き寄ってきた。


「遅かったですな」

「あぁ……、すまない」


 道案内をしていた事を言うと、二人は苦笑した。


「危ねー! バレたらヤバいのに」


 シィンは目を丸くして驚いたが、ふっと笑って続けた。


「協力して貰ってる俺が言うのもなんだけどお人好しなんだな、あんた」


 バレなかったから良かったものの、確かに軽率だったかもしれない。もしあの女に俺がイリア・フェイトだとバレてしまっていたら騒ぎになっていただろう。そうすれば明日は和解の議どころでは無かった。


 俺が素直に詫びると、ダリウスはシィンの肩をポンと叩き言った。


「イリア殿は優しいのだよ。困っている者を放っておく事が出来ない。だからこそ今、ここにおられるのではないか。さぁ座りなさい、シィン」


 そう言うとダリウスはもう一つ余っていた椅子を引き、さぁイリア殿も、と続けた。 俺が座ると、ダリウスは真剣な目をこちらに向けてきた。


「明日は私達三名と他に若い者を連れて行こうと思っております」

「……ダリウス殿に全てお任せします」


 俺がそう言うとダリウスはふっと笑った。目尻の、そして顔中に出来た皺が今まで彼が受けてきた苦労や悲しさを彷彿とさせた。


「明日が終われば、私達に安住の地が得られるわけです。やっと……やっと……」


 ダリウスは目頭を押さえる。彼等にとっては待ちに待った日なのだ。無理も無い。


「でも、大丈夫かな……。奴らは今まで俺達の仲間を……」


 シィンは不安げな口調でダリウスの言葉を仰ぐ。それもまた、無理は無い。ずっと虐げられ、そして捕まり処刑されてきたのだ。不安になるのは当然だろう。けれど明日の和解の議はあちらからの申し出だ、きっと成功する筈――。俺が心配に思うのは内通者がいるという事だった。


「大丈夫、大丈夫だよ、シィン。きっと――」


 きっとその言葉に理由などない。むしろその言葉にはダリウスの願いが込められている様に感じた。しかしシィンは老人の言葉で幾分不安は解消されたようだった。













 その晩、俺は夢を見た。


 真っ暗闇の中の俺を呼ぶ声。振り返ると、そこには懐かしい姿があった。小さな手を力いっぱい振り、笑顔を俺に向けている。そんな事して、また発作が起きたらどうするんだと思いつつ、大分長い間会っていなかった事実に、俺は表情が緩むのを感じた。


 たった一人の家族――ユナ……。



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