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第29話 歩み寄る気配


 薄暗い空がだんだんと白んできている。朝日が暗闇に慣れた目に辛かった。


「朝、か」


 辺りには酒の匂いが未だに充満している。安い酒だった、けれど不味くはなかった。決して酒に弱い訳ではないが、恐らく疲れが出たのだろう、早くに酔い潰れて寝てしまった俺は、朝日が昇る様子を窓辺から眺めていた。


 宴だと酔い騒ぐ人々は何も変わらなかった。酒を飲んでは騒ぎ、嬉しい事態に歓喜し、悲しい過去に涙を流していたその姿は【力】を持たない者と何ら変わりはなかった。ただ【力】を持っているというだけ。


 彼等に協力すると答えた事に後悔は無い。きっと俺にしか出来ない――だから、やる。どんな汚名を受けても構わない。いや、もうこれ以上汚名を着せられる事もないだろう。


「……?」


 外を眺めていた俺の目にぼんやりと人影が映った。誰だ、こんな朝早くに。巡礼者だろうか?


「……シィンか?」


 だんだんと鮮明になってきた輪郭には見覚えがあった。シィンだ。のろのろと歩くその姿は間違いない、シィンだ。どこかへ行っていたのだろうか。そう言えば、夕べの宴の席からもいつの間にか消えていた様な気がする。


 ギィと音をたて聖堂の扉が開く。本人からしたら音を殺しているのかもしれないが、寝静まった室内に音は嫌に響いた。


「あ……早いね」


 室内に入ったシィンが俺に気付いた。

まさか起きている者がいるとは思っていなかったのだろう、酷く驚いた顔をしている。


「お前もな」


 俺のかけた言葉を受けシィンはぽりぽりと頭を掻き、目ェ覚めちゃってさ、とおどけて答えた。そのままシィンはこちらに向かってきて俺の横に座った。こんな朝早くから何をしていたのだろう。尋ねるより先にシィンが口を開いた。


「あんた、酒弱いんだね」


 今度は俺が頭を掻く番だった。


「それ程弱い訳じゃないんだけどな。思った以上に疲れてたらしい」


 そっか、とシィンが呟き沈黙が訪れた。

思えば酒なんていつ以来だろう。もともと普段から酒を嗜む習慣など無かったが、少なくともチェリカが帝国軍に連れていかれてからは飲んでいない。そう言えば食事らしい食事をとったのも久し振りだった。思えば、サラが死んでから殆ど何も口にしていなかった。だからだろう、折角の料理もあまり食べる事が出来なかったのは。


 夕べの宴で、俺の【力】は彼等にとって心底必要とされていた事が分かった。皆、迫害され続けていたのだ。明日捕まり殺されてしまうかもしれないという不安を抱えながら生きてきたのだ。その事を涙ながらに語る彼等を、俺は守りたいと思った。救いたいと思った。チェリカは、サラは救えなかったから――今度こそ。


「二人とも早いお目覚めですな」


 その時、老人の声が聖堂に響いた。


「ダリウス殿」


 ダリウスは長い髭を撫でながら俺達へと近付いてくる。夕べはあまり言葉を交わすことはなかったが、その柔和な表情にも、落ち着いた声にも、ダリウスには人々の先頭に立つべき人物なのだろう雰囲気が滲み出ていた。彼には威厳が満ちていた。


「夕べは早く休まれた様ですが、体調でも優れなかったのですかな?」

「いや……」


 並んで座る俺達の前にダリウスは立った。俺の顔を伺い見るように目を細めた。


「そうですか。……ところでイリア殿、早々で申し訳ないのですが、折り入って話があります。よろしいですかな?」


 ダリウスはそう言うと奥の部屋を指差し手招きをした。俺はそれに誘われるがまま、奥の部屋へと向かった。


 扉をあけると、部屋の内部は聖堂のホールに比べて大分質素な造りだった。必要最小限の家具と窓には白い無地のカーテン。当然と言えば当然だが、生活感のあまり感じられない部屋だった。


「お掛け下さい」


 部屋の中央にあるテーブルの椅子を引きダリウスは言った。その向かいの椅子に腰掛け大きく息をつくと、彼は懐から何やら紙切れを取り出した。そして丁寧に折り畳まれたそれを開くと、俺の前に差し出した。俺は差し出された紙に書かれた文字を読んだ。


「ダリウス殿、これは?」


「今朝、シィンにあちらに一度偵察がてら戻って貰ったのですが……」

「帝国からの書、ですか?」


 ダリウスは髭を撫でながら、えぇ、と頷いた。


「『和解の議を申し入れたい』と?」


 俺はこんな組織の存在など知らなかったが、国には知られていたのか。俺はしげしげと書を眺めた。一番下には帝国の紋章と、『キール・シャロン』と署名がしてあった。勿論これは皇帝の名ではない。確か将軍の名だったなと、俺は記憶していた。


「明後日……!?」


 文面に書かれた和解の議を開きたいという日程は随分と急だった。俺の驚く様子を見てダリウスは深い溜め息をついた。


「……どうやら、イリア殿に協力を仰いだ事が、軍に漏れているようなのです」


 情報が漏れている、という事は――。


「恥ずかしながら、我々の中に内通者がいるという事です」


 ダリウスは大きく息を吐いて、がっくりと肩を落とした。落胆する老人の姿は見るに痛々しかった。


「これは、脅迫という事ですか?」

「いえ、彼等も馬鹿ではありますまい。破壊の【力】を持つイリア殿を仲間に迎えた今、その様な軽はずみな行動をする事もないでしょう」


 【力】を使い皇帝を殺し、チェリカやサラの処刑に居合わせた人々をも殺めた俺は、今や大罪人だ。そんな俺を仲間に引き入れた彼等を討つのではなく、和解を申し入れるとは――それ程この【力】は逆らいがたいものだというのか。


「ただ、イリア殿もお察しの通り、この書で我等は彼らよりも優位な立場であることが分かりました。……言葉は悪いですが、多くの人を殺めた結果として、破壊の【力】という彼等にとって未知なものに恐怖を植え付けることに成功した、という事です」


 多くの人々を殺めた――その言葉は胸に刺さった。けれど、事実だ。あの時の自分に対しての嫌悪感、そして俺自身の【力】に対する恐怖感。きっと、これから先も忘れる事は無いだろう。けれど、それ以上にチェリカやサラを失ったという衝撃は大きかった。だから決めたんだ。もうそんな犠牲者を出さない為にも、世界を変えると。


 和解の議、確かに成功すればもしかしたら、世界の馬鹿げた思想は消えるかもしれにい。


「……和解の議を執り行いましょう」


 ダリウスは低く嗄れた声で言った。


「彼等が歩み寄ろうとするのなら、我々にそれを拒む理由はありません。寧ろ、血を流さずに安住の地を獲られるのなら、それにこした事はないのですから」


 そうだ、もしこの【力】を使わずとも世界が変わるというなら――それはなんて幸せな事なんだろう。


「そうですね……」


 その時はどうしようか。俺は、俺のこの【力】は受け入れられるのだろうか。いや――そうなれば、俺が世界の表舞台に立つ事も無いだろう。だったら人知れずひっそりと生きていけばいい。生きる事が贖罪なんだから。ひっそりと生き、誰も知らぬ間に死んでいけばいい。


「ただ、日程はこれより一週間……いえ、二週間後と致しましょう」

「え……?」


 ダリウスは俺の思考を遮って言った。なぜ? 早ければ早いほどいいだろうに。


「我々にも準備があります。皆にも話さなければ。……流石に明後日は急すぎるというものでしょう」

「二週間も……必要なのですか?」


 俺はダリウスに尋ねた。和解する為の議を日延べにする意図が見えなかったからだ。


「……仰る事は分かります。しかし、イリア殿もまだ我々の仲間になったばかり、そして血気盛んな若者達の説得にも時間を要しましょう。やはりこれ位の時間をかけなくては」


 そういうものなのだろうか。少し時間をかけすぎの様な気もするが、【力】を持つ者達を今まで束ねてきたダリウスの方針だ、従うしかないだろう。


 ふと窓を見ると、大分日が高く昇ったらしい、眩しい程の日の光が降り注いでいた。よくよく耳を傾けてみると部屋の外からも人の声が聞こえてきた。昨晩、酔い騒いだ人間達が目を覚ましたのだ。


「皆、目を覚ましたようですな」


 そう言ってダリウスは立ち上がると、俺の顔をじっと覗き込んだ。


「イリア殿はもう少し休んだ方がよろしいでしょう。少し顔色が良くない様だ。和解の議の件は責任持って私が皆に伝えましょう。その日までに倒れられてしまっては大変だ」


 ダリウスは窪んだ目を細めてふぉふぉと笑った。そして部屋から去ろうとドアに手をかけると、何かを思い出したかの様に動きを止め、呟いた。


「内通者の事は皆には黙っていて頂きたいのです。今、皆の不安を煽るのは良くないですから」

「……分かった」


 ダリウスは俺の返事を聞き届けると、ふむと頷いて部屋を後にした。扉がパタンと閉まると、外の騒がしさと比べて部屋の静けさが浮き立った。一人残された俺は、窓際に立ち外を眺めた。


「和解の議、か……」


 【力】を持つ者と持たない者とが共存する世界を創り出す第一歩となるのだろうか。もしもっと早くその様な話に行き着いていれば、サラは死ななかっただろうに、チェリカが理不尽に処刑されることもなかったろうに。俺も、こんな【力】――いや、もう何を後悔しても遅い。俺はただ彼等に協力するのみ。


 気懸かりなのは内通者がいるという事だ。無事に二週間後の和解の議が成功すればいいが――。



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