歴史 ---真実・4---
破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。
真実・4――【力】を手にした者の運命。運命は時には優しく、時には残酷で。
目の前に広がる惨状。再び繰り返される光景。火の海から黙々と吐き出される黒煙は空を更に黒く染め上げていく。家屋は崩れ落ち、地面には大きなひび割れが数多く走っている。辺りには何かの焼けた匂いが漂っていて、一瞬吐き気をもよおしかけたが唾を飲み込んで我慢した。
一瞬後ろで呻き声がしたことに気づき振り返ると、先程居眠りをしていた門番が、鎧が大きく裂けた胸の辺りを抑え俺を見据えながら、よろよろと歩いていた。
「お、まえ……な、にも……のだぁ」
息も絶え絶えにそれだけ言うと門番は倒れ込んだ。気力だけでここに向かって来たのだろう。俺はくるりと前を向き直足を城門へと進めようとした。赤々と燃える炎は熱風と黒煙を絶えず吐き続けている。
その時黒煙の中から数名の兵士が現れた。恐らくは騒ぎを聞きつけた城門の門番だろう。走ってこちらに向かってくる兵士達は手を振りかざし、何も無い空から剣や槍を取り出したり、飛び道具を宙に浮かばせたまま近付いてきた。
「【力】、か……」
それは確かに【力】を持たない者には驚異で逆らい難いものだろう。皇帝を守るため訓練された【力】――けれど、俺には――関係無い。
兵士は氷でできた矢じり程の長さと鋭さを持った飛び道具を俺めがけ飛ばし、武器を振りかざした。俺は再び目を閉じた。兵士達の気配を耳で、肌で感じた。
目を開いた瞬間、それは目の前にあった。あと一秒でも遅ければ、俺の命はその【力】に刈り取られていただろう――けれど。その瞬間兵士達は武器もろとも後ろへ吹き飛んだ。瞬時に数多くの裂傷を負い、温かな赤い血を噴き出しながら。俺の発した【力】はそれだけでは飽き足らず周りの瓦礫にも大きな裂傷を刻んだ。吹き飛んだ兵士達は地面に激しい音をたて落下しそのままぴくりとも動かない。
これが俺の【力】。人を傷つけ殺める【力】。
俺は再び歩き出した。黒煙が立ちこめる中、先程の兵士達の血しぶきを浴びた俺の姿はきっと邪悪で、【力】を持つ者の世界を破壊し尽くそうとする俺は【力】を持つ者達にとって死に神にも近い存在なのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら俺は歩き進んでいた。
「貴様! 止まれっ!」
目の前で声がして顔を上げる。そこには都の赤々とした炎の影が映り込んだ、高く、そして荘厳とそびえ立つ城壁があった。その前に一息には数え切れない程の兵士がずらりと隊を組んで立ちはだかっている。
「貴様、シオン・グラントだな。我が皇帝陛下の命を奪いに来たか!?」
兵士達の言葉を無視し足を進めると、耳元に空を切る様な音がした。振り返ると、そこには手にした武器で今にも俺の体を貫こうとする兵士がいた。刃が服を突き抜け肌に触れた瞬間、その兵士は先程の兵達同様後ろへ吹き飛んだ。やはり同じくしてその体に多くの裂傷を刻んで。
「ふぅ……」
危なかった。今の兵は恐らく瞬間移動の様な【力】を持っていたのだろう。気付くのがあと数秒遅ければ、俺は貫かれていた。
先程の兵士が吹き飛ぶのを目の当たりにして目の前で隊を組む兵士達は明らかに動揺していた。ざわつき、隊は乱れ、俺を見る目は怒り、と言うより恐れに近いものがあった。彼等だって死にたくないだろう。こんな所で命を失いたくはないだろう。
「仕方ないんだ」
もうとっくに共生の道を選べる時は過ぎ去っている。この世界の大多数を占める【力】を持つ者達は、少数しかいない持たない者を虐げ続けるだろう。恨むのなら――今、この時に、【力】を持たない俺に、破壊の【力】を与えた神を恨んでくれ。
目の前の兵士達はある者は炎を操り、ある者は辺りに蔓延している黒煙で視界を遮り、ある者は高く跳躍をしながら武器を構え激しい怒号と共に襲いかかって来た。
目を閉じた俺の耳に兵士達の声は酷くゆっくりと近付いてくる。鼓動の音だけが嫌に耳に響く。
ゆっくりと目を開いてゆく。
兵士達の死に物狂いの顔が見えた。
怒号が大地を揺らしている。
そして――体の内から力が溢れた。
「ああぁぁあぁぁっ!」
それは自分の体までが引き裂かれそうになる程の【力】の放出だった。空気はビリビリと震え、大地は裂け、城壁は崩れ、兵士達は瞬時にこの【力】に命を刈り取られた。火の海はますます大きなものとなり、蔓延する黒煙は僅かな視界をも奪っていく。 そんな瓦礫と死体と嫌な臭いだけが支配する場所に俺は一人立ち尽くしていた。
人の声はしない。ごおごおと音をたてながら燃え盛る炎と、時折聞こえるガラガラと瓦礫の崩れる音だけが響いている。俺はその中、一歩、また一歩と進んだ。
ぐにゃりと歪んだ城門をくぐり、今にも崩れ落ちそうな瓦礫を慎重に乗り越える。場内の石壁はそこかしらが崩れ、予想以上にダメージが与えられていた。照明は落ち辺りはよく見えないが、目を凝らすと、崩れた瓦礫や照明の下敷きになっている兵士がごろごろとそこら中に倒れ込んでいた。
上階への階段を目を凝らし見つけ、まさに登り出そうとした瞬間、頭上で嗄れた声が響いた。
「上には行かせんぞ!」
見上げた俺の目に映り込んだのは、まるで腕を刃の様に見立て構えながら上階から飛び降りてくる影だった。あまりに突然現れた影に一瞬判断の遅れた俺の左肩に落下してきた影の腕が掠めた。ごろりと転がると左肩に痛みが走った。上階から落下してきた影は着地した瞬間にもうもうと砂煙をあげた。
「……っ!?」
反射的に押さえた左肩からは鮮血がぽたぽたと流れ落ちていた。
「よく避けられたものだな、若造」
砂煙が晴れそこに平気な顔をしながら現れたのは老人だった。身に着けている鎧には先程までの兵士達の様な簡素な造りではなく、美しい装飾が施され、数多くの勲章がつけられていた。ぱっと見ただけでこの老人は、位が高く、そして多くの功績を残している軍人なのだということが分かった。
「貴様………ハンのシオン・グラントだな。その【力】、陛下の為に使えば良かったものを……」
老人は純白のマントを翻し近付きながら言った。
「何故【力】を持ちながら謀反を起こそうとする? その【力】を持ってすれば将軍にすら登り詰めることも出来たろう」
腕を構え間合いを詰めてくる老人は、さも残念そうに白い眉を下げて言った。にじり寄る老人との距離を保つ為に俺は一歩、そしてまた一歩と下がる。すると老人はピタリと立ち止まり、辺りを見渡してから、ほぅと息を漏らした。
「こんな逸材、なかなかお目にかかる事など無いのにのう。いや、実に惜しい。よく今までその【力】隠しておれたものだ。……しかし」
嗄れた声がこの【力】をひとしきり讃え、辺りをぐるりと見回した後、老人の眼光鋭い目があった。
「この国に、そして皇帝陛下に仇為す者を生かしておく訳にはいくまい」
そう言葉を発した瞬間、老人は見た目に似つかわしくない程のスピードで突進してきた。姿勢を低くしながら両腕を交差し、刃の様に見立てながら。肩の痛みと、予想外の老人のスピードに油断した俺は、一瞬【力】を放出するタイミングを見誤った。
老人の交差した腕が勢いよく下へと引き下ろされた瞬間、空気が、そして体が切り裂かれるのを感じながら、俺は後ろに倒れ込みそうになった。
「ぐ……っ」
両足を踏ん張り、なんとか体勢を崩さずにはすんだが、体にはバツ印型に裂傷が刻まれた。傷は肩のもの以上に深く、そしてふらつく足下にぼたぼたと真っ赤な血がこぼれている。
「はぁはぁ……」
「タフじゃの」
呟いた声の主はかつかつとゆっくり足音をたてながら、片膝をついた俺の周りを歩いている。時折腕組みをして立ち止まり、ふむと頷きながら。傷の痛みに目眩さえ覚えた俺の耳には老人の呟きは聞こえてはこない。
きっとこのまま諦めてしまえば、俺の願いは叶うだろう。
顔を上げると目の前には腕を高く掲げ今にもそれでを俺の心臓めがけて貫こうとする老人の姿があった。一瞬、その腕が振り下ろされようとしたそろ瞬間、リリーの顔が脳裏を横切った。
駄目だ。俺はまだ、諦めては、いけない――。
老人の手の先が今まさに胸へ到達しそうになった瞬間、俺の内で爆発した力は【力】は閃光と衝撃を放ち、外へ溢れた。
舞い上がる土埃がおさまったそこに老人の姿は無かった。その代わり、言葉では表せない程の惨状がそこにはあった。間近でこの【力】の直撃をくらった老人の体は無残に引き裂かれ四散している。そしてどこに隠れていたのか数人の兵士達も遠くに転がっていた。
胃袋が激しく収縮を繰り返す。嘔吐しそうになる口元を懸命に抑え、俺は今にも崩れてしまいそうな階段を登り上階へと向かった。
上は驚く程静かだった。もう既に殆どの兵を殺してしまったのかもしれないと思いつつ玉座の元へと向かう。そこかしらが崩壊している城内は暗く、そこに至るまで多くの時間を要した。
広間の奥の暗がりにある玉座に皇帝は鎮座していた。その姿は微動だにせず、そして近付いた際に垣間見えた表情は落ち着き、国を奪いに来た賊の事など何の興味も無い、とでもいえるような嘲りに近い微笑を浮かべていた。
「皇帝……陛下」
鎮座しているその体は俺の呼びかけに身動き一つしなかった。
「この国を……変えさせて頂きます」
その時、広間にいくつかある小窓から一瞬鋭い閃光が入り込んだ。そして少し遅れてゴロゴロという音が鳴ると共に、激しい雨音が突然辺りに響きわたった。その一瞬の光は、この国の頂点に君臨する人間の顔を鮮明に映し出した。
その顔には感情というものは存在していなかった。怒りも、悲しみも、恐怖も。前を見つめるその視線は、俺に向けられているのではない。それよりも更に遠く、遥か向こう側を見ているような、そんな瞳だった。
沈黙が続く中、雨音と雷だけが広間に激しく響いている。皇帝はやはり動き出す気配は無い。
終わらせよう。最後にしよう――。
俺は目を閉じ、全神経を集中させた。
その時だった。
「ふふ……はははは」
それまで沈黙していた男はいきなり、せきが切れたかの様に笑いだした。放出し損なった【力】は一旦俺の内側へと戻ってゆく。その間も男の笑いは止まらない。
「はははは……ふふ……は……」
雨音が激しく響きわたる中やっとその笑い声は止んだ。それまで俯き腹を抱えていた男は顔を上げると、鋭い眼光を発した瞳を俺に向けた。今度は確実に、その視線は俺を捉えている。そして、口を開いた。
「変えられるものか」
雷光で鮮明に浮かび上がる表情には薄く笑みすら浮かんでいる。
「繰り返すだけだ」
それだけ言って男は再び笑いだした。狂ったかの様に、男は、笑い続けた。
そして、俺は――【力】を解放した。そのまま視界は白く染まっていった。
「シオン!」
白んだ視界の真ん中にに現れたのはリリーだった。輪郭がぼやけ目鼻立ちもくっきりと見ることは出来なかったが、この声は確かに、リリーだ。
「リリー……」
ぼんやりと見えるリリーの表情が明るくなるのが分かった。
「喋らないで。出血が酷いの。今……手当てするから」
だんだんと視界が晴れていく。そこにいたのはリリーだけではなかった。都の外で待っていた筈の全員の顔があった。皆心配そうな顔で覗き込んでいる。
「城が崩れて城に入ってやっとの思いで広間まで来たら、シオン倒れてるんだもん」
そう言うリリーは今にも泣き出しそうだ。――そうか、俺は気絶してしまったのか。やっと状況を把握し、起き上がろうとすると体が酷く痛んだ。
「……ってぇ」
起き上がろうとした俺をリリーは鋭く睨んだ。
「駄目だってば! 動かないで!」
激しく叱咤するリリーに圧倒されて俺は大人しく体を横たわらせた。するとリリーは今度は何故かしゅんとして整った眉を下げた。
「……ごめん、私達の為に頑張ってくれたのに……。こんな事させて……ごめんね」
首を左右に動かし辺りを見てみる。そこにはかつてこの国の頂点に君臨していた男の変わり果てた姿があった。最早それは事情を知る者でなければ、誰であるのか見当もつかないだろう。俺を囲む人々の顔も俺を心配すると同時に、心なしか恐怖とか、そういったものが浮かんでいる様にも見える。
「リリー……」
俺の呼びかけに今度はリリーは優しく微笑んだ。
「俺……しぶといな……」
なかなか死ねないものなんだな。願っても、願っても。傷つけられようとすれば、反射的に体はそれを庇う様に動き、決死の思いで相手を死に至らしめた。――俺は、本当に――。
「シオン!? シオンっ!」
リリーの声がこだましている。それを 遠くに聞きながら、視界は暗転した。
――俺は本当に死にたいと願っているのか――。
それは暗闇に落ちる瞬間数多くよぎった疑問の中の一つ。本当に俺は死にたいと思っているのか。ならば何故死なない。わざわざリリーと交換条件としてまで協力する必要も無かった。
(けれど彼等は、リリーは必死に希った。【力】を貸すことを承諾しなければ恐らく引き下がらなかっただろう)
望んだ【力】でないならば、何故使った。それ以上人を殺めてどうする。
(けれど、彼等にこの【力】は望まれた。彼等を生かす【力】として)
自分が死んだ後の世界がどうなろうと関係ないはずなのに、何故彼等の為に【力】を使ったのか。
(……見たかった。【力】を持たないものが人間らしく生きる世界を)
(俺は――)
(生きたかったのかもしれない――)
(俺の【力】を必要としてくれた彼等と共に――)
暗闇の中一人立ち尽くす俺の耳に、どこからか声が聞こえた。
世界は変わらない。
聞き覚えのある声だった。しかし辺りを見回してみてもその声の主は見つからない。俺が殺めた男の声は暗闇の中響いている。
ただ、繰り返すのみ――。
その言葉を最後に声は途絶え、そして唐突に暗闇は晴れた。暗闇が拭い去られ目の前には光が広がった。
「シオン……」
光の中からぼんやりと現れたのはリリーだ。心配そうに俺の顔を覗く姿はさっきと同じだ。そして他の皆も俺を囲み見下ろしている。違うことと言えば――天井だ。先程までの半分空が出ている状態ではない。美しいシャンデリアから光が注いでいる、そんな夢の様な光景が頭上高くにあった。
ぼんやりとした思考はそれを確認していきなり活発に働き出した。
「!?」
慌てて上半身を起こそうとすると、腕にベッドの柔らかな感触が伝わってきた。見てみると、それは未だかつて見たことも無い様な豪華で、それでいて素晴らしい肌触りの羽毛布団が広げられていた。驚きは声にならない。
「驚いた? シオンずっと眠ってたのよ。城の改修も大分進んだの」
俺を見て優しく微笑むリリー達。ふと俺は違和感を覚えた。多い。俺を取り囲む人々の中に見知らぬ顔がある。恐らく不審な表情が浮かんでいたのだろう。リリーがそれに気付き嬉しそうに言った。
「世界にはね、大勢いたの。見て、みんな仲間なのよ。みんなシオンみたいな人が現れるのを待ってたの」
こんなに……?【力】を持たない者は世界にこんなにもいたのか。【力】が支配するこの世界で、彼等は身を潜めていたのか。
再び辺りを見渡すと、見覚えの無い彼等の顔はにこやかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「あなたのお陰で」
「本当に感謝しています」
「やっと日の光を浴びて生きてゆけます」
人々は交互に口を開いた。皆俺に笑いかけ、礼を言い、涙している。その時、熱いものが頬を伝わるのを感じた。
「シオン……?」
俺の【力】で彼等を救うことが出来た。人を殺すことしか出来ないと思っていた、この【力】で。
「傷痛むの? 大分塞がったと思ってたんだけど……」
そう言いながら俺の体に触れたリリーを、俺は抱き寄せた。
「ちょ、ちょっ……シ、オンっ!?」
引き寄せたその体は細く、温かかった。リリーは腕の中から慌てて逃れようとばたばたしている。周囲からは冷やかしの声が上がっている。
「シオン〜! どうしちゃったの!?」
逃げようとするリリーの体をきつく引き寄せる。
「リリー」
名前を呼ばれたリリーはびくりと体を捩らせ、俺の顔を見つめた。
「俺……生きてもいいか? あんたらと一緒に、この世界で――」
リリーにだけ聞こえるくらいの小さな声で、俺は言った。リリーは俺の言葉を聞き、目を丸くして聞き返した。
「それ、シオンの願い?」
小さく頷いた俺を見てリリーの顔がどんどん明るくなっていくのが分かった。
「うん。生きよう、一緒に――」
そう言ってリリーは俺の首に腕を回した。俺はリリーの体をきつくきつく抱きしめた。辺りから歓声が上がったが、気にせず俺はリリーの細い体を抱きしめていた。
【力】を持たない彼等は、破壊の【力】を持つ俺を当然の様に受け入れてくれた。更には皇帝を倒した俺に、次代の王になるよう勧めてきたが、それは丁重に断った。【力】を持たない者達の世界は、彼等自身が創り出していかなければならない。【力】を持つ俺はそれに干渉してはいけないのだから。不満などない。むしろ感謝している。こんな俺を受け入れてくれた彼等に。
人を殺める事しか出来ないと思っていた【力】は、彼等を生かす事が出来た。そして今俺はそんな彼等と共に笑い、共に語り、共に生きていた。ずっとそんな時が続くと思っていた。
けれど、その終わりは確実に近付いていた。そして俺はその事実に気付いていながら気付かないフリをしていた。
「シオン、また食べないの?」
それはある食事時の出来事だった。リリーが食事を残した俺に声をかけてきたのだ。
「……食欲が無い」
「そう言って、昨日も殆ど食べてないよね。その前も」
指摘されたのは初めてだった。気付いていたのか。
「具合悪いの?」
隣に来たリリーが俺の額と自分の額と交互に手を当てながら 「熱は無いなぁ」と呟いた。
「大丈夫。心配無い」
俺は心配そうにするリリーを置いて自室に向かった。部屋の扉を閉めた瞬間、激しい吐き気に襲われ、思わず俺はその場に座り込んだ。手で押さえ吐き気が治まると、今度は咳が止まらない。
「げほっ……ごほっ……ぐ……」
口を押さえていた手に液体の感触があった。口元から離した手は赤く染まり、指の間からそれはぽたぽたとこぼれ落ちた。床には赤黒い染みが大きく広がっていった。
破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。
次回。
真実・5――この【力】は君の為に。泣かないでほしい、君には笑顔が似合うから。