歴史 ---真実・3---
破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。
真実・3――殺す【力】、生かす【力】。どちらを使うのか、それともどちらも使うのか。
窓から一筋の日の光が差し込んでくる。鳥の囀りまでもが聞こえる朝を、俺は迎えた。こんな状況だけを考えると、なんて平穏なのだと涙すら流れてきそうになる。まだ日が水平線から顔を出して間もない今きっとこの建物内で目を覚ましているのは俺だけだろう。
「ふっ……」
ふと笑いが込み上げてきた。夕べの騒ぎといったらこの上ない程の馬鹿騒ぎだった。誰もが既に天下を取ったかのように歌い踊り笑っていのだから。俺に笑いかけ、礼を言い、涙さえ浮かべていた者すらいた。皆、俺の【力】だけだとしても、必要としてくれた。彼らを生かす【力】として――。
宴といって用意された食事はどれも粗末で、とっておきだと言いながら出された酒は安い味がした。それでも彼らは笑い合っていた。
中でも俺が目を覚ましたときに、リリーに無理矢理謝りに行かせた中年女性は凄かった。恐らく普段は酒に酔う事など無いのだろう。陽気に笑っているかと思えば、俺の横にきて 「怪我は大丈夫かい? さっきはすまなかったね」と詫び、自分の身の上を話し涙を流した。その話が終わり、またひとしきり詫びると、中年女性は真剣な表情で話し始めた。
「あんた、あたしらのこと馬鹿だと思っているかい? この人数で皇帝を倒すなんて世迷い事って思ってるだろう?」
俺の持っていたグラスの酒は減っていなかったが、中年女性は更に並々に酒を注ぎ、俺の返事を待たずに続けた。
「いたんだよ、つい最近まで、もっと沢山。戦力になるような男もね」
「え……?」
俺はこぼれてしまいそうな程注がれた酒のグラスを置いて聞き返した。
「一カ月前にあたしらは決起したんだ……結果は見ての通りだけどね。惨敗だったよ。皇帝どころか城内にも辿り着けなかったのさ。皆死んだ。今ここにいるのは女子供と、怪我で戦いに参加出来なかったあの男だけさ」
そう言いながら中年女性は赤く染まった顔を伏せた。少しの間女性は沈黙し顔を上げると、とろんとした目を俺に向けた。じーっと見つめるその瞳には、何かを確かめるように様に俺の全身が映し出された。
「あんた、見れば見るほど似てるねぇ」
女性はほぅと息を洩らして呟いた。
「兄弟はいるのかい?」
え、と聞き返そうとした瞬間唐突に女性は尋ねてきた。
「……弟がいたけど……死んだ。俺が、殺した――この【力】で」
女性は俺の言葉に一瞬目を丸くし驚いた表情をしながらも、すぐに何かを思い出したかの様にうんうんと頷き俺の肩にぽんと手を置いた。
「そうだったね……、その【力】はいきなり現れたって話だったね……。辛かったね……」
言いながら女性はまるで母親の様に俺の頭を撫でた。そう言えば幼い頃は母親によく撫でられたものだ。【力】を持たない俺も、【力】を持つ弟にも分け隔てなく愛情を注いでくれていた母親をふと思い出した。
「よく、決心してくれたね。あたしらにその【力】を貸すこと」
俺は頭を撫で続ける女性の手を振り払い答えた。
「リリーに……この【力】で救ってくれと、頼まれた。俺は、この【力】は人を殺めるだけの【力】だと思っていたから――」
女性はとろんとした目を細めて微笑んだ。
「ありがとう。みんな、あんたに感謝してるよ。あたしらも、志半ばに死んでいった仲間達も」
そう言って女性は立ち上がると後ろを向き歩き出した。しかし二、三歩歩くと何かを思い出したかの様にぴたりと立ち止まった。
「あんた」
女性は後ろを向いたまま呼びかけた。がやがやとざわめく室内に女性の低めの 声が響いた。
「死んだら駄目だよ」
その声は酔いなど微塵も感じられない程はきはきとしていた。そしてくるりと振り向きとろんとした目を俺に向けた。
「リリーを悲しませないでおくれ」
それだけ言って女性はまた後ろを向いて去って行った。周りは俺達のやり取りなど気にせず騒ぎ続けていた。
女性の最後の言葉はどういう意味なのだろう。会ったばかりの男が死んだところで深い悲しみに暮れる人などいないだろうに。俺が誰かに似ている事に関係あるのか?そう言えば、いまいち良くは聞き取れなかったがリリーも俺の顔が誰かに似ているような事を言っていたような気がした。
騒ぐ皆を後にして寝室と言われていた部屋に戻った俺はその後すぐに眠りについたのだった。ほんの少しだけでも酒に口を付けたからなのか、それとも手にしたばかりの【力】を放出したせいなのか眠りは深く、そして穏やかだった。
朝日は清々しく俺の顔を照らしてゆく。小鳥の囀りは耳に心地良い。生きている――そんな実感があった。俺が殺めた人々はきっと死にたくなんかなかっただろうに。罰を受けるべき俺は生きて、眩しいほどの朝日を浴びている。
一瞬、昨日飲んだ少量の酒のせいなのか、軽い目眩と吐き気が催したがすぐに楽になった。俺は他の部屋で寝ている人々を起こさないように静かに外に出た。
まだ日も上りきらない空はなんとも言えない綺麗な色で、海はその光を反射して輝いている。ズボンの裾を捲りさざなみの寄せる際まで進み立つと、波は足元の砂をさらっていく。しばらくその繰り返しを俺は眺めていた。波が打ち寄せると細かな砂は足の甲までを覆い、引くときはまたその砂をさらい俺の足が現れる。そんな繰り返しをずっと。
「こんな風に、全て流れてしまえば――」
それは何の意識もせずに出て来た言葉だった。罪も恐れも嘆きも後悔も、全て忘れてしまえれば、どんなに楽だろう。けれどそう思いながらも、早く自分に罰を与えたいと思う自分もいた。忘れることなど出来はしないのだから、早く死にたいと――そう願っている自分も確かに。
暫くそうしていた俺の耳に後方で砂を踏みしめる音が聞こえた。振り返るとそこには肩掛けを羽織りながら少し寒そうにこちらへと歩いてくるリリーがいた。リリーは片手を挙げおはようと挨拶をしながら波打ち際まで近付いてきた。
「早いな」
俺はまだ眠たそうに目を擦っているリリーに声をかけた。
「シオンこそ。……水、冷たくないの?」
リリーは言い終えると手で隠しながら欠伸をした。俺は首を振るとリリーは 「私、寒がりなんだ」と答え肩をさすりながらまた欠伸をした。
「まだ、寝てればいいのに」
リリーはその時出た欠伸を噛み殺して顔を赤く染めた。
「だって、寒くて目が覚めて外見たら……シオンが海に入っていくの見えたんだもん」
「死のうとしてるとでも思った?」
俺は海から上がりリリーに聞いた。
「……だって……それが、シオンの願いでしょ」
「……そう言う割には随分眠たそうにゆっくりと近付いて来たような気もするけど」
俺は茶化すようにリリーに言うと顔を両手で頬を押さえた。
「……朝、弱いの。少しお酒も飲んだし」
恥ずかしそうに目を伏せて言ったかと思うと、今度は何かを思い出したかの様に目をぱっちりと開き、そして俺の顔を下から覗きこんだ。
「昨日の料理殆ど食べてなかったみたいだけど……美味しくなかった?」
あまり夕べは近くにいなかった様な気がしたが、リリーは随分と洞察力が鋭いようだ。
確かに粗末な料理で、酒も格別美味いものではなかった。けれど、あからさまにそれを態度に表すほど無礼ではない。粗末ながらもきっとあの宴は彼等にとって精一杯のものだったろうし、実際【力】を持っていなかった俺には彼らがあの食材を、酒を集めるのにどれだけ苦労したかが手に取るように分かっているつもりだ。
「いや、……美味かったよ。ただ、ほら、病み上がりで食欲が無かった」
食べなかったのではない。食べられなかったんだ。腹は減っているはずだった。けれど、食べ物を口に含むと酷い吐き気が催し、ならば水分ならと酒を口に入れても同様の症状が表れたのだ。
「なんか、顔色悪く見えるよ。大丈夫?」
リリーは先程までの眠気眼とは打って変わって、さも心配そうに俺を伺い見ている。
「大丈夫だ」
これは本当だった。あの吐き気も今は全くないし、怪我の痛みも昨日よりは引いている。顔色が悪く見えるのは今朝日を背にしているからだろう。
「そう……なら、いいんだけど。ねぇ、戻ろう? そろそろみんな起きてるかも」
そう言いながらリリーはくるりと後ろを向いて歩き出した。確かに、日は俺が外に出て来た時より大分昇っていた。俺はリリーの足跡について行く。ふと、夕べ女性に言われた言葉を思い出した。誰かに似てる――その言葉を。
「リリー」
前を歩くリリーに呼び掛けると、リリーは歩きながら前を向いたまま 「なぁに」と返事をした。
「俺、誰かに似てるの?」
そう言葉をかけた途端リリーの歩みは止まった。そしてゆっくり振り向くと酷く悲しげな表情で、質問に質問で返した。
「誰か何か言ってたの?」
今にも涙がこぼれ落ちそうな顔をしていたリリーを見て、俺は聞いていけない事を聞いてしまった事に気付いた。
「いや……、いいんだ別に。その、無理に話さなくても……」
思わず勢い良くは首をぶんぶんと振ってしまった。それがおかしかったのか、少しだけリリーの表情が緩んだ。そのまま涙腺も緩んだのか、悲しげな笑顔の頬を涙が伝った。
「シオンはね」
震える声でリリーは言った。
「私達の、リーダーに似てるんだ」
溢れる涙を絶えず拭うリリーの姿は、そのリーダーとの関係は少なくとも一朝一夕のものではない事を物語っていた。
「……恋人か?」
リリーは返事をする代わりに涙に濡れた長い睫を伏せ、もう一度涙を手の甲で拭った。そしてふぅっと息を吐いて空を見上げた。
「恋人なんかじゃないよ。……私が、好きだっただけ」
潤んだリリーの瞳には朝日が映り込んできらきらと光っている。俺は黙ってリリーの話を聞いた。
「死んだの。一カ月前に。――呆気なく」
これはあの中年女性が言っていた一カ月前の決起の話なのだろう。この【力】が支配する国に戦いを挑み、そして頂点に君臨する王者にその刃は届くことなく死んでいった、そんな者達の中に俺に似た人がいたのか。
「……戻ろう、シオン。明日の計画立てなきゃ」
そう言ってリリーは振り返り走っていった。大分時間が経過していたのかもしれない。太陽はかなり上まで移動していた。リリーの後についてこの小さな小さな反乱軍の本拠地である屋内へと戻ると、人々は一室に集まり頭を寄せ何かを話し合っていた。
「あ、シオンさん! 明日の事で相談があるんですけど」
屈強な男は顔を上げ俺に声をかけてきた。人々が顔を寄せている真ん中には、この国の都レイヴェニスタと場内の見取り図が広げてあった。
「シオンさんに先頭に立って頂いて皆でここを突破したいと思うんですけど、シオンさんはどう思いますか?」
見取り図には都の城へと続く大通りに丸印がしてあった。ここを突破する、ということか。しかしそこでまた別の人が口を挟んだ。
「そこは駄目よ。人数がいないんだから、もっと隠密に行動するべきだわ」
再び男は頭を寄せ話し合いを始めた。大分難航しているようだった。この人数ではそうなるのは当然で、しかも一カ月前の決起が失敗し多くの仲間を失った彼等が臆病になるのは分かり切っていることだ。このままでは日も暮れかねない。俺は思わず口を挟んだ。
「明日は――俺一人で潜入する」
そう言った途端皆の視線が一気に集まった。皆目を丸く見開き、リリーも酷く驚いた表情で俺を見ていた。
「【力】を持たないあんたらまで行っても……無駄死にするだけだ。一カ月前のことを繰り返したくはないだろ?」
無駄死に、という言葉に皆眉をひそめ不快感を表情に出した。けれど、実際一カ月に彼等は蜂起したものの城にさえ辿り着けなかったことがあるからだろう、それを言葉にする者はいなかった。皆黙り込み、重い空気が辺りを包んだ。
「それに俺は明日【力】を使う。……皇帝まで辿り着くまでに、あんたらを巻き込むことを心配しながら【力】をセーブする事なんて、出来ない」
これは本音だ。昨日は神経を研ぎ澄まし見せるためだけに集中しながら【力】を使ったからこそ、【力】の放出をあれだけに抑えられた。けれど明日はきっと無理だ。多くの敵を目の前にして平常心でいることなど出来ないし、彼等を巻き込んでしまうと意味が無い。
彼等は先程の俺の言葉に納得したのか、複雑な表情を浮かべている。その中でリリーが口を開いた。
「でも……シオンだけにそんな危険なことを任せるなんて出来ないよ」
リリーはまだ潤みの残った瞳で俺を見詰めてきた。――その視線の先にいるのは俺なのか、それとも一カ月前に志半ばに死んでいった彼等のリーダーだった男の影なのか。
「……ならせめて、俺が城内に移動してからあんたらは都に入って欲しい。これだけは譲れない。……あんたらだって巻き込まれたくはないだろう?」
「でも……っ」
俺の意見に納得いかないらしいリリーは反論をしようとして、男に止められた。
「リリー、シオンさんに従おう」
男はリリーの憤慨を落ち着かせる様に肩をぽんと叩いた。リリーは頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。今までの流れからすると、彼等の中で唯一の男であるこの人物が彼等を取りまとめるリーダーとしての役割を担っているのだろう。
「シオンさん、私達はどうすればいいですか?」
真剣な面持ちで男は尋ねた。
「明日、夜明け前に俺は都に向かう。どれだけ時間がかかるかは分からないが、大きな騒ぎにはなるだろう。軍は城内へと進もうとする俺を阻止するために騒然となるはずだ。あんたらは危険の及ばない場所にいればいい。間違っても【力】同士の戦いの前に出てこようとするな」
男は何か言いたげな目で俺を見て、そして俯いた。
「あんたらがしなきゃいけないことは皇帝を倒す事じゃ無い。全部終わった後に国を創り直す事だ。……きっと皇帝を倒すことよりそれは難しい。【力】の存在が浸透したこの世界を真逆のものにしなければいけないんだから。あんたらはもうそれ以上人数を欠いてはいけないんだ。だから――」
人々の顔からは不快感は消えていった。
「あんたらは生きなきゃならない」
人々は皆顔を上げ室内は静まり返った。隣の部屋にいるのだろうか子供のきゃっきゃっという声だけが響いている。俺は静まり返る室内を後にして、与えられていた部屋に向かった。ベッドにごろりと横になり窓から見える景色を見ていた。いつの間にか厚い雲が空に幾つか浮かんでいるのに気付いて、雨が降るかもなと思い舌打ちをした。
「そろそろ出るか」
夕べ行われた宴の席で彼等から話を聞き、ある程度この場所の地理は理解していた。帝都までは恐らくは半日以上かかるだろう。今出れば人々の寝静まった頃に帝都に辿り着ける筈だ。
彼等に言うべきことは言った。会ったばかりの男に全て任せるのは屈辱だろうが、俺の意見は的を射ているだろう。彼等は創らなければいけないのだから。【力】を持たない者が人間らしく生きていける世界を。――俺はその土台を築くのみ。
ベッドを整え扉を開けると、やはり子供の声しか聞こえてこない。俺が退室してから大分時間は経過した筈だが、大人達はまだ相変わら先程の部屋で明日の事を話し合っているのだろう。それを見届けないで出発するのは気になったが、後は彼等に任せるしかない。そう思い俺は外に出た。
灰色の雲が広がった空を見上げながら歩く道は酷く気分を鬱にさせた。これから俺は自分の村で殺めた人数以上を殺めなければいけない。【力】を持たない者の世界を創る為――俺は自分に言い聞かせた。太陽は一度も顔を出さないままじっと厚い雲に身を潜めている。生暖かい風が頬を撫でた。ますます暗くなっていく道を俺は一人で歩いている。
辺りはすっかり暗くなったが依然と雨は降り始めないが湿気を含んだ空気は数時間の内に雨が降るだろう事を予感させた。
どれだけ歩いたろう、どれだけ時間は経過しただろう――怪我をしているからだろうか、疲れはピークに達していた。でも立ち止まる訳にはいかない。何としても夜明け前に都に辿り着かなければ。しかし足が言うことをきかなかった。もつれて体が前のめりになった瞬間、ぐいっと何かに肩を後ろに引かれた。
「肩貸しますよ」
それは現リーダーであるあの男だった。男は俺の腕を屈強な肩にまわし白い歯を見せてにっと笑った。俺は一瞬何が起きたのか分からず言葉が出なかった。
「やっと追いついたぁ」
その声と共に息を切らしながら暗闇の中から現れたのはリリーだった。よく目を凝らすと、リリーの後にも人影が続いているのが見えた。
「水臭いじゃ……ないか。……黙って、行くなんて」
現れた中年女性は息を切らしすぎて言葉が途切れ途切れになっている。その横を幼い子供がきゃっきゃっ言いながら走り抜け、後ろからはそれを叱咤する声が響いた。いつの間にか俺の周りには、あの場にいた全員が勢揃いしていた。
「けがだいじょーぶ?」
「一緒に行くよ」
「無理しちゃ駄目よ、まだ怪我治っていないんだから」
言葉を発する事が出来ない俺に人々は声をかけてきた。
「やはり私達は見届けなければいけません。……決して邪魔するつもりはありません。けれどシオンさんにだけ全て押し付ける訳にはいかないのです」
男は俺の腕を肩にまわしたまま言った。
「シオン」
そう呼びかけてきたのはリリーだ。リリーは俺の横に来て顔を近づけた。長い銀髪は後ろで一つに束ねられている。
「一緒に行こう」
そう言ってリリーは褐色の瞳を細め前を指差した。俺はその指さす方向を見た。都が見えるわけではない。けれどその先にはうすぼんやりと光が見えた。煌々と輝いているわけではない。それはまだ寝床についていない少人数の家の明かりが生み出した微かな光だった。周りを見ると皆の優しげな顔が俺へと向けられていることに気付いた。
「あんたら……」
赤の他人にこんなに優しい目で見られるのは初めてだった。村の連中はみな冷たく白い目で、まるで人間でない物を見るかの様な目で俺を見ていたのに――彼等は――。
ふと目頭が熱くなっていくのを感じて俺は顔を伏せた。
「さぁ、あと少しです。行きましょう」
男はそう言うと一歩一歩俺の体を支えながら進み始めた。隣にはリリーがいて、後ろには他の皆がついてきている。道は暗く相変わらず風は生暖かい。けれど俺は一人ではなかった。
「リリー」
俺が声をかけるとリリーはにこっと微笑んで 「何?」と首を傾げた。
「……いや、何でもない」
「なぁに? 変なシオン」
リリーはくすくすと笑ってまた前を向いた。一歩一歩と足を進ませる中、俺は決意した。
彼等を救おう。彼等の生きる世界を創る為、俺は、喜んで自分の――使命を果たそう、と。
都の入り口にいた門番は都合のいいことに、こくりこくりと船を漕いでいた。俺は一人門番を通り過ごし都の中心部へと足を進めていた。あの門番は幸運だ。きっと彼は眠ったまま、何が起きたか気付くことなく逝けるのだから。
リリー達は少し離れた場所で待機している。レイヴェニスタ城が崩れ落ちてから潜入するように、それだけを彼等に何度も何度も言い聞かせてきた。彼等を巻き込む心配はとりあえず無いだろう。
家々の明かりは殆ど消えている。きっと皆苦しまずに逝かせる事が出来るだろう。そう思うことにして俺は心を静めた。そうこう考えているうちに中心部であるだろう広場に到達した。俺はそこで足を止めた。そして目を閉じ意識を集中させた。体の内側が熱くなっていくのが分かる。 さぁ、この【力】を解放しよう。準備はいいか。
自分で自分に問い、そしつ頷き目を開いた。
都から少し離れた場所にリリー達はいた。城が崩れ落ちてから都に潜入するようにと言い残して、シオンが一人都の門を潜っていってから数分後だった。
光が都から立ち上ったかと思った瞬間、大きなズシンという揺れが彼らを襲い辺りに轟音が鳴り響いた。離れたこの場所にも都から突風が吹き荒れた。そして次の瞬間大きな爆発音と共に大きな炎が都を包み、石造りの家屋が崩れていったのだ。
破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。
次回。
真実・4――【力】を手にした者の運命。運命は時には優しく、時には残酷で。