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歴史 ---真実・2---

破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。



中編 真実・2――求められた【力】。その喜びは本人しか分からない。

「は……?」


 俺は今何をどう聞き間違えたのだろう。皇帝を倒す、そう聞こえた俺の耳は海に落ちた衝撃でおかしくなったのかもしれない。


「だぁかぁらぁ!」


 俺に聞き返されたリリーは、今度は俺の耳元で大声で言った。


「あなたの【力】、貸して! 皇帝を倒したいの!」


 どうやら俺の耳は正常に機能していたようだ。それにしても皇帝を倒すなんて物騒な話を、何故、いきなり――。


「私達、【力】を持ってないの……」


 少女の目線は俺がベッドに寝かされていたあの家へと向いた。あそこにいる屈強な男や中年女性も【力】を持っていないのか。――でも、不可能だ。【力】を持つ皇帝、ひいては国家に逆らおうとするなんて。【力】を持たない非力な人間が太刀打ち出来る筈もない。


「……皇帝を倒すなんて、無理だ」


 俺は上体を起こしリリーの目線に自分の視線を合わせた。一瞬リリーは怯んで目線を逸らしたが、俺は続けた。


「皇帝自身何らかの【力】を持っている。そしてその皇帝を守る側近や軍までもが主を守るべく【力】を持っているんだ。【力】を持たないあんたらは、それを相手にどうやって戦うんだ? 剣か? 槍か? ……断言するよ。――絶対、届かない」


 一息に言い終え俺はふうっと息をついた。リリーは俺の言葉にむっとしている。


「だから【力】を持ったあなたを必要としてるんじゃない……。それにあなただって、捕まったら殺されちゃうんだよ」


 そこまで言ってリリーはあっと声を漏らした。自分の言った言葉が俺にとって何の意味も成さないことを思い出したのだろう。


「いいんだよ。俺は死にたいんだから」


 俺は、ははっと自嘲気味に笑って答えた。リリーは俯いてしまった。


「……顔は似てるのに……」


 ぽそりとリリーが何かを呟いたが、よく聞き取れなかったので聞き流すことにした。リリーはすっかり俯いてしまった。ここには謝りに来させられた筈なのに、結局はこれだ。

 俺は怪我の痛みをこらえて立ち上がり、俯いていたリリーの肩をぽんと軽く叩いた。


「取り敢えずお礼は言うよ。ありがとう、リリー。あんたは命の恩人だ」


 リリーは顔を上げた。俺はそんなリリーの褐色の瞳を見て続けた。


「でも――さよなら」


 俺はそのまま後ろを向き歩き出した。行く当てがあるわけではない。ここがどこであるかもさえも分からない。でも、俺はここにはいれない。いずれ軍がやって来るだろう。一応は命の恩人であるリリーや、あの家の住人達に迷惑はかけられない。どこか、一人になれる場所を探そう……一人死ねる場所を。


 そんな事を考えながら歩いていた時だった。ぐいと肩を引っ張られ、俺は傷の痛みも手伝ってバランスを崩し、砂上に倒れ込んだ。


「ってぇ……なっ!?」


 そして俺の肩を引っ張った誰かが俺に馬乗りになった。


「リ、リリー……」


 俺に馬乗りになったのはリリーだった。おそらくこんなことは初めてするだろうリリーは息を切らし、頬は何となく紅く染まっていた。


「痛い? ……でも、死のうと思ってるシオンにはどうってことないでしょ……」


 本人は冷たく言い放っているつもりなのだろうが、俺を見下ろすその表情には苦悶の色が浮かんでいる。


「お願い……、【力】を貸して」


 リリーは馬乗りになったまま動かないまま、じっと俺の目を見つめた。そして俺もそんなリリーの褐色の瞳を見つめていた。


 ――このままでは埒があかない。彼女は【力】を持った俺の勧誘を諦めないだろうし、俺も死ぬことを諦めたわけではない。そう思ったから俺は話した――俺がこの【力】で何人もの人々を殺めたことを。その時感じた恐怖、悔恨、罪の意識を。


 俺の言葉をリリーはずっと、聞いていた。間に口を挟むことなく、ただじっと俺の言葉に耳を傾けていた。


「ずっと願っていた。【力】があればと。けれど……こんなことを引き起こしてしまう【力】なら、いらなかった」


 話を聞いている間ずっと馬乗りになっていたリリーはここでようやく、ふぅんと言いながら俺から降りた。


「いきなり【力】を使えるようになったなんて、いいな」


 リリーはそう言って心底羨ましそうな顔をした。……俺の話を聞いている様でちゃんと聞いていなかったのだろうか。


「……俺の話、聞いてなかった?」


 思わず俺はリリーに尋ねた。


「だって【力】があれば馬鹿にされないでしょ。シオンだって【力】持ってなかったなら、私の気持ち分かるよね。……罵られるのは私だけじゃないんだもの」


 リリーは一息に言って俯いた。確かにリリーの言うことも理解できる。結果こんな【力】を手にしてしまっただけで、俺もずっとそう願っていたのだから。自分のせいで家族までもが罵られることは、耐えがたいことだということは――よく分かる。でも――。


「でも――辛い。だってこれは人を傷つけるだけの【力】だ」


 俺がそう答えると、リリーは俯いていた顔を上げ、その大きな瞳で俺を見つめてきた。


「使い方、次第じゃないかな」

「……え?」


 大きな瞳をこちらに向けたままリリーは言った。


「だって世界には色んな【力】を持っている人がいるんだよ。火や水や風を操ったり怪我を治したり。火を操る人はそれで薪に火を着けたり、料理に使ったりするよね。でも考えてみて。その【力】は森や建物さえも燃やせる。極端に言えば、人だって燃やせちゃうんだよ。シオンの【力】も同じこと言えるんじゃないかな」


 リリーの言うことには説得力があった。使い方次第――なのだろうか。俺は考えでもみなかったことを言われて一瞬、返す言葉が見当たらなかった。考え込むそんな俺の顔を伺い見ながらリリーは言った。


「私達が会えたの、きっと偶然じゃないよ」


 褐色の大きな瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。その瞳には包帯がそこかしらに巻かれた浮かない表情の俺が映っている。


「お願い、私達をその【力】で救って……! 皇帝を倒して」


 救う――?俺のこの【力】で人を救うことが出来るのか――?俺の心の中はもうぐちゃぐちゃだ。この【力】が必要とされている喜びと、この【力】で多くの人を殺めた後ろめたさとで。


「……皇帝を倒せば――【力】を持たない者も堂々と生きていけるんだろうか。罵られたりすることはなくなるんだろうか……」


 俺はリリーの目から逸らさずに尋ねた。そしてリリーは真摯な眼差しで答えた。


「私は、そう思ってる。……ってズルいよね。意地悪な言い方だよね。これじゃあなたも協力するって言わざるを得ないよね」


 そう言いながらもリリーは真剣な表情を崩さない。


「でも、私達にはあなたしかいない。【力】を持たない者の苦しみを理解できる【力】を持つ者は、あなたしか――」


 虐げられている人を救える。人を傷つけるだけしか出来ないと思っていたこの【力】で。思いもしなかった、そんなこと。でも――罪は消えない。多くの人々を殺めた俺の罪は、たとえ【力】を持たない多くの人々を救っても色褪せないだろう。


「それが……あんたらの願いなら、その願いを叶えるのに俺の【力】が役立つなら……貸してもいい」


 俺がそう言った瞬間、リリーの顔はまるで花が開いたかの様に、ぱぁっと明るくなった。


「ホント!? ホントに【力】貸し」

「その代わり、俺の願いも聞いてくれ」


 喜びはしゃぐリリーの言葉を遮って俺は言った。俺の、願いを。ただ一つの俺の望みを。


「全部終わったら――」


 俺の言葉にリリーは生き生きとした表情でうんうんと頷き聞いている。


「――俺を、殺してくれ」


 そう俺が告げた瞬間、リリーの表情は一転して暗くどんよりしたものに変わった。眉間にしわを寄せ俺を睨んでいる。


「……そんなの、ずるい。それじゃあ私だって【力】を貸してなんて言えないよ」


 リリーは俯いた。俺はそんなリリーの 頭を軽くぽんと叩いた。


「あんたが罪の意識を感じる必要は無いよ。どうしてもあんたが俺を殺せないって言うなら、他の奴に頼んでもいい。簡単だろ? 今日会ったばかりの男の命を奪うくらい。この国の頂点に君臨する男を倒すより、ずっと――」


 俺の言葉に間違いは無い。幾重もの守りに固められた【力】を持つ皇帝を倒すことは、【力】を持たない彼らにとって万が一にも可能性は無いのだから。【力】を持たない者が何人束になってかかっても、【力】を持つ者はそれを使って自らに少しも触れられることなく、阻止することが出来るだろう。それはまるで赤子の手を捻るように簡単に。


 だからこそ彼らは俺の願いを聞かざるを得ない。それしか方法が無いのだから。それが、彼らが安息の日々を手に入れられる唯一の方法なのだから。


「……どうする、リリー?」」


 リリーはまだ決めかねているようだった。方法はそれしかないことは知っているだろうに。


「【力】が必要無いなら、俺は行くよ。さよなら、リリー」

「ま、待って!」


 振り返り歩きだそうとする俺をリリーは止めた。振り返った俺の目には思いつめた表情のリリーが映った。


「全部終わったら……でいいのよね」

「ああ」


 そしてリリーはまた俯きしばらくの間黙り込んだ後、何かを決心したかの様にうんと頷いた。


「……分かった。全部終わったら、私があなたを――殺してあげる」

「……ありがとう」


 俺が礼を言うと、リリーは複雑な色の浮かんだ笑顔を俺に向けた。


「私、みんなに言ってくる。シオンが私達に【力】を貸してくれるって」


 複雑な表情で言ったリリーは砂浜を駆け出して言った。俺はそんなリリーの後ろ姿を見つめていた。

 自分ながら、まさかあんな頼みを引き受けてしまうとは。

 俺の罪は消えること褪せることも無いし、死にたいという気持ちも変わらない。けれど――。必要とされた。多くの人を殺め、命を奪ったこの【力】で、助けてくれと。【力】を持たない者達が、安息の日々を手に入れられる世を創るために、この【力】を貸してくれと、求められた。その時感じた、喜び――。


 いつの間にか夕日は沈みかけていた。先程までは美しいオレンジ色の光で辺りを照らしていた夕日は、燃えるような赤い色に変わっていた。俺は波打ち際へと足を運んだ。傷は相変わらず痛んだが、ざぶざぶと海水に足を潜らせると、適度な水温の海水が心地良かった。


 ふと下を見ると水面には自分の姿が映っていた。真っ赤な夕日の色に染まった海に映った自分の姿は、まるで血にまみれているかの様にも見える。


 俺は早まってしまっただろうか。彼らに【力】を貸すということは、【力】を持たない者が安息を手に入れられる世を創るということは、【力】を持つ者達の世界を壊すということ。また多くの人の命を奪うということ――。


「俺は耐えられるのか……」


 血の色に染まった自分の姿を見て、俺は呟いた。その時、後方からおーいと呼ぶ声がした。振り返るとそこにはリリーと俺が目覚めたベッドの上で取り囲んでいた人々が、こちらに向かって来ている所だった。


「シオン、みんなを紹介するね。えーっと……」


 そう言いながらリリーは海岸に集まった僅か十人程の紹介をした。それはあっと言う間に終わった。たったこれだけの人数、たったこれだけの戦力で彼らは、立ちはだかる壁に立ち向かおうとしていたのか。

 いや、戦力とも呼べないのかもしれない。そこに集まったのはリリーも含めて女ばかりで、唯一の男といえばあの屈強な男くらいだ。



「みんな、彼がシオン・グラント。【力】を持ってるのよ」


 今度は俺の紹介をリリーは皆にし始めた。集まった人々の俺を見る目は、仲間とか信頼する者へ向けられるものではなかった。当然といえば当然だが、それは疑心に満ちていたり、好奇なものが殆どだった。初めて会った男を仲間に引き込むリリーが変わっているのだろう。


「リリー…、俺の紹介はいいよ。それより、行動はいつ起こすんだ?」

「え?」


 俺の紹介を続けようてするリリーを制して言った。

「俺も追われる身だし、早い方がいい。明日でも、明後日でも」


 その時誰かが口を開いた。


「いつでも行動は起こす準備は整っているさ。ただ人が足りない。あたしらだけじゃ死にに行くようなもんだ。……あんたの【力】も凶悪だなんてこと書かれていたけど、よく知らないんだから」


 そう思うのは彼らにとって当然だろう。会ったばかりの得体の知れない男を信用する事など、普通は出来はしないことなのだから。けれど言い換えるならば、それほどに彼らは追い詰められているのだ。得体の知れない男を彼らの目的を果たす為の突破口としなければならない程――。


「見せてくれよ、あんたの【力】」


 誰かがそう言ったのを皮切りに皆が口々に言い始めた。【力】を見せろ、と――。


 リリーはそんな彼らを静めながら不安げな表情で俺を見ている。恐らく、俺を仲間に引き入れたのはリリーの独断なのだろう。後天的に【力】を得たのだとしても、彼らにとって【力】を持つ者は敵視すべき存在であり、信頼など出来るはずないと、皆は思っているに違いない。


 俺は彼らに【力】を貸さなければいけない理由は無い。俺の願いは、俺自身で叶えられるのだから。無理に【力】を使って見せる必要など無いのだ。


「シオン……」


 【力】を見せろと騒ぐ人々の中、リリーは悲しげな瞳で俺を見ている。……使う必要などない。けれど――。


 俺は体の内側が熱くなっていくのを感じた。再び水の中へと進み、ふっと目を閉じた瞬間――それは爆発した。


 激しい轟音と共に天高く平行して延びる水柱、ほとばしる水蒸気、本来なら見えるはずの無い水底。俺を始点として海が大きく裂けたのだ。


 この【力】で俺は村の人々を殺めた――海が裂けるという異様な光景を見て、再びあの時の状況が脳裏をかすめた。後ろを振り向くと、先程まで口々に【力】を見せろと喚いていた人々がぽかんと口を開け、ただただその立ち上る水柱を見ていた。


「……凄いや……」


 その場にいた少年がぽつりと言った。


「ねぇ、これなら勝てるよ! あの【力】があれば……!」


 人々の俺を見る目は先程までとは変わっていた。生きる為の希望を見つけた――瞳を輝かせ、胸を踊らせている――そんな表情を皆一様にしていたのだ。そして皆で何かを話し合う様に頭を寄せ、その中の唯一の男である屈強な男が顔を上げ、俺の元へと近付いてきた。


「シオン・グラントさん、本当にその【力】貸して頂けるのですか……?」


 男は体格に似合わず不安げな表情で俺に尋ねた。


「……あぁ」


 答えた瞬間歓声が上がった。リリーも皆と喜び合っている。いつの間にか水柱は収まり、何事も無かったかのように海は薙いでいた。視線を海から彼らに戻した時、リリーと目が合った。リリーは満面の笑みを向けた。つられて俺も微笑んでしまった。するとリリーは目を丸くして俺に近付いてきた。


「笑った顔、いいね。もっと笑えばいいのに」


 そう言いながらリリーは俺の顔をじっと食い入るように見つめてきた。

そしてくるりと後ろを向き言った。


「明後日大丈夫?」

「……あぁ」


 明後日か。大丈夫だろうか。俺は追われる身、行動を起こす前に兵はやって来ないだろうか。――いや、そこまで考える必要は無いだろう。俺はただ【力】を貸すのみ。後は彼らに任せよう。全て終わった後に存在するだろう世界は彼らのものなのだから。


「シオン」


 後ろを向いていた筈のリリーの顔がいつの間にか俺の顔の目の前にあった。


「ありがとう。仲間になってくれて」


 ほんの少し照れたような笑顔を浮かべてリリーは言った。


「ね、戻ろう? みんな待ってる」


 薄暗くなってきている空の下には俺達しかいなかった。空にはうすぼんやりとした月が浮かんでいる。他の皆は戻りこれからの準備をしているのだろう。


 俺とリリーは並んで歩き出した。リリーは絶えず笑顔を浮かべ、そして俺はそんなリリーを見てつられて笑っていた。




 正直に言えば、ほんの少しだけ嬉しかった。【力】を必要とされ、その為だけだとしても、仲間として受け入れられたこと。沢山の人を殺めながら、隣で微笑んでいてくれる人がいること。



 でも――そんなの許されない。



 俺にはもう幸せになる権利など無いのだから。




破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。


次回。

真実・3――殺す【力】、生かす【力】。どちらを使うのか、それともどちらも使うのか。









予定では次回で歴史編は終了でしたが、作者の力不足で二話程長くなってしまいそうです。予定変更をお詫び致しますと共に、引き続き歴史編、そして本編と読んで頂ければ幸いです。


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