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第3話 雨

 朝の始まりはいつもと同じだった。


「イリアお兄ちゃん! 起きて! 朝ご飯だよ」


 ユナの声で目が覚める。それもいつもと同じ。何も変わらない俺の日常。


「……おはようユナ」


 ベッドからもそもそと這い出し顔を洗い、妹の準備した食事が並ぶテーブルに向かう。


「あったかいうちに食べて食べて」


 向かい側の席についた妹が、いつものように急かす。目の前にあるスープに手を伸ばし口をつける。


「美味いよ」


 俺の言葉に妹はにこりと笑って食事に手をつけ始めた。病弱で頻繁に発作を起こす妹だが、普段は有り余るほどの元気の持ち主だ。つい先日も発作を起こしたが、他人の病を癒やす【力】を持つチェリカ・ヴァレンシアのおかげで大事に至らず、今日を過ごしている。


 しかしこの世界で【力】は禁忌だ。【力】を持つ者は魔女として帝都に連行され、裁判にかかり処刑される。【力】を持つ者は、自分の【力】を他人に知られないようにひっそりと生きている。チェリカは例外だが――。


 チェリカに初めて出会ったのはもう何年も前になる。


 ユナが高熱を出した時だった。俺は村外れのこの家から、村の医師のいる場所まで、ユナをおぶって走っていた。その通り道にチェリカの家はあった。その時だった。走り通り過ぎようとしたところをチェリカに呼び止められたのは。そしてチェリカは立ち止まった俺に近づき、高熱でぐったりとし、意識が朦朧としていたユナの額に、そっと手をあてた。みるみるうちにユナの熱は下がり、そしてチェリカは言った。よかった、と――。


 チェリカは俺達がここに来る前からそこに住んでいたが、【力】を持っていることはあの時初めて知った。その後、妹の発作を何度か救ってくれたこともあり、俺達は親しくなっていった。


 チェリカは心優しい【力】の持ち主だ。そしてその【力】を隠したりしなかった。病に倒れる人々に手を差し伸べ、積極的に治療していった。妹を何度も助けてもらっておきながら俺はそれが不安だった。


 チェリカの【力】の噂が、もし、レイヴェニスタ帝国軍の耳にはいったら……。


 その不安は時が経つにつれ、俺の中でどんどん大きくなっていった。先日隣町に買い出しに行ったとき病を癒やす【力】を持つ少女の噂が流れていた。勿論名前が特定されていたわけではない。だけど俺にはすぐ分かった。その【力】の持ち主はチェリカであると――。




 朝食のスープを飲み干し立ち上がる。


「俺、ちょっとチェリカのところに行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 服を着替え、外に出た。天気が悪い。今にも雨が降ってきそうな空模様だった。


「降りそうだな」


 急ぎ足にチェリカの家へと向かう。


ドドドドド…


 チェリカの家までの半分程の道のりを進んだ時だった。どこから聞こえてくるのかだんだんと大きくなる地鳴りと地響きに気付いた。


「何だ?」


 地鳴りの正体を突き止めようと辺りを見回す。そして俺の目に飛び込んだものは――。


「帝国軍……!?」


 それはこのレイヴェニスタ帝国の軍隊だった。馬を駆り十騎ほどのレイヴェニスタ帝国の軍服をまとった騎馬兵が正面からやってきている。俺は端へとよけ、やり過ごそうとした。九騎の騎馬兵に囲まれて真ん中を走る一騎に黒いフードを被り両手を後ろ手に縛られた人間がいた。フードから金髪がちらりと覗く。



 一瞬黒いフードの人間と目があった。



 長い金髪、青い瞳。



「チェリカ――……?」



 それは、チェリカだった。通り過ぎる瞬間、チェリカは口を動かした。何かを喋ったのだろうけれども、地鳴りと地響きにかき消され聞く事は出来なかった。そのまま騎馬兵達は俺の横を通り過ぎてゆく。ポツポツと雨が降ってきた。


「チェリカっ!!」


 俺の声は馬達の足音にかき消された。

騎馬兵達を追って走る。しかしどんどん騎馬兵たちは遠ざかっていく。


「チェリカっ! チェリカー!!」


 騎馬兵達は遠ざかり、そしてやがて見えなくなた。雨はますます強くなってくる。俺はその中呆然と立ちすくんでいた。


 チェリカが連れて行かれた。【力】をもつ魔女として。


 自分の家へと走り戻る。家に入ると妹が驚いた顔をしてタオルを持ってきた。


「どうしたの、お兄ちゃん? ひどい顔色……。チェリカお姉ちゃんと何かあった?」

「……チェリカが連れて行かれた」

「え?」


 ユナは持ってきたタオルを床に落とした。俺はそれを拾い濡れた髪をふきながら続けた。


「レイヴェニスタ帝国軍に連れて行かれたんだ……魔女として!」

「そんな……!」


 髪をふく手を止め、タオルをテーブルに置き、その手をユナの肩にのせる。膝をおりユナの目線と合わせる。


「イリアお兄ちゃん……」

「ユナ、ごめん。俺行かなきゃ。このままだとチェリカは裁判にかけられて――殺されてしまう」

「分かってる……、チェリカお姉ちゃんを助けて!」

「うん。でもユナの事も心配なんだ。また発作が起きた時……」


 妹の発作、それだけが心配だった。もし、ひとりぼっちにしてしまった後に発作が起きたら――その体で医者に行けるだろうか。誰かに助けを呼べるだろうか。俺の心配が伝わったのだろう、妹は首を横に振って答えた。


「私は大丈夫だよ。一人でもお医者さんの所に行けるよ! それに最近は調子いいし!」


 にっこりと微笑み、妹はぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。心配しないでと体全体でアピールしていた。


「うん……ごめんな、ユナ」


 目の奥が熱い。俺は妹に無理をさせてる。寂しい思いもさせる。それなのに、妹は笑って送り出してくれる。


「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。チェリカお姉ちゃんを助けて……」


 俺は頷き立ち上がり、再び外へと出る。通り雨だったのかいつの間にか雨は止んでいた。


「じゃあユナ、行ってくる。無理するなよ。チェリカは、必ず助けるから」


 妹は見えなくなるまでずっと手を振っていた。





 チェリカは必ず俺が助ける。絶対殺させたりなんかしない……。


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