歴史 ---真実・1---
時は遥か昔に遡る。
かつて破壊の【力】を得た若者の軌跡を辿る物語
真実・1――【力】を得た代償。それは本人しか分からない。
黒煙がもくもくと立ち上っている。至る所で燃え盛る炎は未だ静まりそうにもない。所々から聞こえてくる瓦礫の崩れる音や、人々の痛みに呻く声が耳についた。
何故?どうして?疑問ばかりがつきまとう。この地獄絵の様な風景は俺が作り出したのか?俺の、この【力】が全てを破壊したのか?俺が――!!
その時、がしりと何かに左足首を掴まれた。恐る恐る視線を落とすと、そこにはかつて村の住人であっただろう誰かがいた。その人間は全身、そして顔に酷い怪我を追っており、同じ村の住人である俺にさえも、それが誰であるのか判別は不可能だった。判別不可能な誰かはだらだらと口から血を流しながら俺を睨んできた。
「……シオン………シオォ……ン、この……う、らぎり、ものぉ……」
俺の足首を掴んだ人間の血まみれの表情は憎悪に満ち溢れ、涙を流していた。そして俺の名を何度も何度も呼び、裏切者と罵った後、ずるりとその手は外れた。俺の足首にはべったりと血の手形がついた。
「違う……俺は、俺は裏切るつもりなんて……!」
俺は周りを見渡した。辺りに倒れ呻き声を発する人々皆が俺を見ているような気がして、おれはその場から駆け出した。この場所から離れたい!とにかく、どこか遠くへ!俺のことなど誰も知らない場所へ――!
わき目もふらず、一心不乱に走り続けた俺の目の前には海が広がっていた。俺はいつの間にか波が打ち付ける絶壁へと到達していた。
「はぁはぁ……」
思わず気が抜けてへたり込む。一瞬落ち着きを取り戻せた様な気がしたが、血と泥で汚れている自分の姿に気付き再び心臓が早鐘を打ち始めた。
「あぁ……!」
俺の胸に、悔恨、絶望、そして大きな悲しみがごちゃ混ぜになって洪水の様に押し寄せた。頭を抱え、その頭を何度も地面に打ち付ける。あの一瞬の出来事が脳裏に蘇る。俺に――【力】が目覚めた瞬間が。
俺はあの村の住人を皆殺した。父も母も弟も――!
目から大量の涙が溢れ出してきた。それは自分の意志で止めることが出来なかった。
「あぁぁあ……っ!」
罪を償おうにもその相手がいない。みんなみんないなくなってしまった。俺が――みんなを殺してしまった。どうすればいい?俺はこれからどうすればいいんだ……。
その時だった。鈍い音と激しい大地の揺れが俺を襲った。そして次の瞬間、ガラガラガラという激しい音と共に足元が崩れた。
「!? 崖が……っ」
元々地盤が緩かったのだろうか、崖が崩れた落ちたのだ。俺は手を伸ばし崖の縁に捕まろうとした。しかし一瞬伸ばしかけた手を俺は直ぐに考え直して戻した。
このまま落ちれば、死ねる。
落ちている時間は随分と長く感じられた。音は何も聞こえない。全てがスローモーションの様に流れている。崩れ落ちた崖の岩、小石の一つ一つの動きまでもこの目で捉えることが出来た。
脳裏には厳しいながらも優しさを忘れない父親の姿が浮かんだ。慈愛に満ちた母親の笑顔が浮かんだ。いつも俺の後ろにくっついてまわっていた、三つ年下の甘えん坊の弟の顔が浮かんだ。
「ごめんなさい……」
死んでも俺は彼らには会えることはないだろう。俺に殺められた罪なき人々は天へと登っていった。けれど、俺が行き着く先は……地よりも深く暗い闇の底なのだから――。
激しい水音――息苦しい――こんな【力】――いらなかった――……。
消えゆく意識の中思い出されるのは、あの一瞬の出来事が起こる前のやりとり。毎日の様に囁かれていた言葉。【力】を持たない俺を不能者と罵る人との些細な口喧嘩。
「お前、【力】持ってないんだろ」
「うるさい」
(いつもと変わらない諍いの筈だった)
「【力】がない奴は生きてる意味ないんじゃねぇの?」
「お前には関係ないだろ」
(そう言って俺は相手の肩を強く押して通り過ぎようとした)
「死ねよ、てめぇなんか死んじまえ」
「だまれ」
(いつもと違ったのは、相手が普段より少し熱くなっていたこと。虫の居所でも悪かったのだろう。……そんな日もある)
「家族も大変だよなぁ、お前みたいな不能者抱えてよ。いっそ全員で世を儚んで自害でもすれば? あ、俺が処刑してやるよ」
「家族を愚弄するな――!」
(そして俺も熱くなってしまった。どうして聞き流すことが出来なかったのだろう)
(いつもは出来ていただろう……)
(あんな言葉で熱くなるなんて、なかったろう……)
(不能者と罵られることなんて、慣れてれていたはずだろう……なのに)
「近付くな! 不能が伝染る」
「くそっ……、【力】さえあれば……!」
(どうしてそんなことを望んでしまったんだ)
そう望んだ瞬間起きた俺の内なる爆発。閃光、爆音、突風――。全てが一瞬の出来事、俺がこの【力】を手にした瞬間の惨劇。家々は破壊しつくされ、人々の体が宙を舞い、血の雨が降り注いだ。
「何だ……これは……」
それは初めて手にした【力】の暴走。恐怖に襲われた俺は再び【力】を暴走させてしまったんだ。
「シオン!」
俺の元に駆けつける両親と弟。父があんなに取り乱した姿は、母があれほど号泣する姿は、弟が俺を怖がる姿は、俺は見たことがなかった。
「あぁぁああ……っ」
「落ち着くんだ、シオン! 呼吸を整えろ」
俺を取り囲む三人。両親は俺の体を支え、弟は怖がりながらも俺の血にまみれた手を、その小さな手で握った。
「父さ……ん、か、あさん……、シ……ィ……うぅっ!!」
再び立ち上る閃光。俺の目の前で強大な【力】に為す術もなく吹き飛ぶ家族。俺は目を見開いてその光景を見ていた。
「あ……ぁあ……」
(やめろ、もう見たくない……)
どさりという鈍い音と共に落下した両親はぴくりとも動かない。両親より少し離れた場所に落下した弟に目をやると苦しげに呻いているのが見えた。弱々しく手を天に向けて伸ばし、まるでその手を握ってくれる誰かを待っているような姿が視界に入った。
しかし俺がそこへ向かおうと立ち上がった瞬間、その手はがくりと力無く崩れ落ちた。
(俺に見せるな……。もう見たくない。沢山だ! 止めてくれ――!!)
「止めてくれっ……!」
「きゃっ!」
俺はそれ以上見たくなくて目を開けた。眩い光が目の前に広がった。その眩しさに目がくらみ一瞬眉をひそめた。段々と目が眩しさに慣れてくると、誰かが覗き込んでいるのが分かった。焦点がなかなか合わずぼんやりとだが、その影絵のように見えるぼんやりとした姿の線の細さ、丸みを帯びた形から女性だということが分かった。
「もしもし、大丈夫ですかぁ?」
遠くに聴こえる潮騒をバックに高く可愛らしい声が俺の耳に届いた。だんだんと焦点が合ってくる。
「みんなぁー! この人目覚ましたよぉー!」
やっとのことで焦点は正常に戻り、顔を動かし辺りを見てみた。綺麗なベッドに俺は寝かされている。天井や壁が見えた。開け放たれた窓からは遠く潮騒が聞こえる。海鳥の鳴き声も聞こえてくるので、海からはそれ程離れていないのかも知れない。
俺は生きてるのか?……助かってしまったのか?
どやどやと大勢の人が押し寄せる気配がした。と思ったら屈強な男達やや恰幅のいい中年女性、可憐な少女といった顔が俺の顔を覗き込んだ。
「おう、良かったなぁ」
「大丈夫そうだね」
「私の調合した薬草が効いたんだよ」
覗き込んだ人々は口々に俺の無事を喜んだ。多くの人を殺め、死を選んだはずなのに、死ねなかった俺の無事を喜び笑っている。――涙が溢れてきた。死ねなかった。俺は――生き残ってしまった。
艶やかな長い銀髪の少女がそんな俺に気付いた。おそらく俺をずっと看病していてくれた子だろう。
「……どうしたの? どこか痛い?」
心配そうに覗き込むその少女の声はやはり先程の少女の声だ。俺を看病していてくれた子の声だ。
「……俺は死ねなかったのか……」
「え?」
俺の言葉を少女は聞き返した。本来なら少女は、彼らは命の恩人でもあるのだが……それでも今は恨み言しか俺には言えない。何故助けた?何故俺を生かした?と――。
「どうして、死なせてくれなかった」
俺が続けた言葉に少女の顔はどんどん陰っていく。周りで俺を見下ろす人々の顔からも先程までの明るい表情が消えていくのが分かった。
「俺は……死にたかったんだ」
そう言った瞬間、少女の右手が平手打ちをする姿勢に構えられた。しかしその手は数秒構えられた後ゆっくりと下りていった。そして少女はくるりと後ろを向くと部屋から出ていった。部屋に重苦しい沈黙が流れた。
そんな沈黙を打ち破ったのは俺を覗き込んでいた人々の中の一人の中年女性だった。
パァン。
一瞬俺は何が起きたのか分からなかった。突如目の前に火花が散ったかと思うと次の瞬間右頬がじんじんと痛んだ。ぶたれたと気付いたのは、中年女性が鼻息荒く右手を振りかざしているのを、周りの屈強な男たちがどうどうと宥めているのを見た時だった。
「あんたら、離しなっ!」
「まぁまぁ、相手は怪我人だよ。落ち着けって」
数分を経てようやく右手を下ろした中年女性は未だ鼻息荒いまま俺に言った。
「あんた、今すぐあの子に謝ってきな」
中年女性は俺の顔にふぅふぅと鼻息をかけながら言った。怒り心頭といった表情で、男達に押さえられた右腕はぷるぷると震えている。
「どんな理由があって死にたがってんのか知らないけどね、あんたのその顔で、あんな事を、あの子の前で言うなんて……っ!」
鼻息荒く語気を強めて言う中年女性の目に涙が浮かんでいることに俺は気付いた。中年女性は俺の体を強引に起き上がらせると涙を拭って言った。
「ほら、早くあの子の所に言ってきな」
俺は訳も分からず中年女性に促されるままベッドから起き上がった。瞬間、体のあちこちに鈍い痛みが走った。自分の体をよく見てみると、そこかしらに包帯が巻かれていた。一瞬よろめいた俺を周りで見ていた屈強な男が支えた。
「おい、まだ動かすには早い……」
「うるさいよ! ほら、早く行きな」
屈強な男がしゃべり終わる前に中年女性は口を挟んだ。男はぽりぽりと頭を掻くと俺の耳元で囁いた。
「あのオバサン、ああなったらどうしようもないから、取り敢えず行ってきな。歩けるか?」
「……あぁ」
外見に似合わず俺の怪我をそれは心配そうにする男の手を振りほどき、俺は外へ出た。訳は分からないが俺はあの少女の元へ行き謝らなければいけないらしい。
おぼつかない足取りで外に出るとそこには砂浜が広がっていた。潮風が頬を撫でてゆく。銀髪の少女はその浜辺に打ち寄せる波際に、一人ぽつんと佇んでいた。沈みかけの夕日が海に映り込んだその風景は美しく、幻想的だった。
足を引きずりながら歩く音が聞こえたのか少女が後ろを振り向いた。見えたのはオレンジ色に染まった少女の褐色の瞳からこぼれ落ちる涙。その涙に俺は一瞬動揺したが、平静を装い少女の元まで歩き、そして隣に座った。
しばしの沈黙。海鳥の声とさざ波の打ち寄せる音だけがいやに響いた。
「動いて大丈夫なの?」
少女は涙を拭いはしたが、顔は水平線を見つめたまま俺に尋ねてきた。俺はそんな少女を見上げて答えた。
「いや、結構無理した……」
俺はふぅーと大きく息をついてそのまま仰向けに倒れ、目を閉じた。すると頭上からくすくすと笑い声が聞こえた。
「ナナイさんに何か言われたの? あ、ナナイさんっていうのはあのおばさんの事だけど」
そう言われて目を開けてみると、いつの間にか座り込み俺の顔をじっと見つめていた少女と目があった。
「ごめん。――って言ってこいって言われたよ。……確かに命の恩人に言う言葉じゃなかったな」
少女はまたくすくすと笑ったがすぐにその表情を陰らせた。
「……死にたいの?」
少女は恐る恐る尋ねてきた。潤んだ瞳からはいつまた涙がこぼれ落ちてきてもおかしくない。
「俺は……罪人、だから」
少女は俺の言葉を聞いて目を丸くしたがすぐにまた俺に質問をしてきた。
「……何をしたの?」
「……人を、殺した……」
俺は正直に答えた。数多くの人々を殺め、その生を奪った俺は罪人という言葉が相応しい。とっさに出てきた言葉だったが、よく考えるとあまりに自分にふさわしすぎて、笑いが込み上げてきた。
「ふーん……。じゃ、私も罪人だ」
えっと聞き返そうとした瞬間、少女が隣にごろりと横になった。聞き返すタイミングを逃した俺はそのまま黙り込んだ。
「ねぇ、名前なんていうの?」
黙り込む俺に少女は話題を変えて名前を尋ねてきた。
「私、リリーっていうの。リリー・フェイト。あなたは?」
リリーと名乗った少女は上半身を起こし俺の顔を覗き込んできた。絹糸のような銀の髪が顔に当たってくすぐったい。
「俺は……シオン。シオン・グラント」
リリーはふーんと頷くと再びごろりと横になった。
「やっぱりあなたがあのシオンなんだね」
天を見つめたままそう呟いたリリーの言葉は何故か引っかかるものがあった。あのシオン――どういう意味だ?俺はリリーの横顔を見つめた。
「あなた、手配書に載ってるわ。……ただのそっくりサンだと思ったけど、シオン・グラントはあなたなんだね」
そう言うとリリーは持ち歩いていたのだろうか、綺麗に折り畳まれた紙をどこからか取り出し、ひらひらと俺の胸の上に落とした。
綺麗に折り畳まれていたその紙は、紛れも無く手配書だった。でかでかと描かれた俺の似顔絵と罪状がそこには書かれていた。
「『ハンの村を壊滅状態に追い込んだ反逆者シオン・グラント 死傷者は量り知れず』」
リリーは手配書に書かれた一文を読み上げた。
「反逆者……か」
俺は反逆者扱いになっているのか。数多くの【力】を持つ者を殺した不能者は、【力】を得て許されざる国家の敵となったのか。
「は……ははっ」
思わず笑いがこみ上げてきた。なんという好都合。いずれ軍が動き出すだろう。逃げられるわけもないし、逃げる気もない。一度は失敗したけれど、今度こそ――死ねる。
「ねぇ、シオン。これには凶悪な【力】って書いてるんだけど……ホントにあるの? 国家転覆を企ててるってホント?」
少女は起き上がり俺に尋ねた。その表情が何故か生き生きとしているように見えるのは気のせいなのだろうか。詳しい事情を話す気にはならなかった俺を置いてけぼりにして、リリーはどんどんと話しかけてくる。
「ねぇ、その【力】私達に貸してほしいの!」
一瞬リリーの言っている意味が分からず俺は眉をしかめた。そんな俺の顔を覗き込んだリリーは、眩しい程の笑顔を浮かべて言った。
「皇帝を倒すために、その【力】を貸して! シオン!」
破壊の【力】を手にした若者シオン・グラントの軌跡を辿る物語。
次回。
真実・2――求められた【力】。その喜びは本人しか分からない。