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第27話 改革者

 白く長い髭を蓄えた老人は跪いたまま俺を見上げた。


「改革者よ、よく来て下さいました」


 俺はわけが分からず立ち尽くすことしか出来なかった。改革者――?何を言っているんだ。俺は――。


「何年待ちわびたことでしょう。貴方の【力】……破壊の【力】を持つ者が現れるのを私達は待っておりました」


 そう言って老人は立ち上がった。老人の割には背はすらりと高く、窪んだ瞳には輝きが宿っている。


「シィン、皆を呼んでおいで。改革者が来て下さったと。……皆喜ぶだろう」


 老人に言われたシィンは、はいと大きく返事をして聖堂の中へと入っていった。


「さぁ、貴方も中へ。皆お待ちしておりました」

「ちょっ……俺は――」


 手招きをしながら扉の奥へと進もうとする老人に向かって、まだ何も決めていない、そう言いかけた時だった。


「分かっております。だから我々を見ていただきたい。仲間に会って頂きたいのです」


 くるりと振り向いた老人の懇願するような瞳から目を反らせず、俺は扉の中へと進んだ。


 扉の中へと進んだ俺の視界の前に現れたのはおよそ三十人ほどの人々だった。老人もいれば、若い女性、幼い少年までもがその中にはいた。皆一様に自分を見つめてくる視線に、俺は一瞬たじろぎ、半歩後ろに下がってしまった。その俺の背中にぽんと軽く手をあて支えた老人は、低く嗄れた、それでいながら威厳の感じられる声で聖堂内に集まる人々に語りかけた。


「皆よ、この方が改革者イリア・フェイト殿だ。我々が待ち望んだ改革者が遂に現れた。……しかし改革者はまだ目覚めて間もない。私達の憂い、悲しみをこの方に伝えようではないか」


 聖堂内に集まる人々から歓声が上がった。すすり泣きのような声も聞こえてきて俺を困惑させた。老人は俺の横をするりと通り抜け、集まる人々の中へと進み 人々に声をかけた。


「シャール、遂に改革者が来て下さったよ」

「ほら、泣かないんだアリーシャ」

「ロイ、あの方が破壊の【力】を持つイリア殿だよ」


 集まる人々に一通り声をかけた老人は再び俺の隣に立った。


「私達は皆【力】を持っております。親に見捨てられ、友に裏切られ、最愛の人を得ることも出来ず長き時を過ごし、【力】をひた隠して生きて参りました」


 老人は聖堂内にいる人々を見ながら静かに語り出した。その表情は酷く悲しげで、窪んだ瞳にはうっすらと涙さえも浮かんでいた。


「けれど何故? 私達は罪を犯してこの【力】を手にした訳ではないのに。生まれ持ったこの【力】は罰せられるべきものなのか」

「【力】を持っていても平穏に生きていける世界もあるのに」


 老人の言葉にシィンが続いた。【力】を持ちながらも平穏に生きていける世界――今俺がいるこの世界――【力】がむしろ求められているこの世界を俺は見た。この目で、確かに。


「シィンの言うとおり。……私達に足りなかったのはこの世界を変えることの出来る力――かつて変革を起こす為に立ち上がった者達を率い、見事それを成し遂げた改革者。古き体制を破壊し新しい世界を創り出すことの出来る【力】を持つ存在」


 一瞬聖堂内がしんと静まり返り老人の声が響いた。俺は老人の言葉に圧倒され動くことが出来なかった。待っていた――?この破壊の【力】を持つ俺を――?


「イリア殿、私達の声は持たざる者達には届きません。ただ平穏無事に生きたい、共存したい、人間らしく堂々と生を歩みたい――そんな願いは持たざる者達には分からないのです」


 くるりと振り向いた老人は俺の目を見てきっぱりと言い放った。


「手を取り合えないならば、闘うしかありません」


 その口調は今までの語りかけとはうって代わった厳しいものだった。眼光は鋭く顔つきすらも変わって見えた。そしてそんな老人の意見に同調して人々から大きな歓声があがった。


「イリア殿、どうかその【力】を使って頂きたいのです。新たな世界を創造する為に」


 人々の視線が一斉に俺に集まった。……そうだ、俺はあの日決めたんだ。サラが殺されたあの日、世界を変えてやると。もうチェリカやサラの様な犠牲者を出さない為にも【力】を持たない者は殺す、と――。


「俺に……出来るなら」


 そう告げた瞬間、人々の歓声が高々と上がり、老人の顔が綻んだ。人々は皆笑い、瞳を潤ませ、互いに手を取り合い歓喜していた。俺が【力】を使うことで、このままでは処刑されてしまうかもしれない人々を助けられるのなら、俺は――喜んで使おう、この破壊の【力】を。


「おぉ……、感謝致します……! 皆、聞いたか? イリア殿が【力】を貸して下さる……!」


 あっという間に俺は人々に取り囲まれた。腰が曲がり杖をついた老人、涙を流す女性、年若く逞しい青年、まるで羨望とも呼べるような眼差しで見つめてくる幼い子供達。彼らは皆チェリカやサラのように【力】を持ち、そして今まで生きてきたのか。【力】の存在を周囲に悟られることなくひっそりと。


 彼らは罪など犯していないのに処刑されようとしている。そもそもの間違いは世界の根底にある教えだ。何故罪なき人々が殺されなければいけない。【力】を持って産まれてしまっただけで何故?


 答えは分かりきっている。自分達の持たない【力】の存在が恐ろしいのだ。そんな恐怖をから逃れる為に【力】を持つ存在を消すんだ。チェリカは人の為に【力】を使っていただけなのに、そしてサラは俺を助けたばかりに。

 俺の【力】は何故、今突然に現れた?それは――。


「この【力】は……世界を変える【力】」


 そう呟いた俺の顔を見て老人は柔らかく微笑んだ。


「ありがとうございます、イリア殿。……皆、よく聞くんだ。時が来た。生きるた為に戦うときが遂にきたのだ。今こそ立ち上がろう、犠牲になった仲間達の為にも!」


 そう老人が言い放つと聖堂のステンドグラスが震えるほどの大歓声が湧き上がった。そのあまりの凄まじさに声を失い立ちすくむ俺の前に、幼い少年がとたとたと歩み寄ってきた。そして俺の目の前で少年は握り締められていた小さなこぶしをぱっと開いた。手のひらの中には小さな淡い青色の石があった。


「これ……」


 少年の声は大歓声に半分かき消され、うまく聞き取ることが出来ない。俺がえっと聞き返すと、少年は石を持った手をずいと俺の目の前に伸ばした。


「……あげる。だから」


 その時俺は少年の青色の瞳に涙が浮かんでいることに気付いた。そして薄手の半袖を着ている少年の体に、数多くの傷跡があることにも。


「助けて。僕らのこと」


 少年の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。しかし少年の瞳は真摯に俺を見つめ続いている。いつの間にか少年の傍らにあの老人が近づいてきた。老人は少年の背をぽんと軽く叩くと言った。


「この子はテオと申します。炎を操る【力】を持っております」

「炎……」


 老人は少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「この子の生まれ育ったリュカリオという村を知っておりますかな? 母親は我が子の瞳の色と同じ色の宝石を身につける風習のある村なのですが」


 リュカリオ?どこだ?聞いたことがあるようなないような……。

 頭の中の地図にいまいちその場所を思い浮かべることが出来ないでいると、老人はふぉふぉと笑った。


「知らないですかな、無理もありません。……小さな村です」

「すまない、カラファのある大陸以外は詳しく知らないんだ」


 少年はまだ石を持った手を俺に向けている。俺はその手をそっと両手で包み下げてやった。しゃがんで少年の目線の高さに合わせて、できる限り優しく見えるよう微笑んだ。


「わかった。でも、これはいらないよ」


 少年は下げられた手と俺の顔を交互に見つめて、青い石をぎゅっと握りしめた。そしてこくりと頷くと周りで未だ歓声を上げ続ける人々の中へと走っていった。


「テオは」


 少年の姿を目で追っていた俺に老人は語りかけてきた。


「リュカリオの村で平穏に暮らしておりました。【力】を隠しながら両親と共に三人で生きておりました。一人の村人にその【力】の存在がばれるまで」


 老人の表情は見る見るうちに険しくなっていく。その表情は少年の【力】がばれてしまった後が悲惨極まりないことを示唆していた。


「……まだ【力】を持つ者が持たざる者の数を上回っていた頃、炎を操る【力】は大変重宝されていたと言います。生きるために炎は必要不可欠なものですから。しかし今のこの世界、あの子の【力】は忌まわしいものとされてしまったのです。村人達は少年を軍に突き出そうとしました。両親は、あの子を守ろうと――」

「……死んだのか」


 老人は大きなため息をついて頷いた。


「村人達に取って【力】を持つテオ同様、その存在を守ろうとする両親も忌むべき存在だったのでしょう。テオを軍に突き出そうとする暴動の末、両親は殺されたのです。……あの子の目の前で。その後はイリア殿も想像がつくのではないですか?」


 そう言い老人は俺の目をじっと見てきた。両親を目の前で殺された少年――彼は、きっと――。


「テオの【力】は暴走しました。大きな炎が村を、人を、両親の亡骸を包んだのです。……村は消失しました。そしてテオは瓦礫の中にうずくまっていたのです。あの宝石を握りしめて」


 俺は疑問に思った。そのような大惨事に軍は動き出さなかったのか。軍よりも先にあの少年を見つけることがどうして可能だったのか。疑問に思ったのが顔に出ていたのか、老人はすかさず答えた。


「何故軍より先にテオを見つけられたか不思議ですか? これが私の【力】ですから」

「……?」


 意味が分からず眉をひそめた俺を見て、老人はふわりと微笑んだ。


「私は【力】を持つ者を感知出来るのです。テオも私が見つけました。本来ならこんな【力】役にたつはずもないのですが、ふふ……。いえ、これが本来の使い方なのでしょう。私の【力】は、今この世界を変える仲間達を集める為の【力】です」


 老人は周りで騒ぐ人々をぐるりと見渡し言った。


「それでも私が見つけられたのはこの人数だけです。間に合わず処刑されてしまった人数には遠く及びません。チェリカ・ヴァレンシア……彼女もしかり」


 思いがけず老人の口から飛び出した言葉に一瞬息をのんだ。


「チェリカを、知ってるのか?」

「……【力】を感知出来たのは、彼女が帝都に連れてこられてから……。すぐにシィンを向かわせましたが……間に合わなかったのです。許して下さい」


 老人は目頭に手をあて俯いた。


「……いいんだ、俺だって」


 間に合わなかった。あの場にいて救うことが出来なかった。サラだってそうだ。

 辺りを見回すと、一瞬シィンと目があった。あいつもあの場にいたのか……俺の【力】が目覚めたあの場所に――。シィンは人懐っこい笑顔をこちらに向けた。


「俺は――助けたい。彼らを、【力】を持つ者達を」


 それは自然に出てきた言葉だった。俺は今心から思う。チェリカやサラのような犠牲者を出したくない。だから――。


「イリア殿、皆を代表しまして御礼申し上げます。……さぁ今日は宴です、改革者イリア・フェイト殿」


 そう言って老人は立ち上がった。よく見てみると、周りで騒ぐ人々は騒ぎながらも何かの準備に追われているようだった。俺は座ったまま、老人に返ってくる答えはわかりきっていたけれど、心に引っかかっていたことを聞いた。


「ダリウス……殿、……シィンのような【力】を持つ者がいるのなら――皆でこちらの世界で暮らせばいいとは思わなかったのか?」


 老人は一瞬不意をつかれたかの様に目を丸くしたが、すぐに目を細め微笑んだ。


「ここは確かに安全です。このままこの世界の住人として生きることも可能でしょう。……しかし、私達の願いは自分達の世界で生きたいのです。私達の生まれた大地で生き、そしてその生を全うし死にたいのです。それが私達のささやかな願いです」


 そう言って老人はくるりと後ろを向き人々の集まる方へと向かっていった。何やら指示を出しているかのように見える。

 俺のこの【力】で彼らを救うことが出来る。彼らの願いを叶えることが出来る。チェリカは助けられなかったけれど、サラは望まないかもしれないけど――これでいい。


 俺は、この【力】を使って――世界を変える。



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