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第26話 危惧

 暗闇の中には誰一人いない。何も無い。そんな中に私はただぽつんと佇んでいる。イリアの名を呼びながら、右も左も分からない暗闇の中を進むが返事はない。暗闇の中では、方向感覚ばかりか、時間の概念すら欠けていた。その中を、私はただ黙々と歩き続けた。暗闇の中から出たかった。


「はぁはぁ」


 どれだけ歩いたのか分からないがもう足は動かない。額からは汗が流れている。私は両手両足を投げ出して仰向けに倒れ込んだ。


「はぁ……もう歩けない……」


 私は目を閉じた。もう無理、歩けない、足が動かない。そもそも何のために歩いているのかも分からない。何か理由があったような気もするが、何も思い出せなかった。


「疲れた……」


 自分の呼吸音だけが暗闇に響く。もういいや、理由が分からないのだから、これ以上歩き続けなくても。


 さわさわさわ……


 その時、それまで何も聞こえることの無かった耳に何かの音が聞こえてきた。


「なに……?」


 上半身を起こして辺りを見回すが、やはり何もない。空耳かと思い、再び目を閉じた。


 さわさわさわ………


「やっぱり聞こえる」


 確かに、聞こえた。それは風に吹かれた木々の葉がお互いを擦り合った時のような音だった。


「一体どこから……」


 私は上体を起こし耳を澄ました。どこからともなく聞こえてくる音がはっきりと聞けるように。音は止んだり聞こえたりを繰り返している。風が止んだり吹いたりを繰り返すのと同じ様に。


 その時ひらひらと白い何かが目の前を通り過ぎた。風が吹いているわけでもないのに、それは空中を舞っていた。私は立ち上がり、その白い何かを追った。白い何かはひらひらと舞い続ける。まるで私をどこかへと誘うかのように。


 しばらくその白い何かを追って歩き進んだその時、突然それはぽとりと落ちた。なぜ今まで空中を舞っていたのか不思議なほど突然に。私は屈んでそれを手に取った。


「花びら?」


 それは白い花びらだった。暗闇の中でもその花びらは白さを失わず、まるでそれ自身が発光しているかのように、手のひらの上ではっきりと浮かび上がっている。どこから飛んできたのかは分からない。何も無いこの場所で、風に吹かれるわけでもなく飛んできた花びらは、一体どこからきたのだろう。


 私は手のひらに乗せた花びらをちょんと触った。その瞬間――眩いほどの光がその花びらから溢れ出た。光は瞬く間に一面に広がった。あまりの眩しさに、私は目をきつく閉じた。



 その時、声が――聞こえた。



 それは聞き覚えのある声で私の名前を呼んでいた。 












「お姉ちゃんっ……!」





 目をゆっくりと開けると、そこには泣きはらした目をしたユナが覗き込んでいた。


「ユナ……?」


 ぼんやりとした視界が晴れてゆく。目の前にいたのはユナだけではなかった。腕組みをしながら見下ろすキール将軍と、その隣に白衣を着た見知らぬ男がいた。


「どうしたの……?」


 腕を伸ばしてユナの髪に触れた。ユナの瞳からはまたぽろぽろと涙がこぼれだした。そのままユナ顔はくしゃっと歪み大声をあげて泣き出した。


「間に合ったようだな」


 私は訳も分からず困惑していると、キール将軍が話しかけてきた。そしてそっと手を私の額に当てた。そしてうんと頷き微笑んだ。


「危ないところだった。医者が間に合って良かった」

「……私……」


 私は何カ所かの包帯が取られていることに気付いた。もしかしたらまた何日か経過しているのかもしれない。頭がぼうっとするが、体の痛みもだいぶ引いたような気がする。


「あの後、高熱で君は生死の境をさ迷っていた。恐らくは傷口から入った雑菌によるものだろうが……。熱もだいぶ下がったようだ」


 キール将軍は優しく微笑んでいる。そして隣で泣き伏しているユナの頭をぽんと軽く叩くと立ち上がった。


「何か飲み物を持ってこよう」


 ドアがパタンと閉じた後、私はユナの頭を撫でた。


「ごめんね、ユナ。心配かけたね……」


 ユナはひっくひっくとしゃくりあげながら顔を上げた。


「お姉ちゃんっ………お姉ちゃんまで、いなくなったら……私っ……」


 私は泣きじゃくるユナを抱き寄せた。


「ごめんね、ユナ。もう、大丈夫だから……ね、泣かないで?」


 ユナは私の言葉にうんと頷くと、涙に濡れた瞳をごしごしと手で拭った。そして精一杯の笑顔を私に向けた。

 その笑顔を見て私は悲しくなった。私のいた世界のユナはこんな風に泣く子じゃなかった。

 発作に苦しみ涙を見せても、私がその発作を治してやると、いつも柔らかく子供らしい心からの微笑みを向けてくれていた。

 この笑顔は違う。……死にかけた私を心配して?それもあるだろう。でもそれが根底にあって心から笑えないわけではない。イリア――ユナの心の根底に引っかかっているのはイリアだ。


「ユナ、イリアの事だけど……」


 イリアの名前を出した瞬間、ユナの体がびくりと震えた。笑顔が引きつりそのまま俯いてしまった。私は上半身を起こしユナの俯く顔に自分の顔を近付けた。


「一緒に探しに行こう」


 その言葉に反応してユナは顔を上げた。


「心配だよね、イリアのこと。……私も心配。だから、ね?」

「だめ……だめだよ、お姉ちゃん! 無理しちゃだめ!」


 ユナは一瞬綻んだ顔を再び歪めて首を横に振った。イリアのことは心配で仕方がないはずだけど私の怪我を気遣っているのだろう。


「私なら大丈夫だよ。怪我、すっかり良くなったみたい」


 私はユナを安心させるために腕をぶんぶんと回して見せた。今の言葉はあながち嘘ではない。本当に怪我は良くなっている。全く痛くないわけではない。けれど痛みはだいぶひいていた。苦もなくユナと会話できているのがその証明だろう。


「ねぇ、ユナ。私気を失ってから何日経ったの?」

「……二週間……」


 予想以上だった。まさか二週間も眠り続けていたなんて。となると、イリアを帝都の広場で見たのはもう三週間も前になる。見つけられるだろうか。手がかりは一つもないのに。


 でも探さなきゃ。もうイリアのあんな顔見たくない。笑っていてほしい。ユナも心配してる。私が探さなきゃ――。


「行こう、ユナ」


 私は部屋中を見回した。ベッドの下に私の履いていた靴はあったが、着ていた服は見当たらなかった。恐らくはボロボロになってしまったのだろう。

 ベッドから這い出し部屋にある立派なクローゼットを開け服を取り出すことにした。中にある服はどれも高級そうで迷ったが、私はその中でも一番質素な黒い服を選んだ。それでもきっと私の服の何倍もの値段なんだろうと思いつつユナの手を引いて部屋から出ようと、ドアノブに手をかけた。その時だった。


 力を入れる前にガチャリといってドアが開いた。そこに現れたのは、キール将軍だった。片手に水差しを持ったキール将軍は、ユナの手を引く私の姿を見て、鋭い眼光を光らせた。


「……どこに行く気だ」


 私達が後ずさりをすると、キール将軍はずいと進み出て後ろ手でドアを閉めた。そして私達を見てふぅと大きく息をついた。


「イリア・フェイトを探そうにも居所も分かるまいに」


 そういって持っていた水差しを台の上に置いた。くるりと振り向いた顔からは鋭い眼光は消えていた。その表情は暗く険しいものに変わっていた。


「……君が眠っている間に、危惧していたことが起きた」


 そう言ったキール将軍の険しい顔に怯えてユナは私の後ろに隠れている。私のスカートの裾を掴む手は微かに震えていた。


「反帝国組織がイリア・フェイトに接触した」

「……え?」


 反帝国組織。聞き慣れない言葉をキール将軍は発した。この世界にそんな組織が存在しているの?


「一般の市民達は勿論その組織の存在は知らない。知っていたのは亡き皇帝陛下、陛下に従事する者、そして軍関係者のみだ」


 キール将軍はベッドに腰かけ、また大きなため息をつき俯いた。ユナは言葉の意味が分からないのだろう。私の後ろに隠れながら眉をしかめている。


「反帝国組織って……」


 私の言葉にキール将軍は顔を上げ、そして少しの間沈黙して答えた。


「【力】を持つ者達が集まる組織だ。……そして彼らは陛下を殺害したイリア・フェイトをトップに反旗を翻そうとしている」

「……!?」


 イリアが反帝国組織に?なぜ?どうして――。


「彼らは再現しようとしている。私達の祖先がしたことを」

「再現――?」


 キール将軍は立ち上がり窓辺へと向かった。そして外を眺めながら言った。


「……戦争が始まるかもしれない」




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