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第23話 最善の選択

 俺の側には誰もいない。毎日の様に見ていた悪夢さえも、俺を避けているようだ。皆この【力】を恐れている。いとも簡単に全てを破壊し尽くせるこの【力】を。


 血と炎の海――再び都をあのように変えたのは、俺だ。1カ月前のような不安や後悔は無い。ただ悲しいだけ。こうする事しか出来ない事実が。チェリカの命もサラの願いも、いとも簡単に奪ってしまえる思想が。それを許してしまうこの国の在り方が。


 俺がしようとしていることを、サラは望んでいないだろう。それでもいい。もうこれ以上、誰かが殺されるところは見たくない。






 サラが殺されてから丸三日が過ぎようとしていた。


 目の前にはいつもと変わらない凪いだ海があった。やはりいつも通り日の光を反射してキラキラと輝いていた。変わった事は、その海を臨む墓標が一つ増えただけだ。

 ふっと潮風が頬を撫でていく。生ぬるい風だ。血の匂いがするのは気のせいなのだろう。帝都から離れたこの場所までそんな匂いがするはずもないのだから。もしこの匂いが現実のものだとしたら、それは俺自身に染み付いた匂いなのだろう。


 帝都から誰かが俺を追って来る気配は未だなかった。あれだけの壊滅状態にしたのだから混乱しているのも当たり前だが。


 俺はあれからずっとこの場所にいた。どうすればこの国を変えられるのか悩んでいた。帝都にいた人間はあの日殆どを殺したが、きっと意味は無いだろう。この国の思想そのものの根底に【力】を持つ者の排除があるのだから、その思想を持つ人々の一部だけを殺したところで何も変わらないだろう。下手をすれば、【力】を持つ者を排除するという意識を余計に煽る結果になるだけかもしれない。それ程、その思想はこの国に住む人々に広く深く浸透していた。


 どうする事が最善なのか。どうすれば【力】を持つ者が殺されずにすむ世界になるのか。どうすれば――。


「イリア・フェイト!」


 突然後ろから名前を呼ばれたのは、そんな事を考えていた時だった。後ろを振り返ると、そこには真っ黒な短髪をツンツンとたたせた青年がエメラルドグリーンの瞳をこちらに向けて立っていた。十五、六歳くらいだろうか、まだあどけなさの残った表情からは笑みがこぼれていた。どうやら、帝都からの追っ手ではなさそうだ。


「なぁ、あんたイリア・フェイトだよな? 破壊の【力】持ってるんだろ!?」


 ……何だ、こいつは。破壊の【力】を知っている――。敵か――?

 言葉に出さなくても表情に出てしまったのだろう。俺の顔を見て青年は慌てて両手と首をぶんぶんと振った。


「俺、怪しい奴じゃないよ! ……違うんだ。【力】を、その破壊の【力】を貸してほしいんだ!」


 何を言い出すかと思えば【力】を貸してくれ、だと?俺は明らかに怪しいこの青年に口を開く気にもならなかった。しかし青年は尚も訴えかけてくる。口を開く気にならないながらも、それでもこの青年の話を聞いてしまっているのは、青年の瞳が真剣だったからだ。いつの間にか、そのあどけない顔からは笑みが消えていた。

 青年は口を開こうとしない俺の腕を掴んで言った。


「俺達と一緒にこの国を壊そう!」


 何を――言っているんだ?驚きは声にならない。この国を、壊す――?

 俺の言葉を待っているのだろうか、青年は俺の腕を掴んだまま真剣な目で俺を見ている。俺は何も答えなかった。この青年が何者なのか、そして国を壊すと言うことの本意すら分からない以上、下手に口を聞くことは避けた方がいいと思われた。すると業を煮やしたのか、青年のほうから口を開いた。


「なぁ、駄目なのか? 【力】を貸してはくれないのか? ……あんただってこの国を変えたいと思っているんだろ?」


 そう言ってから何かに気づいたのか青年は、あっと声を漏らした。


「もしかして警戒してるの? 俺が何者なのか分からないから。……俺もあんたの仲間だよ。【力】を持ってる。俺達はみんな【力】を持ってるんだよ」


 俺『達』はみんな……?それは、どういう事だ?もしかしたら――。


「見てもらった方が早いかな」

 青年はそう言うと俺の腕を掴んだまま目を閉じた。その瞬間、何とも言えないような不思議な感覚が俺を襲った。体がふわりと浮くような感覚――そして次の瞬間、割れるように頭が痛んだ。 キーンと耳鳴りがし始め、視界がぐにゃぐにゃと歪むと、猛烈な吐き気に襲われた。俺は口元を押さえながらきつく目を閉じた。







「大丈夫? もう目を開けても平気だよ」


 どれくらい目を閉じていただろう。多分ほんの数秒の短い時間だったのだろう。しかし、強烈な頭痛と猛烈な吐き気に突如襲われた俺にとっては、果てしなく長い時間に感じられた。


 目を開ける。目の前にあったのは――今まで目の前にあった景色と何ら変わりなかった。眼下に広がる太陽光を反射しキラキラと輝く海、そしてその海を臨む墓標……。


「……!?」


 ――違う。この墓標は違う。


 そこにある墓標は酷く傷んでいた。まるで何年も、そうずっと昔からこの場所で、この海を臨んでいたかのように。何故――?そんなはずはない。この墓標は……。


「それはあんたの造った墓じゃないよ」


 頭痛と吐き気で座り込んだ俺を見下ろして青年はクスクスと笑った。


「……違う、だと?」

「そう。それは違うよ。よく見てみなよ、なんて刻んである? あんたが刻んだ名前がそこにあるかい?」


 俺はその墓標に刻まれた名前を確認した。そこにはチェリカの名が刻まれている筈だった。


「……違う……」

「でしょ?」


 傷んだ墓標に刻まれた名は既にはっきりとはしていなかったが、チェリカの名はどこにも刻まれていなかった。


「何故――」


 頭が混乱する。確かに同じ場所に墓標は二つあるのに、そこに刻まれている筈の名がない。そしてこの青年は、目の前の墓は俺が造ったものでもないと言う――。

 青年が後ろでくすくすと笑った。


「これが俺の【力】。どう?」

「……何をした」


 俺は振り返りくすくすと笑う青年を睨みつけた。 


「俺は『今』を旅する【力】を持ってるんだ」


 青年は笑いながら答えた。俺は未だ治まらない頭痛に耐えながら青年に尋ねた。


「『今』を旅する……だと?」


 青年は墓標に近付き、雨風に晒され傷んだ墓標の土埃を払った。


「あんたは思ったことないかい? あの時ああしていれば、こうしていればって。そういう可能性の数だけ『今』は在るんだ。この場所も、誰かが違う選択をして出来た『今』。だから、俺達がさっきいた『今』とは違うんだ。俺は沢山の『今』を行き来出来るんだ」


 青年は自嘲するように鼻で笑った。


「こんな【力】なんの役にもたたないけど、この【力】のお陰で、この世界を変えたいって思えるんだ。色んな『今』を見てきたからね」


 俺は座り込んだまま青年の話を聞いていた。青年の表情はだんだんと陰り、拳が強く握られていった。


「どうして俺達だけあんな目に合わなけりゃいけない? 【力】を持っていても平穏に暮らしている『今』もあるというのに。……変えたいって思うのは当然さ。みんなみんな、我慢してるんだから。だから変えてやるのさ、【力】を合わせて。あんたの破壊の【力】さえあれば夢じゃない」


 青年は手を差し出した。しかし俺はその手は取らなかった。まだ聞きたいことがあった。俺は差し出された手を無視して青年に尋ねた。


「お前、さっき俺『達』って言ったな。他にも【力】を持つ者がいるのか?」

「いるよ。色んな【力】を持った人達がね」


 青年はやり場の無くなった手をズボンのポケットに入れて答えた。


「だったら……そいつらだけで国を壊すなりなんなりすればいい。俺は――」

「あんたがいなきゃ駄目なんだ。破壊の【力】を持ったあんたがいなきゃ!」


 俺の言葉を遮って青年は言った。


「みんな待ってたんだ。破壊の【力】を持った誰かが現れるのを! ……破壊の【力】を持つ者は改革者だから。だからあんたの噂を聞いて、手配書を見てみんな泣いて喜んだんだよ。やっとこの国を終わらせられるって」


 青年は息をつく間もなく言った。なんとなくこの青年の言う話は掴めてきたが、どうも信憑性にかけている。この青年は確かに【力】を持っている。実際この場所は、先程の場所と同じ様で違うことが確認できたから、『今』を旅する【力】は信用しよう。けれど、処刑されてしまわないように【力】を隠しながら生きている人達が、同じ様な志を持って集まることなど可能なのだろうか。


「信じてくれよ……。俺達にはあんたの【力】が必要なんだ」


 そう言うと青年は座り込み俺と目を合わせた。


「とりあえず、みんなに会ってくれるだけでもいい。それから【力】を貸してくれるか決めてくれれば」


 青年はなかなか食い下がろうとしない。いつの間にか太陽は西の水平線に沈もうとしていた。オレンジ色の光に照らされながら、青年はじっとエメラルドグリーンの瞳を俺に向けてくる。


 どうするべきなのか、どうする事が最善なのか悩んでいた俺の前に現れた青年。この手をとってもいいのか――。


「頼むよ……!」


 この手をとれば世界は変わるのか?


 俺は手を伸ばした。青年の顔がぱぁっと明るくなった。


「ありがとう! みんな喜ぶよ。さぁ、行こう!」


 青年はぐいぐいと俺の腕を引っ張り先に進もうとした。やめろと言おうとして、俺はやっとその時青年の名前すら知らないことに気が付いた。


「おい。お前、名前は?」


 俺の問いかけに青年は顔だけ振り返り一瞬キョトンとし、そして満面の笑みに変わった。


「そうだ、まだ言ってなかったね」


 そう言うと青年は体ごと振り返り、改めて俺の前に向き直った。


「俺、シィンっていうんだ。シィン・リオーネ。よろしく」


 シィンと名乗った青年はあどけなく人懐っこい笑顔を俺に向けた。


 最善の選択――。俺はこれで正しいのか――。



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