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第20話 考えて下さい

 私はこのまま見ている事しか出来ないのだろうか。あの女性が死にゆくところをただ見ているだけしか――。


 間近に見える広場にはすでに多くの人々が待ち構えている。群集に囲まれながら進む女性の姿が見えたのか、広場からは大きな罵声が上がった。


 真っ白な服に包まれて出てきたはずの女性の姿は、人々が投げつけた、石ころや、誰が持ってきたのだろうか卵やトマトによってどろどろに汚れてしまっていた。今、あの女性はどんな気持ちでいるのだろう……。


 広場には大きな十字架があった。その十字架の下に数多くの木片がしかれていた。あの女性に待ち受ける運命を容易に想像できるものがそこにあった。


 女性を囲んだ集団は広場へと到達した。罵声は更に大きくなった。私は人々をかき分け前へ進もうとしたが、怒り狂った人々は押し退けるどころか、皆が揃って前へ前へと行こうとするので、どんどん後ろへと押しやられてしまった。人々の隙間から一瞬、女性の顔とレオン君の後ろ姿が見えた。兵士達は押し寄せる人々を制止するのに手一杯のようだった。


 背伸びをしながら広場の中心にある十字架を見た。女性は無表情だった。泣くも喚くもしない。もしかしたらその運命を受け入れたのかとも思える、そんな表情だった。


 そしてその体が兵士によって十字架へとくくりつけられた。その兵士が乱暴に扱ったのか女性の顔は一瞬痛みに歪んだが、またすぐ元の表情に戻った。


 その時、兵士達が皆同じ方向を向き直し敬礼の姿勢をとった。その方向に目をやると現れたのはキール将軍だった。しかしその姿は女性の家の前で会った時のそれとは違って、仰々しい格好になっていた。正装なのだろうか。数多くの勲章をつけた白を基調にした軍服は裾に金の刺繍が施されている。赤い裏地の白のマントにも同じように、金の刺繍で帝国の紋章があしらわれていた。そして携えていた長剣は白い鞘に収められていた。


 十字架の前で足を止めたキール将軍が片手を挙げると、兵士達は再び将軍の方に向き直し敬礼をし、人々のざわめきも消えた。


「レイヴェニスタの民よ! この都に住む人々よ!」


 将軍は低いがよく通る声で言った。


「陛下亡き今、私は討伐隊隊長として、今日までイリア・フェイトの捜索に全力を注いできた。そして!」


 携えていた長剣をするりと鞘から抜き、その切っ先を女性に向けた瞬間、それまで大人しかった人々から悲鳴にも似た歓声が沸き上がった。


「イリア・フェイトを匿い、今日まで共に過ごしてきた女を遂に捕らえることが出来た」


 歓声の中には罵声も飛び交っている。大声をあげて泣き崩れる人もいた。しかし女性の表情は変わらない。そしていつの間にか女性がはりつけられた十字架の両隣に松明を持った兵士が待機していた。


「何故、あの男を匿った? お前には何の得もないだろう?」


 女性は何も答えなかった。キール将軍は俯き何か口を動かしたが、その声は人々の歓声にかき消され聞くことは出来なかった。


 俯いていたキール将軍は顔をあげ、手に持つ長剣を天高く掲げ叫んだ。


「陛下に代わり……大罪人にくみした者へ……裁きを!」


 広場に集まる人々から今までで一番の大歓声が上がった。歓声が静まる前に将軍は松明を持った兵士に何かを語りかけ剣を収めた。兵士は敬礼をし、将軍は歩き出しこの広場から去ろうとした。


 私は走り出した。私には直接あの女性を助ける術はないけれど、キール将軍だったらきっとこの処刑を取り止める事が出来る!


 人々は皆十字架にはりつけられた女性を見て、泣き騒ぎ罵声を浴びせている。兵士達は、今にも暴徒と化しそうな人々を抑えるのに費やしている。誰もこの場から去ろうとするキール将軍には目もくれていない。今しかない。人混みを掻き分け、広場を後にする将軍を追いかける。


「キール将軍!」


 叫んでみるが、人々の大歓声の前では何の意味も持たなかった。それでも私は叫んだ。将軍と私の距離がどんどん縮まり、なびくマントに手が届きそうになった瞬間、人々からまた大歓声があがった。後ろを振り向くと、松明の火が今にも点けられようとしていた。その大歓声に一瞬身じろぎしたキール将軍のマントの裾を私は掴んだ。はっとして後ろを振り向いた将軍の顔は酷く青白かった。


「キール将軍! お願いです、あの人を助けて下さい」


 しかしキール将軍は応える必要など無いとでも言うようにまた後ろを向いて歩き出そうとした。私はマントを掴みながら、人々の歓声に負けないくらいの声で叫んだ。


「あの人は、悪くない! それなのに……どうして!」


 キール将軍は足を止め、それなら、と呟いた。拳は固く握られ、肩は震えているように見えた。


「それなら、どうすればいい? 人々の怒りは他にどうやって鎮める? 君には分かるのか!?」


 その表情はひどく悲しげだった。


「私は……こんな事の為に――……」


 キール将軍は右手で顔を覆い俯いた。その時だった、ずっと閉ざしていた口を女性が開いたのは。


「皆さん――……!」


 高く、細く、女性の声が響いた。広場は一瞬にして静まり返った。誰しもが十字架にくくりつけられた女性に視線を向けた。それは私も、そしてキール将軍も例外ではなかった。全ての人が女性に注目した。


「……皆さんに、聞きたいことがあります」


 人々はざわめく事もなく、処刑される寸前の女性の言葉に耳を傾けた。


「どうして【力】を持っているだけで、苦しまなければいけないのですか? どうして隠さなければいけないのですか? どうして殺されなければいけないのですか? 皆が皆【力】を悪用する人ばかりなのですか? ……皆さんの身近に【力】を持つ人はいないのですか?」


 女性の問いかけに広場はざわついた。女性の言葉に明らかに人々は動揺しているように見えた。


「その人は、苦しんでいませんか? 傷ついていませんか? 泣いていませんか? 一人孤独に怯えていませんか? 【力】を持っていたって同じ人間です。喜び、悲しみ、憎しみだって抱きます。皆さんと同じ様に。

 【力】を持つだけで人を処刑しても誰も悲しまないのですか? その人を大事に思っていた人もいたかも知れないのに? 皆さんが……イリア・フェイトに家族、友人を殺された怒り、憎しみは分かります。でも! 彼が大事な人を失った悲しみや憎しみは、無視してもいいのですか……?」


 女性は懸命に訴えかけた。広場に集まった人々の中には再び罵声を投げかける者も出てきたが、隣り合った者同士で何かを話し出したり、中には俯き何か考え込み始めた者もいた。


「考えてみて下さい。もし皆さんの大事な誰かが【力】を持っていたら、と。皆さんはその人を冷たくあしらうのですか? 石を投げつけるのですか? 殺されてしまっても仕方ないと割り切れるのですか? ……手は取り合えないのですか?」


 遠くに見える女性は涙を流していた。十字架の隣に立つ松明を持った兵士達は、火を点ける頃合を見計らっている。


「……私を殺して、ほんの少しでも皆さんの心が晴れるのなら、私は、この運命を受け入れます。だから、どうか――」


 人々からこの時ざわめきが消えた。誰しもが女性の発する言葉を聞き入れているかの様に。


「考えてみて下さい。共生する、という事を」


 広場は静けさに包まれた。




 しかしその静けさは、十字架にくくりつけられた女性の足元の木片に火が点けられる事で破られた。


 火は瞬く間に大きく燃え上がった。女性が苦悶の表情を浮かべると、広場はかつて無い大歓声と熱気に包まれた。


 炎に包まれながら女性は声を振り絞った。


「……考えて下さい……。共に生きる術を――……」



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