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第2話 異変、そして旅立ち

 真っ暗。真っ暗な世界。


 ……誰か泣いてる。


 イリアだ。


 イリアが泣いてる。イリアがすぐ近くで泣いてる。何も聞こえないけど、確かにすぐそこで泣きながら何か叫んでる。


 どうしたの、イリア? 何があったの? 泣かないで……。


 イリアのいる方に手を伸ばす。でもなぜか届かない。走っても走っても届かない。そればかりか、イリアはどんどん離れていく。


 ねぇ……どうして――。



 


「イリア!」


 私は思わず叫んだ。いつの間にか辺りはあの真っ暗な世界ではない。いつもの帰り道、イリアの家から私の家までの道だ。そこに私はうつ伏せに倒れていた。


「あれ……私……」


 夢……? 私、倒れ込んで、夢を見ていたの?


「イリア……?」


 送ってくれていたはずのイリアの姿は無かった。とりあえず服に付いた土埃を両手で払いながら立ち上がる。




 私はこの時全てが夢だと思っていた。私を呼ぶ『私』の声も、イリアの泣き顔も。







「何これ……?」


 家に着いた私は愕然とした。家のドアが壊れている。無理やりこじ開けられ、無残な状態になっている。


「何……何なの!?」


 部屋の中では衣服や食器が足の踏み場もないほど散乱し、家具も乱暴に破壊されている。


「やだっ!」


 私は思わず家を飛び出した。泥棒だろうか? それとも何か別の――。


「嫌だ。怖い……助けて、イリア!」


 帰ってきた道を引き返し、イリアの元へと走った。何も考えられない。ただ突然自分の身に降りかかった出来事に、気が動転するばかりだった。途中足がもつれて転んでしまった。一体私が今日イリアの家に向かってから何があったのか。私の家のあの有り様は――。不意に涙が出てきた。転んだ態勢のまま私は顔をうつ伏せた。


「君」


 いきなりその声は降ってきた。


「君、どうした? 大丈夫か?」


 顔を上げると、目の前に真っ黒な毛並みの馬に乗った金髪の男がいた。長い髪を後ろで束ねている。私は立ち上がり涙を拭い、起き上がった。


「大丈夫か? けがをしているのか?」


 慌てて首をよこに振る。


「いいえ。大丈夫です……」

「そうか……ならいいが」


 よく見ると男は軍服を着、見覚えのある紋章のついた長剣を携えていた。


「あの、あなたは……」

「私はキール・シャロン。レイヴェニスタ帝国将軍だ」

「えっ!」


 レイヴェニスタ帝国の将軍! どうしてこんなところに……?


「レイヴェニスタ帝国将軍がこんな所にいるのは不思議か?」

「あっ! はいっ!」

「ふ……正直な娘だな」

「あ……ごめんなさい!」


 キール将軍は優しく微笑んだ。そして懐から何か紙切れを取り出し、私の前に差し出した。そして真顔に戻り言った。


「私は大罪人を追っている。そいつは以前この辺りに住んでいたらしいということだからな。君、この辺りの住人なら、見覚えはないか?」


 私の前に差し出された紙は、手配書だった。私はそれを見て愕然とした。


「どうだ?」


 キール将軍は鋭い目つきで凝視している。冷たい汗が背中を流れた。これは――。


「見たことがあるのか?」


 キール将軍が訝しげに聞く。私は慌てて首を振った。


「いいえっ! ……いいえ、私、知りません」

「そうか。とりあえず、その男を見たら連絡してほしい。君、名前は?」

「私は……チェリカ。チェリカ・ヴァレンシアです」

「では、ヴァレンシア。くれぐれもその男を匿うようなことはするな」


 キール将軍は再び馬にまたがり、手綱を手にとり振り向かずに言った。私はどきりとした。顔に出ていたのだろうか。私はこの手配書の男を知っていると。でも聞かなきゃ……!


「あの! キール将軍! この人……何をしたのですか? 何の罪で追われているのですか?」


 キール将軍は振り返った。


「その男は……イリア・フェイトは、我が帝国皇帝を殺害し逃亡した」


 そう言ってキール将軍は馬を走らせ、その姿はみるみるうちに小さくなっていく。



 嘘。嘘だ……。

 イリアが、あの優しいイリアが――。


 皇帝を、殺した――?





 レイヴェニスタ帝国。この世界を統治する強大な国家。



【力】を持つ皇帝が君臨し、そして【力】を持った多くの者達がその皇帝に仕えている。




 その皇帝をイリアが? 信じられない。イリアが大罪人? 何かの間違いじゃない? あのイリアが皇帝を殺害なんてするはずない。だって何の為に――?


 でも確かにこの手配書はイリアだ。銀の髪、漆黒の瞳。いったいどうしてこんな事になってるの? だってついさっきまで一緒にいたのに。私は駆け出した。イリアに会わなければ!






「イリアっ!」


 ドアを開けると同時に叫んだ。


「チェリカ……お姉ちゃん?」


 ドアを突然開けられびっくりしながら目を見開いていたのはユナだった。すっかり顔色も戻って、もうベッドから起き上がっている。


「ユナ……もう起き上がって大丈夫?」

「本当にチェリカお姉ちゃんなんだね! 戻ってこれたんだね!」


 そう言うとユナはポロポロと涙をこぼし始めた。


「ユナ? どうしたの……?」


私はなぜユナが泣き出したのかわからずうろたえてしまった。


「よかった……よかった……、戻って来れたんだね」


 ユナの言っている意味が分からない。しかしその顔は涙をこぼしながらも、安堵とも言えるような笑みを浮かべていた。とりあえず、私はイリアの事を聞くことにした。


「ねぇユナ、イリアは? イリアはどこにいるの?」

「……チェリカお姉ちゃん、お兄ちゃんと一緒じゃないの?」


 ユナの顔から笑みが消えた。


「……? 何言ってるのユナ?」

「お兄ちゃんはお姉ちゃんを追って行ったんだよ!」

「私を? なぜ?」

「だってお姉ちゃん……、レイヴェニスタ軍に連れてかれちゃったから。【力】を使って連れて行かれたから……!」


 ユナは涙をこぼしながら続けた。


「チェリカお姉ちゃんは、あの日【力】を使っている所をレイヴェニスタ軍に見られちゃったんだよ! だから連れて行かれたんだよ!」


 瞬間、力が抜け膝が折れてしまいそうになったが、それを私は壁に手をついて支えた。


「私、お姉ちゃんが殺されるんじゃないかと思って……。ねぇ、本当に大丈夫? 何もされてない?」


 【力】を使って捕まった? 殺される? 頭が混乱する。だってそんな事あるはずない。【力】は世界で奨励されているのだから。


「ユナ、どうして【力】を使って捕まらなくちゃいけないの?」


 ユナはますます顔をくちゃくちゃにして泣き出した。


「だって【力】を持つ者は魔女として帝都に連れて行かれて、裁判にかけられるでしょ! お姉ちゃん……きっとショックで覚えていないんだ。だからお兄ちゃんともはぐれて……」


 足に力が入らなかった。魔女? 【力】を持つ者が魔女? 口の中がカラカラだ。背中を流れる冷たい汗も止まらない。あと一つ、あと一つだけ聞かなければ……。


「ねぇ、ユナ。私、いつ帝国軍に連れて行かれたの?」

「お姉ちゃんは一カ月前に連れて行かれたんだよ」


 これは……夢の続き? 私はまた夢を見ているの?


 私はふらりと立ち上がり、ユナが呼び止めるのも聞かず、外へと走り出た。どくんどくんと心臓が高鳴る。自分の鼓動がこんなに大きく聞こえるなんて。魔女。裁判。レイヴェニスタ帝国軍。皇帝殺害。頭がパンクしそう。私どうしちゃったの? 私、頭がおかしくなっちゃったの? それとも――。


「これは現実なの……?」


 私は走り続けた足を止める。


「【力】を持つ者が魔女として裁かれるこの世界は……現実?」


 ユナが嘘をつくはずはない。あんな顔をしながら、涙を流しながら嘘をつくような子でない事を私は良く知ってる。それならこの世界はやっぱり――。


 じゃあイリアは? 本当にレイヴェニスタ帝国皇帝を殺害したの? なぜ?


 私イリアを探さなきゃ。私を追って家を出たイリアを探さなきゃいけない! そうすればきっと全部分かる。この世界は現実なのかも、そして私が今ここにいるわけも、全て――。


 そのまま歩き出したどり着いたのは私の家だった。変わり果てた私の家。ここは今朝イリアが私を呼びに来た家ではない。同じ家だけど、この家はきっと一カ月前に私を捕らえに来た帝国軍が荒らしたままになっている家なんだ。無残な状態のドアを開ける。旅立つ用意をしなければ。










 ここは私がいた世界と同じであって違う。【力】を持つ者は魔女として裁かれるこの世界は……そう、平行世界。


 私は決意した。イリアを探し出し真相を解明し、そして私が今、この平行世界にいる意味を見つけ出そうと――。

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