表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/104

第16話 最果ての墓標

 最果ての崖とは、その名の通り大陸最北端に位置する崖のようだ。地図を開き場所を確認しながら歩く。帝都からあまり距離はないようだ。レオンくんはイリアが北へ向かったと言っていた。イリアが何の為に北へ向かったのかは分からないが、他に手掛かりが無い以上、北へ……最果ての崖へ向かうしかない。


 夜まで降り続いていた雨は嘘のように晴れ、太陽光はさんさんと降り注いでいる。だからと言って暑すぎる訳ではなく、心地良い気候だった。昨晩夜通し歩き続けたせいか少し眠い。それにお腹が空いてきた。少しどこか木陰で休もうか。辺りを見回し手頃な場所を探す。


「無いなぁ」


 少し離れた所に一軒家があるだけで、あとは見晴らしのいい風景が広がっているだけだ。一軒家の煙突から煙が出ていた。食事の支度でもしているのだろうか。


「休ませて下さいっていう訳にもいかないし……」


 でも、休ませて下さいという訳にはいかないけれど、手配書を見せてイリアが確かにこちらの方へ来たかどうか確認するのはどうだろう?


「行ってみよう」


 遠くに見える一軒家へと向かう。近くまで来ると、やはり食事の支度をしているのだろう、いい匂いがしてきた。家のドアをノックする。


「すいません」


 手配書を荷物の中からとりだしていると、はーい、と家の中から声がした。ドアがガチャリと開き、中から出てきたのは女性だった。


「どなたでしょう?」


 どこかで見たことがあった様な気がしたが、どこでだったかは思い出せなかった。その女性は盲目のようだった。目を閉じ杖をついている。これじゃあ手配書を見せて聞くわけにもいかない。


「あの、すいません。私、帝都の方から来たんですけど、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「何でしょう? 私に分かることでしたら」


 盲目の女性はにこりと微笑んだ。


「一カ月くらい前に帝都で事件があったこと、知ってますか?」


 私は女性に尋ねた。


「……えぇ」


 女性の顔から微笑みが消えた。事件が事件だけに笑って聞くような話しではないと思ったのだろうか。


「私、イリア・フェイトという人を探しているんです。……その事件の容疑がかかっている人なんですけど。事件後こちらの方に向かったと聞いて。何か知りませんか?」


 女性は真剣な面持ちで私の問いに答えた。


「帝都で起きた事件は知っています。皇帝陛下と多くの人々が亡くなった事件の事ですよね? でも……イリア・フェイトの事は知りません」

「そうですか……」

「ごめんなさい、力になれなくて」


 申し訳なさそうに女性に言われたので、私は慌てて両手と首を振った。


「いえっ! 大丈夫です。いきなり訪ねてきてすいません」


 そう私が言い終わった時、タイミングよくお腹が鳴った。なんてタイミング……。一瞬の沈黙。そして次の瞬間女性が笑い出した。


「お腹、空いてるんですね。今食事の支度をしていたんですけど、宜しかったらどうですか?」

「えっ」

「どうぞ入って下さい、狭いですけど」


 女性はそう言い中へと入って行き、私に中に来るように手招きした。私は促されるまま家の中へと入っていった。何を作っているのか分からないが家の中はいい匂いがいっぱいに広がっていた。


「今持っていくので、座っていて下さい」


 奥から女性の声がした。奥は台所になっているようだ。女性に言われた通りに座っている事にした。辺りを見回してみた。テーブルと椅子と棚と暖炉。お世辞にも広いとは言い難いが、綺麗に片付いていた。盲目で、町から離れたこんな場所に一人で住んでいるのだろうか?そうこう考えているうちに、女性が湯気の立った器を両手に持って奥から出てきた。そして女性は私の前にその器を置き、向かい側の席に着いた。


「どうぞ、召し上がって下さい」

「あ、ありがとうございます」


 器には野菜が沢山入ったスープが盛られていた。もう片方の器にはまだ湯気の立っているパンが入っていた。焼きたてのようだ。どちらからも美味しそうな匂いが漂っている。


「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」


 スープを一口啜り、パンをちぎって口に運ぶ。


「美味しいです」

「良かった、沢山食べて下さいね。ところで、えっと……」

「あっ、私チェリカっていいます」


 慌てて名乗る。食事をご馳走してもらっておいて失礼な事をしてしまった。


「チェリカさん……?」


 女性は何故か一瞬驚いた顔を見せた。


「あ、ごめんなさい。私の……知り合いと同じ名前だったので。私、サラといいます。チェリカさんは、何故イリア・フェイトを探しているのですか?」


 どうしよう、何て言えばいいだろう。正直に言っても信用して貰える訳もないし、もし下手をしたら怪しい旅人として通報されてしまうかもしれない。そう一瞬にして考えを巡らせた私は、無難な嘘をつくことにした。


「……私、友達を帝都で亡くして、それで……」


 女性は私の話を信じたのだろう。悲しげな顔をした。


「敵討ち、ですか」

「……はい」


 嘘をつくのは良心が痛むけれど仕方ない。何より優先すべきはイリアを探す事なのだから。


「……私が言うような事ではないですが、敵討ちなんて止めた方がいいです。私、彼の様に人を傷付けた人を知っています。そしてその人に復讐しようと誓った人を知っています。彼は結局復讐を果たせなかったけれど、ずっと諦められません。ずっと憎み続けているんです。そんなの悲しくないですか」


 女性は心底悲しげな顔をして、そして俯いてしまった。


「でも私は――探さなければいけません」

「……そうですか」


 悲しげに俯いてしまった女性を見ると、本当は復讐の為に探しているんじゃない、と言いたくなった。この人ならもしかしたら本当の事を言っても大丈夫なのではないかと、一瞬そう思った。でも――。やっぱり止めよう。急いで目の前の食事を食べる。パンもスープももう冷めてしまっていた。


「ご馳走様です。本当にありがとうございました」


 私は礼を言い席を立った。女性も立ち上がり入り口まで見送りに来た。


「気を付けて下さいね」


 女性は結局最後までずっと悲しげな顔をしていた。






 しばらく歩くと波が打ちつける様な音が聞こえてきた。崖が近いんだろう。やがて水平線が見えてきた。


「ん……?何かある」


 ぼんやりと何かが崖にあるのが見えた。もう少し近付かないと分からないな。自然と崖へと向かう足が早くなる。打ちつける波の音が近くなるにつれて、崖にある何かが鮮明に見えてきた。あれは――。


「お墓……?」


 その何かの前まで来てやはりそれは墓であると確信した。木が十字に組まれて 出来ていたその墓標の前には白い花が供えられていた。墓標の状態から見ても、その墓はつい最近作られたであろうものだった。そして私はその墓標に刻まれた文字を見て驚愕した。


 チェリカ 永遠に



「これは――」


 立ちすくむ足ががくがくと震えた。

これは私の、この世界に住む私のお墓なの……? 一カ月前に処刑された私の――。なぜここに帝都で処刑されたはずの私の墓が?


 そんなの決まってる。イリアだ。やっぱりイリアはここに来ていたんだ。がくんと膝が折れた。涙が急に溢れてきた。この世界に住んでいた私は死んだんだ。帝都で話は聞いていたけど、やっぱり処刑されたんだ。そして私を救うために追いかけて来てくれたイリアは、私を助けられずに何らかの【力】を目覚めさせてしまった。その【力】のせいで多くの人々の命を奪ってしまった。


 イリア――……!


 涙が止まらない。イリアはどんな思いでここまで来たのだろう。死んだ私を抱えここまで来て墓を作った。一瞬不吉な考えが頭をよぎった。崖から身を乗り出し、眼下に広がる海を見た。もしも、全ての事に絶望してここまで来ていたのだとしたら――。だめだ、そんな事考えちゃ。でも、それならばイリアの行方を知る人がいないことにも納得がいく。


「イリア……そんなわけ、ないよね?」


 自分に言い聞かせるが、一度頭によぎった考えはなかなか消えない。


 そんな時だった。地面が微かにぐらぐらと揺れていることに気付いた。


「地震!?」


 地鳴りの様な音も聞こえる。私は墓標のある場所までかけ戻った。そして私はその時見た。もくもくと砂煙をあげ大軍が帝都からこちらの方へ向かってくるのを。


「何……!?」


 遠目に見てもそれはレイヴェニスタ軍だということが分かった。その大軍の一人一人が銀色の鎧に身を包み、そしてその中の数名がレイヴェニスタ帝国の国旗を掲げている。しかしその大軍の目的地はここではないようだった。レイヴェニスタの大軍は、この最果ての崖までの道からは外れていった。大軍が向かう先を見て私は思わず立ち上がった。


「あっちは……」


 あの女性の家がある。突然訪ねてきた見ず知らずの私に食事をご馳走してくれたあの女性の家が。


「どうして――」


 そのとき私はある推論に到達した。


「もしかしたらあの女性は……イリアの行方を知っていたのかもしれない」


 もしあの優しい女性がイリアの事を匿っているのだとしたら――あの人もただで済まないのでは……!


 私は走り出した。全速力で走る。


「お願い、間に合って……!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ