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第15話 償うために

 ここはどこだ。


 暗闇が広がる世界。何も見えず、何も聞こえない。


 俺は暗闇の中を歩き続けていた。


 遠くにぼんやりと白いものが浮かび上がった。それに向かって足を早める。近づくにつれその白いものの正体が明らかになった。チェリカだ。裾の長い白い服を纏ったチェリカが、虚ろな目をしてゆらゆらと立っていた。その姿には見覚えがあった。あの日と同じ格好だ。十字架にはりつけられ火あぶりにされた、あの日と――。


「チェリカ……」


 ゆらゆら揺れているチェリカを抱きとめる。虚ろな目が俺を見て、そして微笑んだ。


「イリア」


 俺はチェリカを抱きしめた。細い体がすっぽりと俺の腕の中に収まった。


「どうして」


 次の瞬間白い服の裾が燃えだした。


「どうして助けてくれなかったの?」


 虚ろな目をしたチェリカの体はみるみるうちに炎に包まれていった。思わずチェリカの体を離す。


「ねぇイリア、どうして? 私待ってたのに」


 炎に包まれたままチェリカは続ける。


「ねぇイリア、熱いよ、苦しいよ」


 燃える手を差し出し、苦しげに呻きだした。


「熱い、イリア、痛い」


 俺の目の前でチェリカが燃えていく。その体は炎に包まれたまま崩れ落ちた。そして燃えあがる手を掲げ俺を指差した。


「許さない、イリア。絶対――」


 そのまま黒煙を纏いながらチェリカは動かなくなった。俺はその場に立ちすくんだ。声が出ない。


「人殺しっ!」


 突然後ろから声がした。それは憎しみに満ちた幼い声だった。後ろを向くとあの時の少年がいた。涙を流しながら叫んでいる。


「お母さんを返せっ!」


 子供の悲痛な叫び声が暗闇の中に響き渡る。


 違う、俺は……あんな事するつもりじゃなかった――。尚もその子供は叫び続ける。


「人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し」


 やめろ! やめてくれっ!


 思わず俺は耳を塞いだ。その時だった。何かが俺の足首を掴んだ。耳を両手で塞いだまま、何かに掴まれた足首にに目を向ける。あの時の人間だった。血を流し、涙を流し、それでも力強く俺の足首を掴んでいる。


「どうして殺すの?」


 その人間は涙を流しながら俺に話しかける。


「私、何もしてないのに。どうして」


 掴まれた足を振り払い、強引にその手をはがす。俺は走り出した。


 やめろ、やめてくれ!


 脇目もふらず走り続ける。そして何かに躓いた。それはレイヴェニスタ皇帝だった。あの時、俺の【力】で命を奪ってしまったこの帝国の皇帝。血を流し目を見開いている。辺りを見渡すと、沢山の人間が積み重なり大きな山を築いていた。皆、血を流しピクリとも動く気配がない。どこからかまた声がした。


「お前のせいで」


 この声はあの時の兵士の声だ。


「お前のせいで皆死んだぞ。皇帝陛下も、仲間達も、この都に住む民も!」


 再び両手で耳を塞ぎ、目を閉じた。その時後ろから誰かに肩を叩かれた。後ろを振り向く。そこにいたのは――俺だった。邪悪な笑みを浮かべ、全身に血しぶきを浴びてそこにいた。何を話しかけてくる訳ではない。でもこれは――俺だ。人々を殺し、都を血と炎の海へと変えた俺の姿だ。


 やめろ。見たくない、何も。聞きたくない、何も――。


 出ない声を振り絞って叫ぶ。


「来るなっ!!」






「イリアさん!」


 そこは見覚えのある場所だった。


「大丈夫ですか? イリアさん」


 そうだ。あの日俺は半ば引きずられる様にしてここにやってきたのだ。そして温かい料理を出されたにもかかわらず、少しもそれに手をつけず、床に座り込み寝てしまったらしい。その時には記憶にない毛布がかけられていた。きっと彼女がかけてくれたに違いない。しかし体は冷え、そのくせ汗が止まらない。さっきのは……夢なのか。頭を抱えて俯く。


「大丈夫ですか? すごくうなされてましたけれど」

「あぁ……、すまない。大丈夫、大丈夫だ」


 額から流れる汗を手で拭う。


「心配かけてすまない、もう、休んでくれ」


 そう言って心配そうに覗き込む彼女を、もう眠るよう促した。彼女は不承不承といった感じで寝室のほうへと戻っていった。


 見知らぬ、しかも得体の知れない大怪我を負っていた男を家へと招き入れた彼女は、サラ・エレインと名乗った。肩までの明るい茶色の髪、華奢な体、白い肌、一見すると儚げに見えたサラは意外にも逞しかった。盲目でありながら、動こうとしない俺を連れて、あの最果ての崖からここまでやってきたのだから。


 でも――……。


 やはり俺は来るべきではなかった。俺は報いを受けるべきなのだ。あの日、多くの命を奪った俺は報いを受けるべきなんだ。だからあんな夢……。その時カタンと音がした。


「サラ……」


 サラが両手にカップを持ってやってきた。カップからは白い湯気が上っていた。


「暖まりますよ」


 にこりと微笑んで片方のカップを俺に差し出した。受け取らないでいると強引に手の中に押し込められた。


「飲んで下さい、夕飯の残りのスープですけど。きっとよく眠れます」


 そしてサラは床に座り込む俺の隣に座った。


「……ほっといてくれ」


 俺はこんなに良くしてもらう資格なんてないんだ。そう思い渡されたカップを床に置く。


「ほうっておけません」


 サラはそう言って険しい表情で俺を見た。


「……なぜ? 俺があそこにいた理由も知らないのに?」


 知ればきっとこんな風に接する事は出来ない。俺が多くの人を殺め追われていると知ったら、一体どんな顔をするのだろうか。

「じゃあ、教えて下さい」


 そう言ってサラも手に持っていたカップを床に置いた。話すかどうか迷ったが、隠す必要などないと思い話すことにした。誰にどう思われようと、構わない。


 俺は全てを話した。この大陸に渡った理由、結局目的は果たせなかった事、そして帝都で多くの人々殺めてしまった事。全て話し終わる頃には、長かった夜が明け、鳥のさえずりが聞こえていた。話し終わってからもサラが言葉を発する気配はない。衝撃を受け言葉を失っているのかもしれない。俺は立ち上がり、自分にかかっていた毛布をサラの肩にかけた。


「ありがとう、こんなに良くしてもらって嬉しかったよ」


 この言葉は本当だ。でも駄目だ。俺はもう出ていかなければ。いずれ軍が俺を捕らえに来るだろう。迷惑はかけられない。


「それじゃあ」


 そう言った時もサラは俯き、そして動かなかった。俺は歩き出しドアを開けた。開けたドアから差し込む朝日が目にしみた。その時、ぐいと後ろから腕を引かれた。


「駄目です」


 サラが俺の腕を両手で掴んでいた。閉じた瞳から涙が流れていた。


「尚更行かせる訳にはいきません」

「どうして」


 泣いているんだ、そう聞こうとした俺の言葉を遮ってサラは言った。


「だって死んでしまうつもりでしょう? 私、知ってます。同じ様な事をした人」


 サラはとめどなく涙を流している。


「その人も大きな【力】を持っていました。でもある日、【力】のコントロールを無くして人を傷つけました。そしてそれ程経たないうちに死にました。自ら命を絶ったんです。諦めてしまったんです。生きる事を」


 腕を掴み懸命に訴えかけるサラの顔から視線をそらす。


「イリアさん、同じ顔してます。その人と」

「もし……、もしそうだとしても、サラには関係ないだろう」


 サラはぶんぶんと首を振った。


「そんな事ないです。あんな所で私達が出会ったのは、ただの偶然じゃない。多くの人々を殺めたイリアさん、過去に同じ様な事をして自ら命を絶った人がいる事を知っている私。神様が二度とそんな事あってはならないと、私達を引き合わせてくれたんです。だから――」


 俺の腕を掴む力が強まった。


「生きて下さい。諦める事は逃げるという事です。もし償いが必要だと言うなら、生きなければ駄目です。死で償おうなんて思わないで下さい。生きて人々から罵られて下さい。人々に許される前に死ぬなんて……許しません」


 晩に見た夢を思い出した。殺してしまった人々は皆、俺を恨んでいた。しかし、昨日出会ったばかりのサラは生きろと言う。生きて人々の怒りをその身に受けろと。それが償いだと。


 俺は……どうすればいい? 死ぬ事は償いにはならないのか?


「迷ってますか? だったら生きて下さい。逃げないで下さい」


 立ち止まる俺の腕を掴んでいたサラは 、俺を家の中へと引っ張り入れた。


「ここにいて下さい。人々に償う為に、生きて下さい」



 生きる――。償うために。

 それが俺の……償いになるのか――。



 

 更新が遅くなってしまいました…。暗〜い展開になっていますけど、感想等頂ければ嬉しいです。

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