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第14話 傷跡をもつ少年

 雨の降る音に混じって馬の嘶く声が聞こえた。誰かが近づいてくる。涙を拭い後ろを振り向く。黒い馬に乗った誰かが近づいてくる。近づくにつれて地面の揺れが激しくなる。


「あ!」


 その黒い馬は私の横を通り過ぎた。馬上にいたのは私の村で会ったキール・シャロン将軍だった。そしてそのまま城の方へと向かっていった。やっぱりキール将軍もイリアの行方は分かっていないのだろうか……。


 私はふと墓地へと目を向けた。


「さっきの男の子、もういないよね」


 墓地へと足を向ける。涙を流していた少年はまだ同じ場所にいた。雨に濡れてしまっているので、涙を流しているかどうかは分からないが。同じ場所、同じ姿勢、同じ表情でそこに少年はいた。思わず駆け出して少年の前に屈み込み小さな肩を掴む。


「ねぇっ! ずっとここにいたの? 風邪ひいちゃうよ!?」


 それ程寒い季節ではないが、雨に濡れ続けていたその小さな体は、震え冷えきっていた。その瞳の焦点は定まっていない。


「大丈夫?」

「……殺してやる」


 少年はか細い声でそう呟きそして私の腕の中に崩れた。体はガタガタと震え顔面蒼白、唇は寒さのせいか紫色に変色していた。


「え? え!?」


 どうしよう!? この子の家なんて分からないし。そっと額に手を当てる。熱が高い。額に当てた手に【力】を込める。みるみるうちに少年の顔色は良くなり、唇の色も元に戻った。私は少年の小さな体を抱え、先程の食堂へと走った。


「あの、すいません!」


 雨に濡れびしょびしょであることもお構いなしに店内へと進む。後ろから声がした。


「あれ? あんた、さっきの旅人さん。どうしたんだい。忘れ物かい?」


 私は少年を抱きかかえたままふりむく。話を聞かせてくれた先程の女性が、テーブルを拭いていたのだろうか、布巾を片手にこちらに近づいて来た。


「レオン!?」


 女性は私の抱える少年に気付き、手に持っていた布巾を落とし駆け寄ってきた。レオン、この子の名前はレオンというのか。


「この子、そこの墓地にずっといたみたいで……」

「あんた、その子を連れてこっちに来とくれ!」


 そう言って女性は店の奥へと進んでいく。店の奥はどうやらこの女性の居住スペースとなっているらしい、二つのベッドが設置してあった。


「悪いけど、その子着替えさせてやっとくれ」


 女性は子供用の服を私に手渡し、竃へ向かい鍋に火をかけた。その間に少年の濡れた服を着替えさせようと、濡れてはりつく服を苦労して脱がせた時だった。


「……!!」


 私の受けた衝撃は声にならなかった。この少年の小さな体には大きな傷跡が刻み込まれていたのだ。右肩から左下腹部辺りまではしる大きな大きな傷跡。普通に生きていく上では有り得ない傷跡。その大きな傷跡の刻まれた小さな体を、乾いた清潔な服に着替えさせ、呆然と立ちつくしていると、女性が声をかけてきた。


「あんたも着替えるといい。あたしの服でよければ貸してやるよ」


 女性は奥の棚から服を取り出し私に差し出した。そしてその時私は初めて、この食堂を水浸しにしていることに気付いた。


「あ! ごめんなさい」

「いいんだよ! それより早く着替えちまいな、風邪ひいちまうよ!」


 とりあえず女性の服を借り、着替える事にした。女性の服はぶかぶかだったが、乾いた清潔な服は嬉しかった。近くにあった椅子を引き寄せ、少年の眠るベッド側に腰掛けた。やがて女性は温かいミルクを持って戻ってきた。


「はいよ、飲みな。あったまるよ」


 女性からミルクの入ったカップを受け取った。沈黙――。先に口を開いたのは女性の方だった。


「この子、レオンは近所に住む子なんだけどね、一カ月前の事件で母親を亡くしているんだ」

「……」


 やっぱり……。やっぱりそうなんだ。


「レオンと母親はあの広場にいたんだ。レオンの父親は何年だったか前に殺されちまっててね……切り裂きの【力】を持った奴にね。もうそいつは処刑されたんだけど、それでも【力】を持った者の事を許せなかったんだろうね。いつも魔女が処刑される日には広場に出向いていたんだ」

「この子の傷跡見ました」


 女性はカップのミルクを一口飲みため息をついた。


「あれがイリア・フェイトの【力】なんだよ! 人を傷つける【力】……! あの子の母親は一瞬で死んだよ。あの子をかばってね。でも母親を殺された子供が黙っていられるはずない……、あの子はイリア・フェイトにかみついたんだよ。『お母さんを返せ』ってね。そしてあの怪我さ」


 少年の体に刻まれた大きな傷跡を思い出した。あんなに酷い傷をイリアが……。


「レオンは不憫な子だよ。両親共々【力】を持つ者に殺されて。この子自身もこんな傷跡……」


 女性は言葉に詰まり、そっと目頭を押さえた。


「あたしの息子もあの場所にいたんだ。皇帝陛下に、レイヴェニスタ帝国に仕える兵士だったからね。何の称号も勲章も持たないただの一兵士だったけど、あたしにとっては自慢の息子だったんだ。それなのに……」


 やっぱりこの人も大事な人を失っていたんだ。一カ月前の事件で。


「レオンはね、本当に母親思いのいい子なんだ。だから母親が死んで心が挫けかけてる。毎日墓へ出向き、花を供え、涙を流す。そんなのこの子には似合わないよ……」


 私はかつてはそうだったであろう、溌剌として、満面の笑みを浮かべた少年を想像し、胸が痛んだ。そしてその時、少年が目を覚ました。勢いよく起き上がり辺りをキョロキョロと見回している。


「レオン……!」


 女性は立ち上がり少年を抱きしめようとしたが、


「……殺してやる」


 少年はそう呟き一瞬のうちにベッドから抜け出て裸足のまま駆け抜けていった。


「レオン!」


 女性の悲痛な声が響いた。持っていたカップが床に転がった。私は少年を追って走り出した。


「待って!」


 外の雨は降り続いていた。どこに行ったのだろう。少年の姿は既に見えない。自分の家だろうか? 食堂の女性は確かこの近くに住んでると言っていた。


「探してみよう!」


 食堂の周りの家々の窓から恐る恐る中を覗くが、それらしき少年は見当たらない。その内私は、ドアが半開きとなっている一件の家を見つけた。明かりはついていない。中を覗く。黒い小さな影が動いている。ここだ! 直感的にそう判断し半開きのドアから中へと入る。


「レオンくん!」


 呼びかけてはみるが返事はない。部屋の中は真っ暗だが、目が慣れてきた私の目にある物が飛び込んできた。それは写真立てだった。幸せそうな母子の姿がそこにはあった。


 その時奥で何かが光った。少年だ、少年がいた。その手にはナイフが握られている。


「レオンくん」


 暗闇の中の光がゆらゆらと揺れている。か細い声が聞こえてきた。


「殺してやる……イリア・フェイト」


 それは恨みの呟きだった。その声は震えている。恐る恐る近づいてみた。暗闇に佇む少年の顔がこちらを向いた。恨み言を呟くその顔の大きな瞳からは大粒の涙がこぼれている。私の足は勝手に動き出し、腕はその少年を抱きしめた。


「ぼ、僕、本当は自分で、お母さんの敵を討ちたいんだ。で、でも、おばちゃんが、軍に、任せなさいって。おばちゃんだって、悔しい、くせに、どうして!」


 私の腕の中で少年はしゃくりあげながら途切れ途切れ言った。


「あのおばさんの言うとおりだよ。キミはまだ小さいし危ないよ」


 少年をきつく抱きしめた。こんな幼い子にこんな言葉は似合わない。


「私が……、私がキミの代わりにイリアを探すよ、ね? 私に任せて」


 少年は潤んだ瞳を私に向けた。実際代わりに敵討ちをするわけではない。でもイリアを探しているのは真実。これで、この子が諦めてくれれば――。


「本当?」

「うん。約束しよう」


 私達はお互い小指を差し出して指きりをした。少年の小さな手は温かかった。







 少年が落ち着きを取り戻した頃には、雨は止み、下弦の月が辺りを照らし、星が瞬いていた。少年を連れ戻り、まだ若干湿っている自分の服に着替えた私は、

食堂を後にしようとしていた。


「じゃあ、レオンくん、私行くね」

「うん」

「あんた……、気をつけるんだよ」


 女性が不安げに言った。とりあえずどこに行こうかと辺りを見回した時だった。少年が私の肩を掴みかかった。その勢いで転んでしまった私に少年は耳打ちををした。


「僕、知ってるんだ」


 耳にかかる少年の息がくすぐったい。


「イリア・フェイトは北に向かったよ」

「え!?」

「あの日、見たんだ。イリア・フェイトは最果ての崖に向かってた。怪我で頭ぼーっとしてたけど、あっちに行ったの見たんだ」


 そう言って少年は北の方角を指差した。まさかこの子がイリアの行方を知っていたなんて。


「その事、誰かに……」

「言ってないよ、おばちゃんにも。言えば絶対止められるの分かってたから」


 私は立ち上がり服の汚れを払った。


「お姉ちゃん、約束守ってね。イリア・フェイトを捕まえてね」


 少年は手を振りながら叫ぶ。私は足早に少年の指し示した方角へ進む。



 イリアの行方が分かった。やっと――!


 早く行かなければ――。



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