第12話 静かなる都
幾つもの噂が流れていた。反逆者イリア・フェイトは皇帝を殺害した後、軍に捕らえて処刑、または皇帝殺害後発狂、あるいは自害。でも噂の最後の部分は同一だった。行方は分からない、そう、誰もイリアの行方を知らない。
私は見つけられるのだろうか。この広い世界の中、たった一人を――。
長い道のりを経て都にたどり着いた時感じた事、それは不気味なほど静まり返っているという事だった。都に住む人々の往来はなく、門戸は閉ざされている。壁という壁に手配書が貼られ、辺りには何か焦げているような匂いが漂っていた。
歩き進んで行くと、かつては広場だったのだろうか、瓦礫が積み重ねられた開けた場所に辿り着いた。そこには中心から周りに向かって何らかの衝撃が走ったかのようなクレーターが出来ている。
「何これ……」
よく見てみると、この広場らしき場所の周りの建物も半壊し、黒く焦げている。大規模な爆発、火事があったのかもしれない。
それにしても、人一人見当たらないのは何故だろう。これでは何も聞きようがない。仕方なく広場らしき場所を通り抜け先と進む。そしてしばらく歩いた私の目に飛び込んできたのは、真新しい墓石が数多く建ち並んだ広大な墓地だった。
「やだ……!?」
その墓石の数は異常だった。墓地の中へと進み辺りを見回す。やはり殆どの石が新しく見える。そしてその多くに沢山の白い花が供えられていた。死者への餞となる一般的な花だ。
どこからともなく子供のすすり泣きが聞こえてくる。泣き声のする方へ目を向けると、ちょうどイリアの妹、ユナと同じくらいの年頃の少年が、やはり新しい墓石の前で涙をこぼしていた。
「大丈夫?」
静かに声をかけたつもりだったが、少年はびくりと肩を上下させ大きな目を見開いて振り向いた。
「ごめんね、驚かすつもりじゃなかったんだけど」
少年は私を見てにこりともすることなく、また墓を見つめ直した。こんな小さな子が一人で墓参りなんて――肉親の墓なのだろうか。聞いてみようとして思い直した。こんなにも真新しい墓が、もし肉親の誰かの墓だとしたら、この少年の悲しみは計り知れないものだろう。
昨日まであんなにも天気のよかった空が曇り始めている。雨が降るかもしれない。依然として少年は動かない。思い詰めたような 顔でただ一点を見つめ、涙をながしている。その横顔は悲しみに満ち溢れていたが、なにか怒りのようなものも感じさせる表情だった。少年のそんな表情も気になったが、今はそっとしておこうと思い墓地を後にした。
それにしてもこんなにも人一人見当たらないのは予想外だった。帝都に来ればイリアの事を誰かしら知っていると思っていた。それなのに人々の往来は全くと言っていいほどない。稀に向かいから誰かやってくると思えば、それはこの都の警備をする兵士だった。イリアにはレイヴェニスタ皇帝殺害の容疑がかかっている。聞きたいことも聞く事が出来ない。空ばかりがどんどん暗くなっていく。
少し歩き城門前まで行ってみる。二人の兵士が警備をしていた。城門の内側に大きな白い何かがあるのが見えた。近づいて見るとそれはたくさんの花だった。白い花束が数多く城門の内部に置かれているのだ。門のすぐ近くまで寄ると花の香りが辺り一面に広がっているのがわかった。
死者への餞となる白い花、それがここにこんなにもあるということは、皇帝が死んでしまったのは、もう疑いようのない事実だ。実際今まで話を聞いてきた人々、そして私の村近くであったキール将軍からその事実は聞いてはいたが、やはり実際その事実を目の当たりにすると、一層不安が大きなものとなった。
イリア……ねぇ、どこにいるの?
城門前の兵士が訝しげにこちらをみている。もう、行こう。何か話を聞けるような場所はないかと思い歩き出す。雨がぽつぽつと降り出してきた。少し先に食堂らしき看板が見えた。とりあえずあそこで雨宿りしよう。
食堂にもやはり私以外の客はいないようだった。奥から中年の女性がメニューを携え出てきた。女性は私の座るテーブルにメニューと水の入ったグラスを置いた。この人に聞いてみよう、そう思い口を開けた瞬間、
「あんた、旅人さんかい?」
女性から私に話しかけてきた。
「え? あ、はい。人を探してるんです」
「そうかい、はかどらないだろ? ここじゃあ」
「えぇ、話を聞きたくても誰も外に出てなくて。一体どうしたんですか?」
そう尋ねると女性は強い口調でいった。
「全部あいつのせいだよ。あの反逆者イリア・フェイト! あいつが一カ月前に起こした事件でみんな大変なんだ」
「あの、一カ月前の事件って?」
恐る恐る聞いてみる。
「一カ月前に広場で魔女の処刑があったんだ。あいつはその処刑を止めさせようとしたんだ。馬鹿な男だよ、魔女は殺さなければいけないのに!」
一瞬どきりと心臓が脈打った。魔女は殺さなければいけないのに。その言葉に動揺したのかもしれない。女性は話を続ける。
「結局魔女は火あぶりにされて処刑されたんだけどね。その後イリア・フェイトは【力】を使っちまったのさ」
「え!?」
【力】!? イリアが力を使った!?
「その場にいた人間をみんな殺しちまったんだよ! ……ひどい惨劇だったよ。広場は血と炎の海さ。皇帝陛下もあいつが【力】で殺したんだ」
「あの、その後イリア・フェイトはどうしたんですか?」
「逃げたみたいだけどね。死んでいるんじゃないかい?自身も酷い怪我を負わされたみたいだから」
「怪我……」
「でもそこいらで死なれちゃあたし達も許せないよ! あいつはこの都に住むみんなの前で、肉親を、友人を殺されたみんなの前で処刑されなきゃ……!」
その後、注文した料理を機械的に口に運び店を後にした。まだ雨が降っている。あの女性も誰かを失ったのだろうか。そう思い雨の中歩き出す。
イリア、会いたいよ。会って話を聞かせて。ねぇ……。
再び、かつては広場で会っただろう場所に辿り着いた。中心から広がるクレーター、周りの半壊した建物、全て本当にイリアがやったの? 本当にみんなを殺したの? イリアの【力】って何? 怪我は大丈夫なの?
急に涙が溢れ出てきた。膝ががくりと折れた。
イリア……。