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第11話 発現

 泣き叫ぶ群衆達。立ち込める黒煙。紅く燃える炎と血の匂い。


「チェリカ……」


 一体何が起きたのか、辺りは血の海と化していた。人々が、皇帝が、血まみれで倒れている。紅く燃える炎が至る所でごおごおと音をたてている。チェリカが張りつけにされていた十字架は倒れ、チェリカはそのそばでうつ伏せに倒れていた。


 立ち上がろうとして足を動かした瞬間、胸に激痛が走る。思わず胸を押さえて倒れ込む。胸に刺された何かをつかみ、一気に引き抜く。血がまた溢れ出てきた。足に力を入れ踏ん張り立ち上がる。左手で出血箇所を押さえ、一歩ずつ痛みをこらえながらチェリカのもとへと歩いていく。


「チェリカ……」


 うつ伏せになっていたチェリカを抱き起こす。身に付けていた白い服はほとんどが燃えカスとなり黒く焦げていた。そして全身に酷い火傷を負い、すでに事切れていた。まだ温かさが残っている……というより、炎に焼かれながら死んだチェリカは、今も尚、その熱をまとったままになっているのだった。まだ温かさの残るチェリカを抱きしめる。チェリカの頬には涙の跡が残っていた。


「ごめんな」


 チェリカの頬に残る涙の跡を血に汚れた手で拭う。


「助けてやれなくて、ごめんな。さあ、一緒に帰ろうー―……」


 チェリカを抱き上げ立ち上がる。胸からはまた大量の血が流れ出た。立ち込める黒煙のせいか、それともこの胸からの出血のせいかひどく息が苦しい。一歩ずつ進んでいき、広場から出ようとしたその時だった。目の前に誰かが立ちふさがった。顔をあげたその瞬間、剣の切っ先が目に飛び込んだ。その衝撃で俺はチェリカを抱えたまま後ろへ倒れ込んだ。


 額から右目下の頬辺りまで切られたようだ。顔中に痛みが走る。血がポタポタと滴ってチェリカの顔を汚した。そして目の前に立ちふさがる人物に左目だけをむける。


「貴様、さっきの【力】……、貴様も【力】を持っているんだな」


 俺の目の前に立ちふさがっていた人物、それはこの国の皇帝だった。肩から出血をしている。【力】? 何を言っているんだ?


「貴様のその【力】……よく今までコソコソと隠れられていたものだ」


 皇帝は薄笑いを浮かべながら尚もこちらに刃を向けている。片目で皇帝を見据える。その間も血は流れ続ける。


「貴様などに、私の帝国を滅ぼされるものか……!」


 皇帝は刃を振りかざした。俺は目を閉じた。チェリカをぎゅっと抱きしめる。目の奥が熱い。ごめんな、チェリカ。守ってやれなくてごめんな。左目から涙が溢れた。


 そして皇帝は刃を振りかざした。

 その瞬間、轟音と衝撃が辺りを襲った。






 いつまでも刃は振り下ろされない。ゆっくりと目を開ける。炎の勢いは増し、黒煙が辺り一面へと広がっている。一体何が起きたのか。その時強い風が吹いた。辺りの黒煙が一瞬晴れ、皇帝が少し離れた所に仰向けに倒れているのが見えた。血を流し目を見開いている。起き上がる気配はない。


 辺りを見回してみると十字架を囲んでいた人々も皇帝と同じく皆血を流し倒れていた。そこかしらから呻き声が聞こえ、遠くでは誰かが泣いていた。


 チェリカを抱え立ち上がり、今にも倒れそうな体で気力だけを頼りに、黒煙の中をゆっくり進んでいく。周りに倒れている人々は血にまみれたままやはり起き出す気配はない。子供が母親と見られる女性の傍らで泣いている。子供の母親らしき女性は、頭から血を流し、目を見開いていた。子供は母親を呼び続ける。子供は俺に気づくと涙を浮かべた目で俺を睨みつけた。


「お母さんを返せっ! 人殺しっ!!」


 そう叫ぶと子供は足元に転がる黒焦げた木材の破片を投げつけてきた。その木材の破片は真っ直ぐ俺の顔めがけてとんできた。あたる――! そう思った瞬間、とんできた木材は頭上ではじけ粉々になり、木材の破片を投げつけた子供も宙に弧を描き後ろへ吹き飛んだ。


 何だ? 何が起きたんだ? もう一度辺りを見回した。広がる血の海。傷の痛みに呻く人々。倒れた十字架。死んだ皇帝――。

 何かを引きずる音がして後ろを振り返った。足に傷を負っているのか腕だけを使って男が這ってこちらに向かっている。兵士なのだろうか、銀色の鎧を身に付けているが、その鎧さえも何らかの衝撃によって大きく縦に裂けていた。男は血と涙にまみれた顔をこちらに向け、ゆっくりと指さした。


「この……人殺しめ! 皆死んだぞ。都に住む民達も、仲間達も、皇帝陛下も!」


 視界がぼやけ息が切れる。今あの兵士は何といった? みんな死んだ……俺が殺した――? 目の前に広がる惨状……これは俺がやった――?


「お前のその【力】……破壊 の【力】だ。呪われた【力】だ……!」


 男は煙にむせかえり血を吐いた。鎧の裂傷はどうやら鎧をまとったその男自身の体にまで達しているようだ。


「俺には、【力】なんて、ない」


 早くチェリカを連れて出よう、そう思いふらつく体を一歩、そしてまた一歩進めていく。その時だった。何かに足を掴まれた。それは今にも事切れそうな人間だった。何かを言いかけているが、呻き声にしかなっていない。血にまみれ、何か呻いている人間。


 本当に、俺が……やったのか?


 足元に目をやる。血まみれの手で、傷だらけの顔で、今にも息絶えそうなその体で、すがりつくように俺の足を掴む人間の顔を見た。人間の目から涙が一筋流れた。そしてかすかに聞き取れるような声で言った。


「殺さないで」


 そう言って人間は力尽き、ずるりとその手を離した。



 俺は――……。



 そして俺は再び歩き出した。もう傷の痛みも何も感じない。紅く燃える炎と黒煙の中進む。







 

 俺は、チェリカを助けたかっただけなんだ……。

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