第80話 終着点
夢を見た。
暗闇の中、私はなぜか立ち尽くしている。どうしてそんな場所にいるのか、私には見当もつかない。辺りを見渡しても何もなく、そして誰もいない。
答えを知る術もなく、私は歩き出した。目的もなく、そのことに意味があるわけでもなく、ただ歩く。
途中わけもなく怖くなり、立ち止まった。相変わらず辺りは闇と静けさに包まれていて、自分の鼓動だけがいやに響いて聞こえる。それがまた、不安と焦燥を煽った。
「誰か」
呼び掛ける声を吸い込む暗闇の中で、私は一人だった。
「――――っ」
視界が一瞬にして開き、いつもの天井が目の前に広がったことで、私は夢から覚めたことに気付いた。けれど、すぐにもう一つのことに気付く。
「――――……っ」
声が出ない。
加えて、体が鉛のように重く動かすことが出来なかった。
けれど、少しも怖いことではなかった。
きっと長く生きたからなのだろう、予感があった。ほんのささいなこと――それは例えば、体力の衰えであったり、体の節々の痛みであったり。
ただ、ぼんやりと思う。
私は死ぬんだ、と。
それは生きとし生けるものが最後に必ず行き着く終着点。
そして私にとっては――二度目の死。
あの時のような痛みも苦しみも、今は全く感じない。ただ、時折意識が遠のくような感覚に襲われる。眠りに落ちる瞬間のように、意識が途切れる。手放しそうになる。
悔いなどない。
あの戦乱を堪え、私は生き抜いてきた。【力】を使い沢山の人々を救うことが出来た。私は、私の思うままに生きてきたのだ。悔いなど、あるはずもない。
それなのに。
涙が、溢れた。
ああ――私の涙腺は、五十年前のあの日から壊れたままだ。意味もなく、わけがわからないままに溢れ出す涙は、なかなか止めることも出来ない。それは結局、最後まで。
やがて、そんなことすら考えられなくなっていく。
落ちていく。闇の底へ。
これが死ぬということなのか、それとも――。