クリスチャンの館
「さあ着いたぞ」
数十分、いやほんの数分だったのかもしれない。彼に抱きしめられ足が地面から離れると、景色が飛ぶように流れていき永遠はすぐにぎゅっと目をつむった。その後はただひたすら彼の胸に顔を押し付け、彼の鼓動を聞いていた。ドクン、ドクン、ドクン…。繰り返される安定した彼の鼓動を聞いていると心が落ち着いた。
永遠は彼の声に恐る恐る目を開いた。
大きな黒い洋館がひっそりと建っていた。洋館の周りには緑に萌える茂みがあり転々と赤い蕾がついている。それが近づきがたい様子の洋館にロマンチックな雰囲気を添え不思議な魅力を漂わせていた。あたりに目をやると広大な土地がどこまでも続いており、所々に大きな石が転がっている。先のほうには緑の森が口を開け、不運な旅人を飲み込もうとしているように見えた。
彼にそっと地面に降ろされた後も、永遠はしばらく彼の胸にしがみついていた。
「本当だったのね」
「ああ」
濃い霧に包まれ雨の多いスコットランドと言えど太陽が無いわけではない。それでも彼はこうして屋外に立っている。
『ヴァンパイアは太陽に当たっても灰になることはない。ヴァンパイアになったばかりの者は別だが』
彼は以前そう言った。
『遮光カーテンは目を守るためだ。太陽に眠りを妨げられることほど楽しいことはないのでね』
永遠の心を読んだように彼は更に付け足した。
永遠はそっと彼の胸から手を離した。離しても彼が消えることはないとわかったから。
「さてお嬢さん、我が館へようこそ」
彼に手を引かれ、永遠は館の中へと入っていった。
館の中に入ってから予備のカーテンが置いてある部屋に来るまでの間、彼女からは時々吐息を漏らす音以外は何も聞こえてこなかった。
クリスチャンがカーテンを物色している間、彼女はあたりをぶらぶらしていた。
この部屋には何も見るものはなかろうに。
部屋はカーテン室と呼ばれており、その名の通りカーテン以外はなにもない。それでも彼女は楽しそうに、カーテンをなでたり裏返したり忙しくしていた。
「ねえ、このカーテン…」
彼女が館に入って初めて口を開いたとき、館のドアが壁にぶつかる大きな音が響き渡りクリスチャンは体をこわばらせた。